「そういえば弟くんは何か好きなお話ってある?絵本とかそういう物語で」
「お話?なんで?」
俺の問いかけに弟くんは頭にハテナマークを浮かべながら質問で返してきた。そりゃそうか。弟くんにしてみたら何の脈絡もなく聞かれたようなものだからな。
「さっきレイジと『もしもお芝居をやるとしたら何がしたい?』ってお話してたんだ。それでもし弟くんが俺とレイジと一緒にお芝居をするとしたら何かやりたい物とかあるかなーって思ったんだ」
まぁレイジは一つも案を出さなかったわけだが。そんなこと口にしたら後が怖いので黙っておこう。これでもし弟くんが『赤ずきんをやりたい』なんて言ったら、レイジは速攻でオッケーを出すんだろうな。
弟くんはウンウンと唸ったのち、何か思い付いた様子でぱっと顔を上げる。
「ぼく、この間お兄ちゃんが読んでくれたお話をやりたい!男の子と妖精さんのお話!」
「男の子と妖精さんのお話?なにそれ?」
「知らないのか。この国に昔からあるおとぎ話だよ」
全く聞いたことがない。だって俺、童話とかは有名なやつしか知らないし。
そんな俺を見かねたレイジは本棚から一冊の本を取り出す。挿し絵はほどほどにあるが文章が多めの、初等部の中学年ぐらいの子が読みそうな本だ。
レイジが渋々ながら聞かせてくれたあらすじによると、男の子がある日ひとりの妖精と出会って色んな外の世界を冒険するお話らしい。どうやら魔法のような物を使う表現も出てきている。この本が初めて出版されたのはこの『レリアン』という国が成立してから少し経ったぐらいの時期らしく、この国ってそんな昔から魔法が認知されてたんだぁ、と感心した。
「へぇ、それで弟くんはどんな役をやりたいの?」
「男の子の役!それでお兄ちゃんは妖精さんの役で一緒に冒険するんだっ」
真っ先に主人公をあげるあたり、可愛いらしい顔をしてるけどやっぱり男の子なんだなぁと微笑ましく思う。『レイジが妖精か。普段の態度とは真逆の役だな』と吹き出してしまいそうになったのはなんとか堪えた。
「妖精さんは魔法が使えていろんなことを知ってるんだよ。とっても頼りになって、男の子にとって憧れの人なんだって。だから妖精さんの役はお兄ちゃんがいいな」
キラキラとした目で話す弟くんを見てるとこちらも顔が綻ぶ。本当にレイジのことが大好きなんだな。……いつぞやのように感極まった様子のレイジには触れないでおこう。
「それじゃあ俺はどんな役がいいかも決めてくれると嬉しいな。まだあんまりお話のこと知らないから」
それを聞くなり弟くんは再び考え始める。本人は真剣に考えているんだろうけど「うーん……何がいいかなぁ」と口にしながら体を揺らしているのも、小さい子らしくて可愛い。
しばらく考えたのち、「あ、そうだ!」と声をあげた。
「エっちゃんは妖精さんのお友達の役、すごくぴったりだと思うっ!」
「できればどんな役か教えてほしいな。けっこう活躍とかしちゃう?」
あらすじを聞いた感じ、もう一人の主役と言えそうな『妖精』の友人となるとかなり期待が高まる。
「妖精さんのお友達はね、妖精さんがいろんなところを冒険するきっかけになった人なんだって。すごく優しくて元気な人で、エっちゃんみたいだなって思ったの」
めちゃめちゃ重要な役どころじゃん。そんな役に任命されるなんて俺も案外捨てたもんじゃないな、とにやけてしまう。いや、実際に劇をやるわけじゃないけど。
「でも『妖精の友人』って故人だからそんなに活躍しないぞ?」
「……はい?今なんと?」
なんかすんごい発言がレイジの口から飛び出してきた気がする。
「物語中の『妖精の友人』は妖精が男の子に出会った時点でもう亡くなってんだよ。まぁ妖精にとって大切な人だったから回想シーンとかでよく登場するけどな」
「え……おとぎ話でそんな重い展開あるもんなの……?」
大切な人が死んでるって無慈悲かつ残酷すぎやしないか?
「そもそもこのおとぎ話自体、他の国にはあまり知られてない話だからな。かなり変わった作品だし」
確かに。俺も今はじめて知ったお話だし。いや、それは置いといて。
「弟くん、できれば俺も一緒に冒険とかしてみたいなー……?」
弟くんを責めるつもりはないけどせめて明るく共演ぐらいはさせてほしい。そういう思いで弟くんを見ると弟くんはあたふたとその役を選んだ理由を説明してくれる。
「えっと……あのね、妖精さんと妖精さんのお友達ってすっごく仲良しだから、お兄ちゃんとエっちゃんみたいだなって思って……」
「ルイ、それは違うよ」
すっごく仲良しではない、と珍しく弟くんの発言を否定するレイジ。もういい加減認めろって。
「え、だけどいつも楽しそうにお話してるし……それにお勉強の日はいつもお天気見てるよね?」
「ルイ?ちょっと待とうか」
何かまずいと思ったのかレイジが止めようとするも弟くんがそれに気づく様子はない。
「昨日も、天気予報見ながら『明日は晴れそうだな』って嬉しそうに言ってて……それに、それに、この間も『感謝の日のお返し、これで喜んでくれるかな』って言ってたし……」
「ルイ、部屋の外で待っててくれないかな?少ししたら呼ぶから」
大丈夫、すぐに済むよと有無を言わさず部屋から出す。え、済むって何?何するつもりなの?
