「でもエスタ君ってこういうイベントって好きそうだよね。それこそ高校の時とか全力で楽しんでたタイプでしょ」
シガレットチョコの箱が空になり、ひと心地ついたところでエディが話を振る。それに対してエスタは「えぇ、まぁ……」と相槌を打った。
「確かに好きではありますけど……高校の時はもう勉強ばっかでこういうイベント事はあんまりしてなかったですね。その頃にはもう『衛兵になるため頑張るぞー』って感じだったので。ぶっちゃけ成績のことで先生たちを困らせっぱなしでそっちのほうが大変でした」
たはは、とばつが悪そうに笑うエスタ。エディはそれに「ふむ」と一瞬沈黙を挟んだが、すぐに「よしっ」と手を叩いた。
「とりあえず、目下の問題はティジ君たちがどんな反応するか不安ってことだろ?そんなのやってみなけりゃ分からない!っつーわけで善は急げだ!あの子たちを呼んでくるから待っとけよー!」
「あっ、おい!」
何を思い立ったかエディは捲し立てるように喋り尽くすと、クルベスが止める間もなく颯爽と飛び出してしまった。
「あいつ……ティジたちがどこにいるとか何も知らないのに行きやがった」
昔からバカだと思っていたがまさかここまでとは……とぼやくクルベス。そこへエスタが「クルベスさん」とおずおずと遠慮がちに呼びかける。
「少しお話がありまして……お話というかただ聞いてほしいだけというか。さっきの話の続きにはなるんですけど……聞いてくれます?」
「あぁ。そういう事ならエディも呼び戻そうか?」
「いえ、大丈夫です。なんていうかこれは……エディさんには話しづらいっていうか……クルベスさんには話せそうって感じなので」
そう呟くエスタの表情は硬く、そんな彼の様子にクルベスは姿勢を正して向き直る。クルベスの真摯な視線を一身に受けたエスタは落ち着かない様子で深呼吸を繰り返すと「あのですね」と切り出した。
「さっきの話……俺がこういうイベントをしなくなったのは勉強で忙しかったからーって話したと思うんですけど……本当は違うんです。本当はそうじゃなくて……レイジがいなくなったから、なんです」
友の名を口にする。五年前、失踪した友の名を。今もなお、生死不明のまま姿を消しているかけがえのない友の名を。
「だって、あいつがいなくなったのに自分だけ普通に過ごすことなんて俺には出来ない……そんな事、俺には出来ないです」
それにね、と声を絞り出す。
「頑張って以前と同じように過ごしてみようとしても思い出すんです。隣にいるあいつのぶっきらぼうな声とか、すーぐ弟くんの話をし始めるところとか、その時にふと見せる笑顔とか……そういう何でもない日々を思い出す。……でももう戻ってこないって……それを思い知らされるから、いつの間にかそういう楽しかった事から遠ざかっちゃったんです」
自身の手を見つめていたエスタの目元に暗く影が落ちる。その瞳は五年前に失われたかつての日常を見つめているように映った。
「その時の名残かな……今回久しぶりにいざやってみようとしても、どういう感じでやったらいいのか分かんなくなって。色々考えてるうちに上手く出来る自信が無くなっちゃったというか」
お恥ずかしい話ですけど、とぎこちない笑顔を浮かべる。
「それに俺、まだレイジがいた時に何回かこういうイベント事ってやってるんですよ。もちろん小さい頃の弟くんも一緒に。だから今回もし俺が弟くんにこういうイベント事を振ったとして、それで弟くんに昔の事とか……レイジやお父さんお母さんがいた時の事を思い出させちゃうんじゃないかとかそんな事を考えちゃうんです。……つらい気持ちにしてしまうんじゃないかって」
エスタの声は段々と弱っていき、やがて静かに口を閉ざす。そして二度三度の呼吸を挟んだ彼はスッと顔を上げ、ばつが悪そうに笑った。
「ダメですね。俺、こういう事を考え出すと頭がこんがらがっちゃうみたいです。暗い話しちゃってすみません。あ、今の話は弟くんたちには絶対内緒でお願いします。さすがに恥ずかしいので」
何とぞ、とエスタは両手を合わせて懇願する。必死の頼み込みにクルベスが「分かった」と頷くとエスタはホッと息を吐いた。
「これについてはどう解決したら良いかまだ分からないですが、とりあえず自分なりに色々考えてみます。……考えるのは苦手ですけど、そこのところは何とか頑張ってみます」
エスタが決意を新たにしたタイミングで扉の向こうから考え無しに飛び出していったお調子者の声と聞き馴染みのある二人の子どもの声が聞こえてくる。その声を耳にし、慌てて気を引き締めるエスタにクルベスは「そうだな」と思案する素振りをした。
「まぁ自分で考えて結論を出すのもいいが……そこまで構えなくて良いと思うぞ。エディの言ってた通り、結果がどうなるかはやってみなけりゃ分からないわけだし。第一もう来ちまったわけだから腹括るしかないな。俺としてはおそらく杞憂になると思うけど」
「え、それってどういう……」
「いま帰ったぞー!」
またしても勢いよく開け放たれた扉。その向こうにはエディ、その影からティジとルイが顔を覗かせた。
「よく会えたな」
