「クルベスさん、俺思ったんですよ。やっぱり思い切ってやってみるべきではないかと」
「なんだ、藪から棒に。何か覚悟を決めた雰囲気を出すのはいいが、せめて具体的に言ってくれ」
少し遅めの昼休憩に入っているらしいエスタは医務室に入るなり、真剣な表情で謎の宣言をする。付け加えるとエスタは怪我をした様子はないためおそらくいつものようにただ喋りに来ただけだろう。怪我もしていないのに訪ねてくることはこれが初めてではないのでクルベスも慣れた様子で「とりあえず座れ」とソファを勧めた。
「今って10月ですよね。そんでもって今日は10月31日。とどのつまりあのイベントがある日じゃないですか」
「あぁー……つまりあれか?お菓子くれなきゃイタズラするぞー、と」
クルベスは壁に掛けてあるカレンダーに目を遣り、エスタに問いかける。ソファに腰を下ろしたエスタは「えぇ、そういうことです」と言葉を続けた。
「そして実をいうと言われる準備も出来てます。ほら、持ち運びやすさも考えてアメとクッキー、それにマシュマロです。そしてどれも弟くんが好きそうなタイプのお味」
エスタはつらつらと話しながら机の上にお菓子を並べていく。クルベスとしては衛兵の制服から次々とお菓子が出てくる様は見ていて面白いが、その一方で『エスタの上司が目撃したら問答無用で指導室送りにしそうだな』と憂いた。
「でも、でもですよぉ……!俺がそんなの振っていいのかなって、そこはかとなく軽ーい感じで言ってもティジ君や弟くんに何かしらのプレッシャーをかけちゃうんじゃないかとか考えちゃって……どうしたらいいんですかねぇ……!?クルベスさん、俺いったいどうしたらいいと思います!?」
エスタは何故か変に遠慮しているらしい。切実なお悩み相談を受けるクルベスだが、そんな彼自身は毎年この時期になるとティジたちから「お菓子をくれなきゃイタズラするぞー!」言われ、二人の好物のチョコレートやクッキーなどの菓子をあげるという一連のくだりをやっている。つまりこのイベントはティジたちの間では毎年の恒例行事となっているわけで、エスタの懸念は全くもって無意味なのである。
そういう事なのでクルベスは呆れ顔を浮かべつつエスタに「何も気にする必要はない。気兼ねなくやればいい」と返そうとした、その時――
「話は聞かせてもらったぁ!そういう事なら頼れる大人代表こと、このエディ・ジャベロンさんがひと肌脱いでやろうじゃあないかぁ!」
突如として医務室の扉が開け放たれ、それと同時に飛び込んできた明るい声。明るい声というか浮かれきったお調子者の声というべきか。いや、そんな事はどうでもいい。
常日頃から大変ご多忙な王室専属医師クルベス・ミリエ・ライアはそんな能天気なチャランポランのお遊びに付き合う暇など無い。なので何も見なかった事にして扉を閉じ……ようとしたが、件のお調子者が恐るべき瞬発力で扉を掴んできたため、それも叶わなかった。
「ちょい待ち。クルベスくーん?なぁーに閉めようとしてんのかなー?」
「あぁー……疲れが溜まってるみたいだ。幻聴まで聞こえる」
「幻聴なんかじゃねぇよー?喜べ、クルベス。お前の良き友人、エディ・ジャベロン君が遊びに来てやったぞ」
にこやかに言い放っているこの男――エディ・ジャベロンは表情こそ柔らかいものの、本業の国家警備隊で鍛え抜かれた腕力を駆使して、全力で扉を閉じられる事を阻止する。それに対してクルベスもわざとらしくため息を吐いているが、ドアノブを持つ手は骨の筋が浮くほど強く握られていた。
「それとも『年甲斐もなくはっちゃけるなんて恥ずかしいー!』とか思ってるのかなぁ?そんなこと誰も気にしねぇから素直になれよぉ。クルベスくーん、あっそびーましょー?」
「エスタぁー、休憩中のところ悪いが仕事だ。この不審者をとっ捕まえてくれ」
「とりあえずお二人とも、ドアが今にも壊れそうなので一旦離してもらえます?」
エスタの発言は決して大袈裟なものではなく、扉はクルベスとエディの双方向から尋常ではない圧を掛けられていることでミシミシと悲鳴をあげていた。このままではドアノブが取れるか、扉そのものが外れかねない。
気のないエスタの仲裁にエディとクルベスは全く同じタイミングで手を離す。示し合わせたわけでもないのに息が揃うあたり、何だかんだで仲が良い二人にエスタも思わず苦笑をこぼした。
