チョコレート談義 ~ショコラショーを添えて~

 ――2月中旬。
 世間ではこの時期になると家族や友人、恋人などの親しい人物に感謝の気持ちを込めて贈り物を渡すという風習がある。贈るものは様々で、花や小物などが一般的だ。

 そして現在。クルベスの私室に集まったティジ、ルイ、クルベス。座した三人の前に鎮座するローテーブルには、スイーツがところ狭しと広げられている。もちろん全てチョコレートか、それを使用して作られたスイーツだ。甘い香りが辺りに漂う。

「毎年見てるからもう慣れたけど……すごいな」
 ティジが無類のチョコレート好きだからとあって厨房の者をはじめとして教師や庭師、衛兵までもが彼に渡すのだ。彼が皆から慕われている証なのだろうが、いかんせん数が多い。それらを毎年残すことなく食しているティジのほうも凄いが。
「本当に感謝してもしきれないよ。それに見たところ同じ物がないから、多分みんなで相談してるんじゃないかな」
 どれから食べよう、と視線をさ迷わせているティジ。それを傍目にクルベスが呟く。
「俺は見てるだけで胃もたれしそうだな……で、そっちに避けてるのは?」
「これはね……俺が作ったんだ!」
 よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに白い箱から取り出したそれ。
「マカロンか。これまた洒落たもん作ったな」
 色とりどりのマカロン。つややかな表面が部屋の明かりを反射させている。

「毎年貰ってばかりじゃ申し訳ないから自分からも何か返せないかと思って。これは俺から二人への、いつもありがとうって気持ち」
 最近ティジが厨房に顔を出していたのはそのためか、とルイは得心しながらマカロンを受け取る。
「ルイにあげるのは分かるけど、俺も貰っていいのか?」
 クルベスはマカロンが入った箱を受け取りながら問いかける。ちなみにルイは『好きな人から手作りのスイーツを貰えた』という喜びを静かに噛み締めている。あの様子だと勿体なくて食べられないとか思ってるだろうな。
「もちろん!クーさんには日頃お世話になってるし」
 本当にいつも大変な思いさせて申し訳ない……とティジは頬を掻いた。まぁ否定はしないでおこう。
「それならありがたく頂くとするか。てかまた一段と腕を上げたなぁ。店で売ってる物と変わらないレベルだろ」
 マカロンをまじまじと見つめる。スイーツに詳しいわけではないので素人目にしか語れないが、前に街で見かけた物と遜色ないように見える。

「そうかな。こういう本格的な物は久しぶりに作ったから、そう言ってもらえるとすごく嬉しい」
 その言葉通りよほど嬉しかったのか、ティジは満面の笑みを浮かべる。
「……っ」
 そんなティジを見て咄嗟に口元を隠すルイ。そうしないと余計な言葉を口にしてしまいそうだったから。主にティジへの気持ちなど。
「あ、もしかしてマカロンは苦手だった?ごめん、二人には驚いてもらいたくて事前に聞いたりしてなかったから……」
 ルイの様子を見て、ティジは申し訳なさそうに眉をへたらせる。
「ちが、その……俺も、好き……マカロン」
「よかった。これ俺も好きなんだ」
 マカロンのことを言っていると分かっていても、ルイは言葉を詰まらせ再び黙り込んでしまった。

 そんな二人をクルベスは『まーたいつも同じことやってる。でもルイにしてはよく頑張ったほうだな』と考えながら温かい目で見守っていた。

 

 初めて作ったのは祖父と一緒に作ったロリポップ型のチョコレートだった。苺などを棒に挿してチョコでくるんだだけの簡素なもの。自分で作ったこともあって普段食べている物とはまた違った感じがして、祖父と一緒に『美味しいね』と食べたのは今でも思い出せる。
 もう祖父はいないが、今はこうしてルイとクルベスというかけがえのない人たちと一緒に、あの時と同じように笑いあって過ごしている。あぁ、幸せだなぁと思いながらチョコレートをついばむ。
 何物にも代えがたいこの時間が大好きだ。

「この調子だとそのうち『かなり本格的な工程でチョコレート作ってみたい』とか言い出しそうだな」
 クルベスはショコラショーを一口飲んでからティジを見やる。カカオ特有のほのかな苦味とコクのある甘みが口の中に広がる。
 このショコラショーも料理長が贈った内の一つ、ホットチョコレートスティックを溶かしたものだ。(スティックの先にチョコレートが付いているという仕様)
 ティジがクルベスによくココアを振る舞われていることを知っていて贈ったのだろう。さすがティジを幼い頃から知っているだけあって、彼が貰った後の行動まで予測している。
 そろそろしょっぱいものが欲しくなってきたクルベス。塩キャラメルのプラリネを摘まむも塩味が少々、いや、だいぶ足りない。

