01.束の間の休息-1

 レイジの墓参りの帰り道。エスタの気持ちはひどく沈んでいた。
 レイジが亡くなったと知ってから二週間経ち、ようやく彼の死と向き合おうと思った。それから彼の墓を前に自身が衛兵になったこと、ルイと再会した経緯を報告した、その帰り道を重い足取りで歩いていた。

 何をそんなに憂いているのか。唯一無二の、かけがえのない友の死は到底受け入れがたいものだ。今だって『これが夢だったら良かったのに』と考えてしまう。
 気を引き締めないと。彼の溺愛するルイ――弟くんの前で涙を見せてしまうことだけは何としても避けなければ。血の繋がった、あんなに慕っていた兄を亡くした弟くんのほうがずっとつらいのだから。
 弟くんは何とか前を向いて歩こうとしている。だから自分も立ち止まってはいけない。

 しかしそうなるとある問題が浮上してしまう。それは今から二週間ほど前のこと。王室専属の医師であるクルベスの私室での出来事だった。

 

 

「なんですぐ話してくれなかったんですか!!」

 胸ぐらを掴み、詰め寄る。それをたしなめることもなく黙り込んだままのクルベスをにらみつけた。
「クルベスさん、知ってるはずですよね。俺が衛兵になったきっかけ、あなたに話しましたよね」
「あぁ、知ってる」
「なら何で!!」
 怒号を浴びせる。彼に言っても仕方がないことは分かっていた。

「何ですぐ教えてくれなかったんですか!!レイジが現れたって!!」
 ある調査の任務に同行して他国へ行っていた。その間に再会を強く願っていた友が現れ、命を落とした。

「知ってたらすぐ帰還した!全てをなげうってでも駆けつけた!自分にも何かできるかもしれなかったのに、そのチャンスを与えないどころか『お前がいない間に彼は死にました』?ふざけんのも大概にしてくださいよ!!」
 反論することもないその姿に捲し立てる。
 悔しさからか、悲しみからか、ない交ぜになった感情に押し出されるかのように自身の瞳から涙が溢れ出した。

「なぁ、何で……!一言ぐらい話したかったのに……もうそれすらできないってあんまりだろ……!」
 泣き崩れる俺に、レイジの伯父は言葉を掛けることはなかった。

 

 あれからクルベスさんとの間はギスギスしている。会話も業務上必要最低限にとどめて、目を合わせることもない。
 本当は分かっている。自分が彼を許せば……というか変な意地を張らなければこの気まずい状態も解消されるのだと。
 きっとあの人なりの考えや気遣いから自分に連絡を取らなかったのだろう。ざっくりとあらましを聞いただけだがレイジは良からぬ輩の身勝手な思惑に利用され、違う人格とやらを植え付けられたのだという。――それがティジ君の母を殺めた。

 クルベスさんがレイジと再会した時、かつての彼は失われたかのようにすっかり様変わりしていたのだという。ティジ君が病室で彼に会った時は一時的に意識が戻っていたらしいが……。

 それと弟くんの話によると彼が亡くなる直前に『弟くんの兄』である彼と言葉を交わせたようだ。だがそれはあまりにも残酷な話で。ようやく再会を果たせて言葉を交わせたのに、目の前でその命を落とすところを見るなんて。
 どうやら弟くんに危害を及ぼしてしまう前に自ら命を絶ったらしい。本当に……どこまで家族思いな奴なんだよ。ここにお前のせいで進路変えられた人間がいるんだぞ。もうちょっと周りを見ろよ。

 あー、やばい。泣きそう。しっかりしないと。レイジの代わりに弟くんたちのこと見守るって……あの子たちが笑って過ごせるよう頑張るってそう誓っただろうが。
『こんなところで泣くんじゃない』と歯を強く食い縛り、空を仰いだ。

 

「お、問題児。こんなところで会うなんて奇遇だな」
「上官じゃないですか。お元気そうで何よりです。俺、今日は非番なんで。それじゃあまた」
 警備の責任者こと上官に声を掛けられそそくさと退散しようとしたが、電光石火の早業で肩を掴まれてしまい失敗に終わった。すごいガッチリ掴んでくる。これパワハラに当たらないかな。
 ちなみに『新人』から『問題児』に呼称が変わるまで時間はかからなかった。衛兵に就任してから一ヶ月経たないうちにいつの間にかそう呼ばれてた。しいて言うなら俺はとっくに成人してるので、問題『児』はいかがなものかと思う。

「なぜ逃げる?やましいことでもあるのか」
「……無いです」
 まぁ全く無いわけではないけど。というか会う度にお小言をもらっているので体が反射的に逃げようとするだけだ。
 実は『弟くんたちとお泊まり会みたいなことしたいなー』とか考えて、その許可をどうやったら取れるかとか考えてるけど……まだ計画段階なので大丈夫なはず。