「それでぇ?とりあえずざっくりと盗み聞きさせてもらった感じだと、エスタ君はどういうわけか遠慮しちゃってるって感じかな?あるいは緊張しちゃってるとか?」
「まぁー……そんな感じです」
エスタの返答にエディは「ほうほう」と物知り顔で相槌を打つ。一方でクルベスは「国家警備隊の人間が盗み聞きを堂々と公言するな」とぼやいた。
「それなら一回練習してみるか」
「練習……ですか?」
「あぁ、そう難しく考える物じゃないし、一回やってみたら『なーんだ、案外いけるじゃん』って自信がつくかもしれないだろ?とりあえず俺に『お菓子くれなきゃイタズラするぞー』ってやってみて」
エディは「ほらほら」と食い気味に促す。そんなエディにクルベスは『練習は建前でただ遊びたいだけなんじゃないか?』と懐疑的な視線を向けるがそんなものは当然無視だ。
「えー……それじゃあ、お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞー……?」
「どんなイタズラしてくれる?」
「え゛」
「あんまり子どもを困らせるな」
『国家警備隊相手にイタズラ?どんなイタズラなら許される?』とエスタが動揺していると見かねたクルベスがすかさずツッコミを入れる。エディはそれに「なはは」と軽い調子で笑った。
「ごめんごめん。今のは冗談だよ。ちょっとからかいたくなっちゃって。それじゃあ素直で良い子のエスタ君には大人なお菓子をあげよう。はい、シガレットチョコ」
「思いっきり子どものお菓子じゃねぇか」
エディはクルベスの呆れ声を聞き流しながら、タバコを模したチョコレートをエスタに手渡す。エスタはそれを「ありがとうございます」と礼を言いながら受け取ると、形式にならって本物のタバコを吸うかのように咥えた(なお、エスタ自身はタバコを吸わないどころか吸った経験すら無い)。一丁前に格好つけて雰囲気を楽しんだ後はそのまま普通のチョコレートとしてポリポリと噛み砕く。味はごく普通のミルクチョコだがこういうシンプルな物が結構美味しいのである。
「お前にも分けてやろう。俺からの恵みだ。感謝しろよ」
「いらん」
エディからの恵みをクルベスは容赦なく切り捨てる。そのぞんざいな態度にエディはムッと顔をしかめた。
「せめて貰えよ。『わー、エディさんありがとー。一生恩に切るー』って」
「……それはいらない」
エディがシガレットチョコの箱をグイグイとクルベスの顔のすぐ近くまで持っていくが、クルベスはそれを手で押し返してそっぽを向く。するとエディの瞳がキラリと光った。
「おやおやぁ?もしかして苦手だったのかなぁ?甘い物はダメなんでちゅかー?『僕、これ苦手だから食べられないー』ってか?」
エディはクルベスに押しつけてたシガレットチョコの箱からチョコレートを一本引き出すとそれをくわえてニヤニヤと小馬鹿にしたような笑みを向ける。心配そうに見守るエスタの横でエディはシガレットチョコの箱をテーブルの上に置いた。
エスタが『エディさん、ここぞとばかりに浮かれてる……それにしてもここまで言われっぱなしになっているクルベスさんも珍しいな』と考えていると、クルベスは「ん」と手のひらを差し出した。
「その手は何かな?」
「菓子よこせ。さもなくばイタズラするぞ。調子に乗ったバカにはよく効くとっておきのイタズラを、な」
「バカはそっちだろ。これが見えな……あれ」
得意げに伸ばされたエディの手がピタリと止まった。テーブルの上からシガレットチョコの箱が無くなっている。つい先ほど置いたはずなのに。周囲に視線を走らせるとテーブルの下に落ちている事に気がつく。クルベスの思惑を察知したエディは慌てて取ろうとするも目の前でクルベスに拾われてしまった。
「こんなところに落とし物が。落とし物は詰所に届けないとな」
「お前、医者がそんなことやっていいのか!?」
てか絶対落としただろ!とエディが猛抗議するもクルベスは聞き入れない。
次の瞬間、エディの叫び声が響き渡った。
「テメェまじでふざけんなよ……俺じゃなかったら本気で死ぬところだったぞ……」
「凄いな……勉強になります」