「本当はテンパリングも大理石の台でやる本格的な物をやってみたいなーって思ってるけどね。厨房に設備はあるけどさすがに気が引けるから……」
 結構大がかりになっちゃうし、とティジは困ったように笑う。
 気が引けなかったらやってるのだろうか?……ティジのことだからやってそうだな。料理長も快く教えてくれそうだし。そう考えながらルイはラング・ド・シャを頬張る。
 箱に添えられていたメッセージカードを見るに、このラング・ド・シャは料理長のお弟子さんが構えるパティスリーの新作らしい。確か以前、ティジがお菓子の詰め合わせを貰っていたっけ。あれもミルククッキーが格別に美味しかったな。

「そういえば、どっかの国ではチョコレートの祭典ってのがあるらしいな。ティジはそれ知って……いるか」
 前に学校で聞いたことを思い出しティジのほうに顔を向けると、唇を噛んで心底羨ましそうな表情をしていた。
「すごく、羨ましい……毎年色んなところで報道されているのを見るだけで終わってるけど……いいなぁ……」
 他所の国へ行くとなると警備や手続きなど各所方面への膨大な量の手間をかけてしまうこともあって、ティジは旅行には行ったことが無いし行きたいとも言わない。でも言わないだけで本当は色んなところに行ってみたいんだろうな、ということは想像にかたくない。新しいことを学ぶのが何よりも好きなんだから。

「いつか行ってみたいな、二人で」
 ルイはティジへそう告げる。色んなしがらみが無くなることはないけれど、王位を継いだ後でも外交の一環で行けることもあるかもしれないし。
 そう考えて言ったのだが何故かクルベスが呆気にとられた顔でこちらを見ている。
「お前また大胆な発言を……」
「え、何が?」
 最初はなにを言ってるのか分からなかったが自分の発言を振り返り気づく。
 まるでデートのお誘いではないかということに。

「な……っ!あ、今のはちがう!いや、いつか一緒に行けたらいいなってのは本当だけど!でもそんな、そういうことじゃなくてっ!」
 慌てふためいて手を勢いよく振って否定するが、自分でも何を言ってるのか分からない。ルイの様子を突然どうしたんだろうといった目で見るティジ。
「……ごめん……忘れて……」
 曇りなき目を直視することができず、ルイは顔を俯かせ手で覆い隠した。顔に熱が集中していることを感じたのでおそらく耳まで真っ赤になっているのだろう。『そもそも付き合ってすらいないのになんてこと言ってんだ』と浅はかな発言をした自分を心の中で責めた。
「えーっと……ルイ、顔上げて?」
 気遣うティジがルイの肩に触れる。その感覚にルイは大仰に肩を跳ねたのち、恐る恐る手を下ろす。顔はこれ以上に無いほど赤くなっているし、涙目になっていた。そんなルイの表情に触れることなくティジは続ける。
「俺は嫌な気分になったりしてないよ?それに俺もルイの言う通り、いつか一緒に行けたらいいなって思ってたから。だからそんなに謝らなくて大丈夫だよ」
「ほんとに……?」
 自分でも情けない声が出たと分かる。
「うん」
 それにティジは大きく頷いて返事をした。

 傍から見ていたクルベスには二人の会話が微妙に食い違っているように見えた。
 まぁ大方、ティジのほうは『ティジが簡単に外に出かけることができないのを知っているのに深く考えずに発言してしまった、とルイは悔いている』と考えたのだろう。先ほどの発言がまるでデートの誘い文句みたいだとは露ほども考えていない様子。そもそもそんな考えすら浮かばなかったのではないかと思える。

 ティジの奴、自分に向けられた好意に関しては恐ろしく鈍いからな……まぁ、無理もないか。
 ルイに『あの様子だと、ちゃんと意味伝わってないな』と言おうと思ったが、これ以上何か言うとルイが卒倒しかねないので黙っておくことにした。

 


バレンタイン回!
気づいたら二分割にせざるを得ない分量になってました。というわけで前編です。

ティジにとってチョコレートは幸せな思い出と共にある物。だからその幸せを少しでも共有したくて自分が貰ったチョコをルイやクルベスと一緒に食べてます。

ルイはお兄さんと比べて結構感情表現が豊か(思いっきり笑ったりはしないだけ)
ルイは厨房や教師からチョコ、庭師のおじいさんからお花、城内警備に励む衛兵さん(兄の友人もといエスタさん)からはクッキーなどの焼き菓子を貰ってます。

ちなみに今回ちらっと出た、以前貰ったというお菓子の詰め合わせ&ミルククッキーのくだりは『第一章(4)となり』のこと。料理長のお弟子さんも元気にやってます。