聖なる日の良い子たち

 ――これはティジとルイが6歳の時のおはなし。
「お兄ちゃん、おそと雪降ってる!」
 ルイのはしゃぐ声にレイジは窓の外へと目を向けると、ちらちらと雪が降っていた。

 明日は12月25日。初代国王の伝記に『この日の出来事は人生の転機となった』という発言がのこされていることから、いつからかこの国では12月25日は特別な日とされている。
 ちなみに初代国王はその日何があったのかは生涯語ることは無かったらしい。巷では王妃と初めて出会った日とか、国の行く末を案じて国王となる決意を固めた日など様々な意見が述べられているが、正直そんなことはどうでもいい。
 世間では12月に入ってから『聖なる日』と呼ばれる明日までのあいだ、街路樹が飾り付けられたりこの時期だけのお菓子が売られたりとお祭りムードに包まれる。

 現にウチも家の中を飾り付けているところだ。今日は伯父が来るので、明日の聖なる日にあやかってウチでパーティーをしようという父の発案が原因だ。
 パーティーは別に良いと思うが、伯父が来ることが不満なのだ。本当に、どうにも好きになれない。苦手だ、あいつ。過去に突然凍結の力が使えるようになった時に、泣きながら相談したのは今となっては消し去りたい記憶だ。当時よく分からない力に困惑していたとはいえ、あいつにあんな姿を見せてしまったのは未だに後悔している。あいつはあの日のことを蒸し返すことは一切していないが、弱みを見せた事実は変わらないし。

「お兄ちゃん、どうしたの?」
 ルイが心配そうにこちらの様子をうかがう。まずい。伯父に対する感情が顔に出ていたか。
「何でもないよ。それよりルイ、そと出るか?」
「え、いいの!」
 ルイはパァっと目を輝かせる。どうやら俺が慌てて取り繕ったことに気づいていないようだ。
「飾り付けも一通りできたからな。雪、見たいんだろ?」
「うん!お兄ちゃんも一緒に行こ!」
「いいよ。お兄ちゃんと一緒に遊ぼっか」
 無邪気に喜ぶ様子に顔が綻ぶ。そのダークブラウンの髪をすくように撫でるとルイは一際嬉しそうに笑う。やっぱり笑顔が一番可愛いな。
「ちゃんとあったかい格好して行くのよー」
 母の声にルイは元気よく返事をし、弾んだ足取りで手袋を取りに行った。

 

 庭に出ると地面は白い雪に覆われていた。家の飾り付けに夢中で気がついていなかっただけで、随分前から降っていたらしい。ルイは降り積もる雪に足跡をつけながら楽しそうに声をあげている。
 自分の『凍結』の魔法を使えば雪はいつでも見られるが『自然の雪というものも風情があって良いな』とふと思った。
「ルイ、転ばないように気をつけるんだぞ」
「だいじょうぶー!」
 何が大丈夫か分からないが笑顔でこちらに呼び掛ける姿にますます頬が緩む。
「いやぁ、めちゃくちゃ寒いけどたまには雪ってのも良いもんだな」
 その言葉と共にヌッと背後から現れたのは、あのいけすかない伯父。
 本人は意識していないだろうが、先ほど自分が考えていたものと似たような発言をしたことがまた腹が立つ。終いには『自分はこいつと同じ思考回路をしているのか』と考えてしまい、雪が嫌いになりそうになる。

「なんでそんな不満そうな顔するんだ……」
「別になんでもいいだろ」
 わざとらしく困り顔をする伯父から顔を背ける。ついでに少し距離をとった。無駄に背が高いんだからそれを見上げるこっちの身にもなってほしい。
「あ、伯父さんだ!」
「おー、ルイ元気してたか?風邪引いたりしてない?」
 駆け寄るルイの頭を馴れ馴れしく撫でる伯父。正直すぐさまその手を払いたいがルイが嬉しそうにしているのでそれも出来ない。
「うん、げんき!風邪引いたりしてないっ!」
「それは良かった。ルイは強い子だな。レイジもどうだ?元気してた?」
 性懲りもなく俺のことまで撫でてこようとする手を掴んで止める。
「体調に変わりない。あとそれやめろ」
 この伯父は何かと頭を撫でてこようとする癖をどうにかしたほうが良い。そんなので喜ぶと思ってるのか。
「あっはっは、素直じゃないな」
「は?今なんて?」
 聞き捨てならない発言に声を凄ませる。
「……そんな言い方したらルイが心配しちゃうぞ」
 ルイに聞こえないようささやかれ、言葉を詰まらせる。確かにルイが不思議そうにこちらを見てるのでとりあえず掴んでいた伯父の手を離した。伯父のほうがルイをよく見ているように思えてしまい殊更に機嫌が悪くなる。