部屋の扉を閉めて、一呼吸おいてからこちらに戻ってくる。するとテーブルの端に置いたままの(まぁまぁ厚さのある)参考書を掴み……って待て待て!
「レイジさん何をするつもりなのかな!?」
慌てて言葉で制するが止まってくれそうにない。
「事故とかで頭を強く打ったら一時的に記憶が飛ぶらしい」
「記憶どころか命の灯火が消えると思うのだけど!」
前に本で読んだ、と言いながら振り上げられたレイジの腕を掴む。
「ショック療法ってやつだ。すぐ終わる」
「それたぶん意味違うんじゃないかなぁ!?」
いつになく冷静じゃない。それに凄まじい力だ。こちらも全力でいってなんとか押さえられているがそれも時間の問題だろう。そういえば以前『時々クルベスに鍛えてもらってる』とか言ってたのを思い出した。俺だって誰にも言ってないけどほどほどに鍛えてんのになぁ……!(『そのほうがモテるかもー』という不純な動機ではあるが)
ていうかこれはまずい。レイジも13で前科持ちはきついだろ。
「なぁ落ち着けって!別に恥ずかしいことじゃないから、ね!そんなに楽しみにしてくれてたんだなーって思うと俺もすっげぇ嬉しいし!」
言った後で『あ、やばい』と思うも時すでに遅し。顔から火が出るんじゃないかと思えるほどレイジの顔は真っ赤に染まり、参考書を持つ腕の力が更に増した。『火事場の馬鹿力ってやつですか!?』などと悠長なことは言っていられない。このままだと本当に流血沙汰になってしまう。
「弟くーん!ちょっと来てぇ!!」
何を言っても状況は悪化するだけだと判断し、部屋の外で待っている弟くんに助けを求めた。
「死ぬかと……おもった……っ!」
ゼェゼェと息を切らしながらあえぐ。
あの後すぐ、俺の必死の呼び掛けに弟くんが駆けつけてくれた。尋常じゃない声に慌てた弟くんは足をもつれさせ転倒してしまい、レイジの意識がそっちにいった隙に参考書を取り上げて事なきを得た。度を越したブラコンぶりに今は感謝しかない。全力で押さえていたため、腕がプルプルと震えていた。
「ルイ、怪我は?ごめん、俺がちゃんと見ていればこんなことにならなかったのに……!」
「お兄ちゃん、ぼく大丈夫だよ?どこも痛くないから」
盛大におでこをぶつけていた気もするがレイジの取り乱しように弟くんは戸惑いながら返事をした。
「でも、命に関わるような大怪我の時は痛覚が遮断されることもあるっていうし……っ、クルベス……は向こうに戻ったから病院に行くか。休日の午後でも診てくれるとこは……」
「お兄ちゃん、本当に大丈夫だから」
落ち着かない様子で部屋を出ようとするレイジの服の裾を掴んで引き留める。弟くんのおでこは赤くなっているが、それでも健気に「ぼく平気だよ?」とレイジを気遣う。
「ごめん……俺、お兄ちゃんなのに……ルイに怪我させた……お兄ちゃん失格だ……っ!」
涙声で謝るレイジの頭を弟くんは優しく撫でる。これもうどっちが怪我したほうなのか分からないな。
ひとまず一階に下りて弟くんの怪我を治療する。とは言ってもおでこに湿布を貼っただけだが。その痛々しい姿を見ながらレイジは「痕に残ったらどうしよう……っ」と嘆いている。痕に残るような傷なんて、そうそうできるわけないのに心配しすぎだ。
「お前、弟くんが初等部入ったらどうなるの」
確か今度の四月から初等部に入学するとか言ってたのを思い出す。これだけ元気な子なんだから怪我なんてしょっちゅうするだろう。今でさえ結構危なっかしいところがあるんだから間違いない。元気な証拠なんだろうけどレイジのほうが倒れてしまいそうでそっちのほうが心配だ。
「……家庭教師って手もあるか」
「他の子と交流する機会奪うなよ」
でも知らない大人と二人きりってのも不安だな……と真剣に悩むレイジにすかさずツッコミを入れる。
「でも、こんな綺麗で可愛い子なんだから逆にやっかみとか受けていじめられるかもしれない……変な大人が手を出す可能性も無いとは言いきれないし……」
弟くんに対してはそこまで考えられるのに、何で自分に置き換えて考えられないのか不思議でしょうがない。下手なおとぎ話よりこっちのほうがよっぽどファンタジーしてるよ……。
「大人の人がおてて出すとどうなるの?」
ほーら、何も知らない弟くんが食いついちゃった。できればそのまま純真無垢でいてくれ。
「とても良くないことが起きる。知らない人はもちろん、知ってる人でも気を付けるんだよ。珍しい物を見せてあげるって言われても絶対についていっちゃいけない。お兄ちゃんとの約束だ」
ちゃんとぼかして注意喚起するレイジ。そういえば弟くんと初めて会った時、レイジに速攻で不審者扱いされたな……。ところでお前の『知っていても気を付ける人』の範囲ってどこまでなの?