 いや、だって弟くんからクルベスさんの部屋で寝たとか聞いたもん。なんかちょっと一人で寝るのが不安だったらしく、流れでティジ君とクルベスさんの三人で仲良く寝たらしい。
 いいなぁ羨ましい。俺もそういうのしてみたい。あわよくば弟くんの恋バナを根掘り葉掘り聞きたい。恥ずかしがって話さないだろうけど。

 

「てか上官こそ、こんなところで何してんですか。上官も今日非番でしたっけ」
「ご子息が通われる学校。その警備の下見だ」
 万が一のことがあってはいけないからな、と腕を組む。
 ティジ君たちは来週から復学するのでそれにあたって日々奔走している姿が見られる。あの子たちは次期国王とそのご親戚だもんな。そりゃあ慎重にもなるか。

「あれ?でもあの子たち確か4月にも通ってましたよね。その時にも確認してませんでしたか?」
 それとも家出た後で玄関のカギを閉めたか不安になるタイプなのかな。上官って神経質……細かいことによく気がつく人だし。
「あの時と今では状況が変わった。明確に『ご子息を狙っている輩』と判明したのだから、過剰なほどの対策で丁度いいぐらいだ」

 レイジを手に掛けた人物はどうやらティジ君に固執しているらしい。何が目的かは知らないが。それもあってか信頼のおける人物をティジ君たちの護衛に付かせる運びとなり、その役職に俺が正式に任命された。八年前の事件以前から弟くんだけでなくクルベスさんとも面識はあったことに加えて、衛兵に就いてからティジ君からも好感触だったことが決め手となったようだ。
 その理由を上官から(しつこく)聞き出した時はそれはもう誇らしかったし、鼻高々に弟くんに話した。……クルベスさんには気まずくて話せなかったけど。

 

「そうだ。お前に声掛けたのはこれを渡そうと思って。お前のことだからどうせこういうの好きだろ」
 その言葉と共に渡された物。『どうせ』って何だ、と思いつつもいちおう礼を言いながら受け取った。それはどこぞの宿泊施設の招待券だった。
「これどうしたんです?ていうかなんで俺にくれるんですか」
 上官の話を聞くとどうやら昼食を摂ろうと思って入ったレストランで丁度キリの良い数の入店客だったらしく、クラッカーやら何やら鳴らされながら渡されたのだとか。
 お堅い上官がクラッカーを向けられてる姿が想像できないし何より『お一人様だろうが気にせずファミリーレストランに入る』という肝の据わりように笑いが込み上げてしまう。

 そんで渡されたのが宿泊施設の招待券。しかも四人分。まぁファミリーレストランなので訪れる客は複数人のグループを想定していたと考えれば……うん、そうなるのも無理はない。で、そこへ来たのが独り身の上官というわけか。『さてどうしたものか』と思いあぐねていた矢先に俺の姿を見つけたらしい。
 それってつまり自分がいらないから手頃な奴に押し付けてるだけじゃ……いや、貰える物はありがたく貰っておこう。

 

 でも困ったな。折角貰ったんだし使いたいのは山々だけどウチは自分を含めて三人家族だ。一枚余る。ていうかそもそも現在両親は結婚して25周年の記念に夫婦水入らず諸外国を巡っているので誘えない。
 自分も八年前にレイジが失踪した日以降、イベント事に参加する気にもなれず人付き合いも希薄になった。それに加えて衛兵目指してまっしぐらの日々だったのですぐに連絡が取れて一緒に旅行できるほど仲が良い奴もいないし。

 自分含めてあと三人……一緒に旅行に行きたいなーって思えるほどの付き合いがある仲の良い人物……ここ最近だと……。
 うーん、ちょっと気が引けるけど物は試しだ。もしかしたらこれをきっかけに気まずさも解消されるかもしれないし。

 

「上官、泊まりの外出許可って取れますかね」
「有給ならあるだろ。ちゃんと申請はしろよ」
「あ、俺もそうなんですけど……あの二人とクルベスさんの外出許可。一泊二日で」
 なるべくご機嫌を損ねないように言ったつもりだけど「は?」とすっごいガラの悪い返事が返ってきた。
 まぁ言っちゃなんだけど、俺ってただの衛兵だもんね。そんな反応になるのもよく分かる。

 


~第二章までのネタバレを含みます。ご了承下さいませ~

『第二章(28)衛兵はかく語りき-9』の直後からスタートです。いわゆる幕間というやつ。温泉に行く番外編を書こうとしたらガッツリ本編に入ってきました。温泉はちょびっとだけ出ます。