「でもお前はさ、ルイのためなら無茶して魔法使おうとするから本当に気を付けろよ。春にもそれでぶっ倒れてたし」
「……あれは俺がミスっただけだ」
 あれは春の事。今年の春から通い始めた中等部でやたらと声かけてくる(自称)友人が家に来ていた時のことだったか。その(自称)友人に『お兄ちゃんはすごいんだよ!』と自慢気に話すルイを見てその期待に応えたいと思い、つい魔法を使いすぎてルイが見ている前で倒れるという、苦い出来事があった。
 まぁ、家族以外の人間に魔法を使うところを見せたことも無かったので、つい力が入ってしまったのだろう。あの力を見て拒絶されなかったのは意外だった。(自称)友人のほうはアレ以降も変わらず話しかけてくるのはどうかと思うが。

「お前に何かあったらルイは泣くから。自分だけじゃなくルイのためにも、な?」
「……ルイが泣くのは見たくないから努力はする」
 でもルイの身に危険が迫ったら自分はためらうことなくこの力を使うだろうな、とは口にしなかった。世話焼きで人一倍お節介な伯父のことだ。そんなこと言ったら『危ないことはするな』とか『そんなことならないように俺が守るから』だの恥ずかしげもなく色々言ってくるのは目に見えてる。
「さて、そろそろ家の中戻るか。こうも寒いと本当に風邪引きかねないからな」
 そう言うと伯父はせっせと手のひらサイズの小さい雪だるまを作っているルイを呼び戻す。
 あ、ルイに一緒に遊ぼうかと言ったのに伯父と悠長に話していたせいで全然一緒に遊べていなかった。

 

「兄さん、いらっしゃい」
「あぁ、セヴァ。今日もお邪魔するよ」
 父と伯父は2歳差の兄弟だ。父が結婚する前から母とも交流はあったようで、俺やルイが生まれた時にも度々手伝いに来るほど家族としての仲は良い。物心つく前からよく遊びに来ていたためルイも伯父に懐いている。俺にはできない肩車とか体を高く持ち上げるなどしているのを見ると、わざと見せつけているのかと思えてならない。
「あ、おっきいお皿まだ出してなかった。上のほうにあるからちょっと取ってくれないー?」
 母が言っているのは盛り付け用の大皿のことだろう。こういうパーティーの時にはいつも使う物だ。
「あぁ俺が取るよ。確かここらへんの棚に……ん、あった」
 目当ての皿はこのような時でないと使わないためか、キャビネットの奥のほうに入っていた。『少し背伸びすれば届くか』と思いながら手を伸ばそうとすると後ろから影が落ちる。影の主が誰かなんて振り返らなくてもわかる。無駄に背の高い伯父だ。
「高いところの皿は俺が取るよ、危ないことはするな」
 ほらやっぱり言った『危ないことはするな』。俺ももう13歳になるんだからいつまでも子ども扱いされるのは気に障る。
「……あんたの手なんか借りなくても自分で取れる」
「そんなこと言わずに。俺のほうが背ェあるからこういうことは俺に任せていいんだぞー」
 しかも『俺に任せていい』ともきた。普通そういうことを恥ずかしげもなく言うか?伯父のこういうところが嫌だし、伯父の言いそうなことを予測できた自分のことも嫌になる。

 

