「というわけでやって来ました談話室!ここは前にも案内したよね」
「うん、お城の案内をしてもらった最初の日に来たっけ。それで確か……お昼を食べた後でエスタさんの上官さんと会ったんだよね」
「そういえばそんな事があったような……ティジ君よく覚えてるね」
エスタさんに導かれて到着したのはいつぞやにも訪れたことのある談話室。あの時もエスタさんがここに連れてきてもらった。あれから色んなところを案内してもらって、みんなのお話も聞いて……ノートの内容もすごく充実したな。
そう感慨深くなっている一方、エスタさんもその時のことを思い返したのか「あのあと上官にコッテリ絞られたなぁ……」と苦々しい顔をしていた。
「でもどうしてここに?」
「あぁ、ここは俺が衛兵になったばかりの時にティジ君と初めましての挨拶をした場所だからね。つまりティジ君と俺との思い出の場所ってことでここに来たんだ」
そうだったんだ、と聞いているとエスタさんは「まぁでも……」とばつが悪そうに視線を泳がせる。
「正確に言うと俺がティジ君と初めて会った場所はここじゃないんだよね。どこかの通路でぶつかっちゃいそうになったことは覚えてるんだけど……それがどこだったか思い出せなくて。ごめん、俺がもう少しちゃんと覚えていれば……」
「いや、エスタさんが謝ることはないよ。その話を聞けただけでもすごく助かるよ」
ありがとう、とエスタさんにお礼を言って早速ノートを開く。いまの話はどのページに入れようかな。俺についてまとめてるページ……いや、エスタさんのページに書いておこうっと。
「そう?ティジ君の助けになったら良かった。あ、それでね、ここでティジ君と会った時に弟くんとも会って、二人にお城の中を案内してもらったんだよ。ティジ君が一人で案内してくれようとしたところを弟くんが『一緒に行く』って言ってね。懐かしいなぁ」
「そんな事もありましたね。それでその後エスタさんが『案内してくれたお礼に』って詰所のほうを見せてくれて……」
ルイも話に加わって、しみじみと思い出に浸る。……惜しむらくは二人の話を聞いてもやはり当時のことは思い出せないこと。でもきっと今の状況と同じようにルイとエスタさん、そして自分の三人で楽しげに談笑しながら城の中を回っている姿は容易に想像できた。
――ティルジア。
「……っ」
突如、焼けるような痛みが頭に走る。あの声だ。
――可愛い可愛い、俺だけのティルジア。
その声は、とても柔らかで優しいのに。何故だろう。それ以上聞きたくない。それに頭もひどく痛む。何故こんなにも痛むのだろう。
ダメだ、堪えないと。せっかくルイとエスタさんが話をしてくれているのに。いま自分が不調を見せたら楽しげな空気に水を差してしまう。
「――……おっと、楽しくてつい話しすぎちゃった。弟くんの話をする時についつい長話になっちゃうクルベスさんの気持ちが分かった気がする。ティジ君、どうかな。俺の話はお役に立てた?」
「えっ……あ……うん。エスタさんのお話、すごく面白かったよ。話してくれてありがとう」
エスタさんの問いかけに慌てて取り繕う。上手く誤魔化せているか不安だが気づかれていないことを願うしかない。そんな俺の様子に何か気付いたのか、エスタさんは人の声が増えてきた談話室をぐるりと見渡して口を開いた。
「結構長居しちゃったね。ここも人が増えてきたからそろそろ次の場所に行こっか。次の場所も俺が案内したいんだけど……良いかな?」
「あ、うん。大丈夫。……ごめんなさい。何か気を遣わせちゃったみたいで……」
「ううん、大丈夫だよ。お次はティジ君の好きな物……いや、好きな事かな。とりあえずそれに関連した場所にご案内するよ!いったいどこか考えてみてね!」
エスタさんはそう言うと張り切って先導する。どうやらエスタさんは、俺が人の視線に気疲れしたと思い込んだようだ。エスタさんの気遣いに後ろめたい気持ちを抱えながらも、彼が勘違いしてくれたことに密かに安堵の息を吐いて、その後を追った。