「あと『家族が怪我をして病院に行ってるから、そこまで送ってあげるよ』っていうのもダメだ。そのまま知らないところに連れていかれる可能性があるから。そういう時はまず電話でも何でもいいから家族に確認すること」
「やけに詳しいな。やっぱり親とか伯父さんから教えてもらったの?」
これだけ綺麗な顔してんだから幼い頃からこういう注意とか耳にタコができるほど聞かされてそうだ。
「まぁそれもあるけど……」
「まさか……実体験?」
なんか歯切れの悪い返答に聞き返すと、ばつが悪そうに目を逸らしてから頷いた。「いじめとかは無かった」と付け加えるが問題はそっちじゃない。
「え、お前大丈夫だったの!?」
「何かある前に他の大人……大体あいつが気づいて止めたから問題はない。あいつ昔っから送り迎えとかしてくるからそういう時に大体駆けつけてきて……いまだに事あるごとに『何か不安なことあったら送り迎えするから』って言って聞かないし」
めっちゃ苦々しい顔で言う様子から『あいつ』とはクルベスのことだと推測できる。小さい頃からそんな目にあってたらそりゃあ送り迎えなんていくらでもするわ。
中等部入学の際に『一人で行ける。ついていったらしばらく口聞かないからな』と言って送り迎えを拒否したそうだ。心配で仕方なかっただろうなぁ……とクルベスに同情しながらも、ついていった時のペナルティを『しばらく口を聞かない』だけで済ませるレイジに少し笑いそうになった。
「まぁ今はそう易々と知らない奴についてったりしない……秋のやつはちょっと油断してただけだから。勘違いすんなよ」
あぁ、あの拉致未遂事件のことか。うん、やっぱり学校でもレイジから目ぇ離さないようにしよう。こうなると弟くんのことも心配になってくるなぁ……。
「やっぱりお兄ちゃんとエっちゃん仲良しさんだね」
俺とレイジの会話を聞いていた弟くんはえへへ、と嬉しそうに笑う。それに対してレイジは「そんなんじゃないって……」と不服そうにぼやいた。それに顔も赤い。先ほど弟くんがうっかり言ってしまったことを思い出したのだろう。
「ぼくも初等部に行ったらお兄ちゃんとエっちゃんみたいなお友達できるといいな。そしたらみんなでいろんなことして遊びたい!」
初等部への期待に胸を膨らませた様子の弟くんにレイジは優しい笑みを浮かべた。
「そうだね。ルイならきっとたくさんお友達できるよ」
「お友達いっぱいできたらいろんなお芝居できるかな」
弟くんの『お芝居』という発言に『あぁそんな話もしてたわ。すっかり忘れてた』と先刻の会話を思い出した。ていうか今日ここに来た理由は勉強会だったのにずいぶん脱線してしまったな。
「そういえば近くにちっさい劇場がなかったか?」
たまの休日に不定期で公演が行われているところがあった気がする。
「あぁ、そういえばあったな。それじゃあルイも興味あるようだし、ルイがもう少し大きくなったら皆で見に行ってみようか」
子ども向けの物もやってるらしいし、と言うと弟くんの表情がパァっと輝いた。
窓の外では雨が変わらず降り続けている。レイジが家まで送ると言ってたし、その時にお返しに貰ったチョコの感想を言ってやるとするか。羞恥のあまり、雨の中置き去りにされるかもしれないという不安はあるが。言えるうちに(っていうか味の感想を覚えているうちに)ちゃんと伝えとかないとな。
エイプリルフールにあげた『赤ずきんパロ』にかこつけて『白雪の朋友』の面々でもパロディをやってみようとしました。結果がこちらです。
『Teobroma~マンディアンを摘まみながら~』の後のお話。
レイジはジャルアが記憶に干渉する魔法が使えることは知りません。もし知ってたら今回ルイがうっかり喋ってしまった『勉強会のある日は天気予報をチェックしてること』『感謝の日のお返し、これで喜んでくれるかな』という発言などをエスタの記憶から消していただけないかと申し出ると思います。ちなみに『ルイの家の近くの劇場』とは第一章(11)(12)で出てるところです。