「エスタ君も感心してないで助けよ?せめて止めてくれない?」
クルベスに見事な技を決められたエディは「勉強熱心なのはいいことだけどさぁ」と肩を回す。
「で、なんで無理なの?」
エディはクルベスから投げ返されたシガレットチョコの箱を片手で受け止めながら問う。その問いかけにクルベスは「別に無理ってわけではない」と返した。
「その見た目が……昔のことを思い出すんだよ」
「タバコは見るのもダメなのかなー?」
「歯ぁ食いしばれ」
「マジ殴りはさすがにやめて」
すぐ調子にのるエディにクルベスは深いため息を吐く。そして数度の瞬きを挟んだのち、シガレットチョコの箱を視線を落とした。
「昔、城の中でタバコの箱が落ちているのを見つけてな。……そんで、それを拾ったところで偶然あの人が通りがかった」
「えー……もしかしてその『あの人』って……あのお方?あのカタギじゃない空気をまとったあのお方かな?」
「あぁ」
クルベスとエディのやり取りにエスタは首を傾げる。どうやらクルベスが口にしている『あの人』はエディも見知った人物らしいが、エスタは皆目見当もつかない。そのため心中はひとり蚊帳の外だったがここで「誰のことを話してるんですかー」と割って入るほど肝は据わっていなかったので、ひとまずこちらも知った様子で頷いておいた。
「鬼の形相で詰め寄られて無言で腕を掴まれた。で、一言。『渡せ』って」
「うっわ……聞くだけで怖えわ……」
「あぁ、生きた心地がしなかった。俺がタバコを吸ってると早とちりしてそう言ったようだが……まぁ未成年が喫煙なんてもってのほかだからな。それでもあれは……。それ以来タバコを見るとその時の事を思い出すようになってな。だから、ソレは、いらない。遠慮しとく」
クルベスが三度つっぱねるとエディは「あぁ、すまん。悪い事した」と謝罪した。彼らの様子から察するに、話題に挙げられている『あの人』という者はよほど怖い人だったのだろう。しかもあのクルベスを震え上がらせるほどなのだ。エスタとしては大変興味はあるが縮み上がったクルベスたちの様子にこれ以上聞く事が怖くなり、『またいつか、どこかで聞けそうなタイミングがあったら聞くことにしよう』と心の中で誓うだけにとどめたのであった。
「……あ。そういえばコレ持ってたんだった。くっそぉ……!さっき思い出していれば……!」
どこぞの誰かも分からない『あの人』の話題によって場の空気が少々重くなっていたその時。
エディはふと何かを思い出した様子でポケットの中を探ると、そこからキャンディ状の包みを取り出した。クルベスは『エスタといいエディといい、何故そんなにも自然に菓子が出てくるんだ?もしかして俺が知らないだけで、ポケットに菓子を忍ばせることが流行ってんのか?』と己の常識と世間の常識の乖離を疑い始めていた。
クルベスがそんな事を考えているなどつゆ知らずのエディは己の失態に歯を食い縛って悔やんでみ、地団駄を踏む。やがて気を落ち着ける様に大きく息を吐くと気だるい足取りでクルベスの元へと向かった。
「まぁ過ぎちまったもんはしょうがない。これはお子ちゃまなクルベス君に与えよう。存分に感謝しながら味わえ」
「それは何です?」
クルベスに手渡されたモノはキャンディにしては少々大きい。その包みの中から取り出されたボール状の物体は一見したところチョコレートトリュフのように見える。エスタはお菓子について尋ねながら『チョコレート好きのティジ君が見たらすっごく興味持ちそうだな』と思案した。
「よくぞ聞いてくれたエスタ君。これはな、ラムボールっていう名前のお菓子なんだ」
「可愛い名前ですね」
「だろ?ケーキ生地にラム酒をたっぷり染み込ませて、チョコでコーティングした可愛いお菓子。しかもここの奴は特別でな。ほら、原材料の一番最初に『酒』って書いてある」
「めっちゃくちゃ大人のお菓子じゃないですか」
コロコロとした可愛らしい見た目に反して中身のギャップがありすぎる。そう震えるエスタにエディは「今度エスタ君にもあげるね」と耳打ちした。
クルベスが半分かじっているが、それだけでも芳醇な洋酒の香りがエスタの鼻腔を刺激する。エスタが食べた場合、下手すると一つ口にしただけで酔っ払ってしまうかもしれないほどの芳しい香りが辺りを漂っていた。