自身の不調を隠しながらたどり着いた次の場所は書庫。ルイたちの話によると記憶を失う前の俺は本……というか読書が好きで、この書庫にはよく足を運んでいたらしい。
「ティジ君は本当に本が好きでね、外にお出かけした時は本屋さんか図書館のどちらかには必ず寄ってたよ」
書庫という場所だからか声をひそめて説明してくれるエスタさんにルイは「そうそう」と相槌を打つ。
「前にみんなで旅行に行った時も『古書店がある!』って喜んでいたな。最終的にクルベスに『このままだと日が暮れるから』って引っ張り出されてたけど、それが無かったらたぶん閉店までいたと思う」
なるほど。自分の本好きは生半可な物ではなかったらしい。それと記憶を失う前の自分はクルベスさんをほとほと困らせていたようだ。大変申し訳ない。
「……俺ってよっぽど本が好きだったんだね。ところで俺ってどんな本が好きだったんだろう?」
ふと湧いた疑問を口に出す。すると予想に反してルイとエスタさんは顔を見合わせ「どんな……?」と答えを詰まらせた。
「……色々?」
「そう……だね。文学はもちろん、国の歴史とか、学術物、図鑑……あらゆる分野の本を満遍なく読んでたかな」
ようやっと出てきたルイの大雑把な回答をエスタさんが補足する。おそらくこの書庫に収められている本の大半は読破しているのではないかと。その話が確かなら二人が答えに窮するのも無理はない。自分の本好きはよほどのようだ。
「サクラちゃんもそうだけど、自分の知らない事を知るのが楽しいみたい。学校の成績もいつもすごく良かったからね」
「へぇ……」
どうやら俺の成績は学年首位を保っていたらしい。自分のことなのにまるで他人事のように感心する俺の隣でルイは突然パッと顔を上げた。
「思い出した。俺がここに来たばっかりの頃にティジに一番好きな本を教えてもらった事があった。確か……あっちのほうにあったと思う」
そう言うとルイは一つ隣の本棚の列に移動して、一冊の本を取り出す。本の表紙を目にしたエスタさんは「あ」と声をあげる。
「それ知ってる。確か弟くんも好きなおとぎ話だったっけ」
「はい。兄さんがよく読み聞かせてくれたんです」
ルイが手にしている本はとある童話の本らしい。男の子がある日ひとりの妖精と出会って色んな外の世界を冒険するお話だとか。内容に目を通してみても、やはりというべきか何も思い出せない。
懐かしむ二人と一緒に物語を読み進めていく。ふと、ある一点に気がついた。
物語に登場する妖精の容姿だ。主人公の男の子を導き、共に冒険をする、もう一人の主人公とも言われるその妖精。挿絵で描かれている妖精の髪はまるで雪のように白く、そして血のように紅い瞳を有している。白髪に紅い瞳――自分と同じ特徴だ。
その時。砂嵐のようなザァッという音と共に、あの声が聞こえてくる。
――君の白い髪もその紅い瞳も全て――してる。
また、あの声。だが途中で砂嵐のような音が一際強くなり、一部の声がかき消されてしまう。それにしても不思議だ。今日はよくあの声が聞こえる。
だけど何故だろう。この声はきっと、自分の記憶に繋がる唯一の手がかりのはずなのに。
これ以上この声を聞かないほうが良い。聞くべきじゃない、と。まるで警鐘を鳴らすように頭が痛む。
……話題を変えよう。今はとにかくこの声から、頭痛から意識を逸らさないと。
「ねぇ、エスタさん。さっき『みんなで旅行に行った時』って言ってたけど……その話をもう少し聞きたいな」
「あぁ、それね。あれは俺がティジ君、弟くん、クルベスさんに『旅行に行きませんかー!』ってお誘いしたところから始まって……」
エスタさんは談話室と同様にイキイキと語り出そうとしたがここが書庫であることを思い出し、声量を絞って当時の思い出を振り返っていく。俺はそれを一言一句聞き漏らさぬよう耳をそば立てて、残り少ないノートの余白に詰め込んでいった。