「伯父さん見て見て!」
 食事を終えたあと、ルイはクマのぬいぐるみを持ってきた。ルイ5歳の誕生日にと母が作ったテディベアだ。外にも持っていこうとするほど気に入っている。
「お、クマさんもあったかそうな格好してるな。どうしたんだコレ?」
「お母さんが作ってくれたんだ!寒そうだからって」
 マフラーと毛糸の帽子が着せられたソレを満面の笑みで抱きしめている。その姿がまた愛らしい。そんなルイをまたしても撫でる伯父が不愉快だが。
「良かったなぁ、ルイ。クマさんもあったかくて嬉しそうにしてる。それにしてもルイは可愛いなー」
「ん、可愛くなんかない!ぼく男の子だもん」
 可愛い、と言われルイは頬を膨らす。
 伯父の意見に賛同するのは腹が立つがルイが可愛いというのは俺も同意する。ルイは外出時に女の子と間違えられることが多い。その時によく『可愛らしい妹さんねぇ』と言われるので、まぁ男としては可愛いと言われるのはいささか不満だろう。でも事実なのだからどうしようもない。将来は美人さんになるなー、と酔った父もよく言っているし。
 大きくなって一人で外出するようになったら危ない目にあってしまうんじゃないかと不安でしょうがない。

 

「兄さん、今日は早くからこっち来れたね」
『もうちょっと遊ぶ!』と外に出ようとするルイを廊下で待っているとリビングから父の声が聞こえた。
 そういえば伯父は半年ほど前から忙しそうにしており、こちらに来ることも減っていた。やはり王室就きの医師というのは大変なのだろうか。
「ん?あぁジャルアたちが半ば強引に送り出したんだよ。今日ぐらいはゆっくりしとけって」
「心配してるんだよ、兄さんのこと。ここのところ疲れてたし」
「……そんな顔してたか?」
 そんな風には見えなかったが、伯父の弟である父は分かっていたのだろう。伯父も否定はしなかった。それに父の温和な声が重ねられる。
「王室就きって立場上言えないこともあるだろうけど、色々しんどいなって時とか疲れた時にはもっと頼ってくれていいからね。家族なんだから」
「……一丁前なこと言ってんな。弟のくせに」

 わずかに見えた伯父の顔は、笑っていた。

 

 一方その頃。
 城の中、冬の冷えた空気に包まれた廊下をティジとその祖父は手をつないで歩いていた。
「じぃじ、寒くない?」
 こちらを見上げるティジの小さな手にキュッと力が入る。城の中は外と比べて比較的暖かいとはいえ、やはり肌寒さまでは消えなかった。
「大丈夫。ティジが手握ってくれてるからあったかいよ」
「じゃあ、僕がもっとあったかくするね!」
 そう言うとティジは両手で祖父の左手を包み込んだ。その優しさに笑みをこぼしながら自身の右手をティジの手に添える。
「うん、すごく温かいけどこのままじゃティジが転んじゃうかな?」
「あ、そっか。ごめんなさい……」
 優しく諭されティジは申し訳なさそうに手を離す。ションボリとした様子のティジに小さく首を振って「大丈夫だよ」と告げる。
「かたっぽの手だけでじぃじは温かいから。ありがとうティジ」
 するとティジは少しホッとしたように笑う。それに安堵の息を漏らしながら改めてティジの手を握り、前を向いた。
 今日は雪が降るほど寒い。本来ならばこんな日は体が丈夫でない祖父は部屋でゆっくりしているはずだ。しかしウズウズとした様子で窓の外を見るティジを見て、中庭に行こうと祖父が提案し今に至るというわけだ。

 

「うわぁ、雪だぁ!」
 中庭に着くなり、落ち着かない様子で走り出すティジ。その背に聞こえるよう呼び掛ける。
「雪で滑らないようにするんだよー」
 元気にはしゃぐティジにその声は果たして聞こえているのか。それは呼び掛けた祖父にも分からない。
「おや、今日は大丈夫なんですか」
『元気なのはいいことだけど心配だなぁ……』と温かい目でティジを見守る祖父に庭師が声をかけた。
「えぇ、今日は体調も良い。それにたまには外に出ないと体に良くないからね」
 付き合いの長い庭師に振り返り、笑顔を見せる。
 国王の座を息子であるジャルアに譲ってからだいぶ経つ。体を動かす機会が減っているのは自覚しているし、ずっと部屋にとじ込もっているよりかはティジにとっても良い気分転換になるだろう。

「それにしても珍しいですね。今日はここに来られる方が多い」
 そう口を動かす庭師は他方へ顔を向ける。その視線の先には花を見て佇んでいるジャルアの姿があった。
「お父さん!」
「ん?あぁティジ。父上も来てたのか」
 その姿を見るなり走り寄るティジをジャルアはなんとか受け止める。祖父は内心『転んでしまうのではないか』とヒヤヒヤしていた。
「サクラとユリアさんは?」
 祖父はこの場に姿がないティジの双子の妹サクラとその母であるユリアのことをうかがう。もしかしてもう一つの庭園のほうに行っているのだろうか。

「サクラが他の国のこともっと聞きたいって言って、教えてくれてる……本来なら他の国と関わることが多い俺が教えるべきなんだろうけど、ユリアが譲らなくて」
 ジャルアは決まりが悪そうに頭を掻く。
「サクラの将来が楽しみだね。あんな小さいのにもう他の国のことに興味持つんだから。多分、大きくなったら留学したいとか言うよ」
「父上が言うことはだいたい当たるからなぁ……」
 不安そうに呟くジャルアに祖父は「そんなこと無いよ」と謙遜した。人や世間の情勢をよく見ている祖父の考えはよく当たる。国王の座についていた頃はその手腕と人を引き付けるカリスマ性を駆使して、初代国王に比肩するほどの賢王と呼ばれ慕われていたのだ。

「ティジもきっとすごい子になるよ。あんなに勉強ができて、あの子自身も新しいことを知るのは楽しいって言ってるから本当にすごい。ジャルアのおかげだね」
「俺は何もしてないと思うけど……」
 いつの間にかティジは庭師のところへ行き、仕事をしている様子を眺めている。時折、花の世話をやりたそうにジョウロに視線を向けているが庭師に「だめですよ」と釘を刺されていた。
「クルベスから聞いたよ。本を読めたティジに『よくできたな』ってチョコレートあげたって。ティジも褒められて嬉しそうにしてたよ。褒められたら誰だって嬉しいものだ。もちろん、私も謙遜してる息子を目一杯褒めちゃうぞー」
 ジャルアを軽く抱きしめたのち、ポケットから砂糖菓子を取り出す。ジャルアは少し戸惑いながらも受け取った。
「いつもお菓子持ち歩いてるんです……?」
「いつもでは無いかな、たまに忘れる。……でも、あの子にはできるだけ平穏に過ごしてほしいな」
「まぁ……俺もそう思うよ」
 ティジを見つめる祖父の横顔は、どこか苦しそうな表情をしていた。

「あぁ、そうそう。夕食前にはクルベスこっち戻ってくるって」
 祖父はしばし目を閉じた後、気持ちを切り替えるようにジャルアのほうへと顔を向けた。
「ゆっくりしとけって言ったのに……」
 そうぼやくジャルアに頭を揺らして笑いかける。
「そういうとこ頑固だからね、あの子は。というわけでせっかくだからこっちでもパーティーをしようかなと考えているのだけど……行けそうかな?」
 パーティーと言っても部屋でやる程度の小さなものだけど、と付け加えるとジャルアは少し考えた様子で口元に手を当てた。
「……せっかくだしこんな時でもないと集まることもないからな……行けるようにする」
「無理はしないように。クルベスもジャルアもそういうとこ似た者同士なんだから。なんなら手伝おうか?」
 なんとか仕事を調整すれば行けるはずだ、というジャルアの考えを見抜いたようにいたずらっぽく笑う。
「いや、それは流石に遠慮する」
「もっと父親に甘えてくれてもいいんだけどなー?」
 年齢を感じさせない茶目っ気あふれる笑顔で言われてしまうと何も返せなくなる。

 まぁでも今だけは、聖なる日を明日に控えたこの日だけは。慌ただしい日々の喧騒を忘れて気楽に過ごしてみてもいいかもしれない。

 


ちょっと明るくクリスマスっぽい日常回!
当方、季節のイベントではクリスマスが一番好きです。町の浮わついた雰囲気につられてウキウキします。

~唐突な小ネタ~

ツンツンとした態度はとるけれど伯父のことは決して拒絶しない甥っ子レイジと、そんな姿を見て『素直じゃないなー』と思いつつも態度は変えない伯父クルベス。その様子をレイジの(自称)友人はこの二人仲良いんだな、という目で見てる。 ちなみにこの友人、現在は城内警備を担う衛兵さんです。

ティジにとっても自慢のじぃじ。とても賢く優れた国王であり、息子や孫に何かと菓子を与えてくる茶目っ気あふれる祖父です。
作中の『ジャルアがティジにあげたチョコレート』も元は祖父が息抜きにとジャルアに贈ったもの。祖父があげたものが周りめぐって孫にいってますね。
おかげでティジの大好物はチョコレートになりました。