「――……それで最後にカフェに寄ってね。何を食べたっけ……あ、アイスだ。あれもすっごく美味しかったなぁ。いやー、こうして振り返ってみるとめちゃくちゃ濃い二日間だったよ。本当に楽しかった」
「俺もすごく楽しかったです。旅行ってすごく久しぶりだったけど……また何か機会があったら行きたいなって思うぐらい」
「え、本当に?そんなこと言われたら全力で上官に許可取ってきちゃうよ?いつにする?」
「エスタさん落ち着いてください。気が早すぎます」
そのまま駆け出していこうとするエスタさんをルイが慌てて止める。エスタさんはルイの声に一度は足を止めるも「いや、でも行動は早いほうが良いって言うし……善は急げ、的な?ちょっと違う?」とのそりのそりと再び足を動かし始めていた。
「えー……あ!そういえば最後に写真を撮りましたよね?その時の写真とかって無いんですか?」
「写真?」
エスタさんを止めるためルイは別の話題をあげ、何やら興味深い文言に俺も食いつく。するとエスタさんはようやく足を止めた。
「しゃ、しんー……?そんな物あったっけー?あったようなー……無かったようなー……?」
「ありましたよ。エスタさん、忘れたんですか。クルベスが持って来ていたカメラで一緒に撮ってもらったじゃないですか」
うーん、と首を捻るエスタさんにルイが追い討ちをかける。ルイがここまで言うのだ。おそらくエスタさんが忘れているだけで写真は撮っているのだろう。
「俺もその写真見てみたいな。お話を聞くのも良いけれど、写真があったら何か思い出せたりするかもしれないし。……エスタさん、どうかな。その写真がどこにあるか覚えてないかな」
エスタさんの顔を見上げる。バチリと目が合うとエスタさんは「う……っ」と顔を歪めた。
「ちょっと……クルベスさんに確認してみようかなぁ……?もしかしたらクルベスさんのほうで持ってるかもしれないし……うん、そうしよう!クルベスさんに確認だ!そうと決まれば俺は今からクルベスさんのところに行ってくるから二人はここで待ってて!すぐ戻るから!絶対、ここで、待ってて!お願いね!」
「えっ……あ!エスタさん!」
エスタさんは矢継ぎ早に言うとルイの静止の声も聞かず、書庫から走り去ってしまった。
「……ねぇルイ。クルベスさんっていま急なお仕事があるんじゃなかったっけ?」
そのために今こうして思い出話をしながら城の中を巡っているというのに。
「そのはずだけど……あ、でももうすぐ一時間経つからその急な仕事もそろそろ片付いたんじゃないか。だから確認しに行ったのかも」
ほら、とルイは書庫の壁に掛けられている時計を指す。本当だ。エスタさんがクルベスさんの連絡を受けてから一時間が経とうとしている。そんなに時間が経っていたのか。
「それなら俺たちも一緒にクルベスさんに確認すれば良いんじゃないかな。今からでもエスタさんを追って……」
「いや、エスタさんが『待ってて』って言ってたから俺たちはここで待っておこう。入れ違いになったら余計に混乱するし」
「そっか、確かにそっちのほうが大変だね。じゃあここで待っていよっか」
ルイの意見に二つ返事で頷く。
エスタさんから以前聞かされた話だと記憶を失う前の俺は極度の方向音痴だったらしい。今もそうなのかは分からないけれど、エスタさんを探して迷子になったら目も当てられない。そうなれば皆に余計な心配を掛けてしまうこととなるので、ここはエスタさんの言いつけとルイの意見に従って大人しく書庫で待つことにした。
エスタさんによるお城の案内は第五章(20)『淡彩色の記録-6』から始まったので、思い返せば結構長い時を歩んだような気がします。作中では一ヶ月も経っていないけれど。
なお、今回ルイが言った「俺がここに来たばっかりの頃にティジに一番好きな本を教えてもらった事があった」は、第二章(13)『新たな居場所-3』でのお話になります。こちらもとても懐かしいです。