「あぁ。どうやらティジ君たちもクルベス――お前に用があったらしく、これまた偶然バッタリと」
こういう時に限って謎の運の良さを発揮するエディは「俺って日頃の行いが良いからな」と調子づく。その物言いだとやはり全くの無計画で飛び出していったらしい。
「俺に用事?何かあったのか」
「確かにそっちも気になるだろうけど、今はこっちが先。……で、良いかな?」
念のためエディがティジとルイに確認を取ると二人は「うん」と揃って頷いた。
「よし、それならば……はい、エスタ君どうぞ」
エディはそれだけ言うと「お膳立ては済ませたんで俺はお役御免だ」と言わんばかりに一歩退く。そしてティジたちの後ろで『さぁ、思いっきり!勇気を出して!エスタ君なら出来る!』と身振り手振りを駆使して激励を送った。
エスタとしてはこのような衆人環視の中で行なうのはいささか恥ずかしいのだが……ティジとルイもどうしたのかとこちらの様子を窺っているのでここは覚悟を決めてやるしかない。『あんまり待たせていたらエディさんが変に囃し立ててきそう』という理由がないわけでもないが。
「えー……あの、本日はお日柄も良く……じゃなくて。お二人にお願いがありまして。その、えっと……お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞー!……って俺に言ってくれない?」
「え、エスタさんに……?」
戸惑いを見せるティジとルイにエスタは「うん、お願い」と頼み込む。二人はまさかそんなお願いをされると思わなかったのか揃って目をぱちくりとさせている。また、ティジたちの後ろで激励を送っていたエディも『え、そっち?エスタ君がティジ君たちに言うんじゃなくて?ティジ君たちに振ってもらおうと?』と表情で語っていた。
当たり前じゃないか。こちらがティジ君たちに「お菓子をくれなきゃイタズラするぞー!」と振った場合、二人はお菓子を持っていない可能性が非常に高いので、必然的に俺が二人にイタズラをする流れとなる。俺は二人にイタズラをしたいわけでも、ましてや困らせたいわけでもない。お二人に楽しいイベント事を仕掛けたいだけであって……。
「とりあえずルイ君、言ってあげて。エスタ君も色々と考えて空回っ……考えすぎちゃっただけだから」
誰が聞いているわけでもないというのに頭の中で必死に弁明するエスタを横目に、エディはルイへお決まりの文句を言ってあげるよう促した。
「あ……はい。じゃあ……お菓子をくれないとイタズラします……よー?」
「よし来たっ!お菓子ならしっかり用意してるからね!どれでも好きな物を選んで!もしイタズラがしたかったらイタズラでも良いよ!イタズラが思いつかなかったら俺にしてほしい事でも何でも!なんだったらお菓子とイタズラの両方でも大歓迎だから!さぁ、どんとこい!」
「エスタ君エスタ君、一旦ストップ。張り切りすぎてティジ君たちが困ってる」
暴走しているエスタをエディが止めに入る。一方でクルベスはティジたちに「ごめんな。エスタの奴、ちょっと気合いが入りすぎただけなんだ」と言い聞かせていた。
それからクルベスとエディの助けを貰ってひとまず落ち着きを取り戻したエスタは先ほどよりは少々落ち着いたテンションで「お菓子とイタズラ、どちらでもお好きなほうをどうぞ」と仕切り直し、それにティジとルイはお菓子を一つずつ貰う。最後にエスタはダメ押しとばかりに「遠慮せず全部持っていっていいんだよ?」と持っているお菓子を全て差し出そうとしたがティジたちは丁重に断った。
「折角だからイタズラのほうもやったら?」
「いや、それはさすがに……」
エディの誘いにルイは「お菓子も貰ってるし」と手元のお菓子に視線を向ける。
「良いって良いって。エスタ君が両方していいって言ってるんだし。何より彼、イタズラしてほしそうだよ?」
エディの甘言にティジたちは「えぇ……」とエスタの顔を見遣る。確かにエディの言葉通り、エスタはまるで「待て」を言いつけられた犬のように期待の眼差しを向けている。ティジとルイは顔を見合わせて何かを話し合うと、やがて心が決まった様子で顔を上げた。
「それじゃあイタズラというかエスタさんにしてほしい事になりますけど……エスタさんから俺たちに言ってくれませんか。『お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ』って」
「え……いいの?」
聞き返すエスタにルイはティジと揃って「うん」と頷く。
「それなら僭越ながら……お菓子をくれなきゃイタズラしてしまうぞー!」
エスタは意を決して「ガオー!」と両手を上げる。『しまった、こんな事なら何か仮装でもすれば良かったか……!?』という後悔がよぎる彼にティジとルイは何やら得意げに微笑む。
「実は……二人でお菓子を作ったんだ。はい、これ。エスタさんの分」
ティジとルイは持っていた紙袋から小さな包みを一つずつ取り出すとそれをエスタに手渡す。ティジから渡された包みにはチョコレートやアラザンで飾りつけられたマフィン、ルイから手渡された包みにはクマの形に型抜きされたシンプルなバタークッキーが入っていた。
「え……え……?うわぁ、良いのぉ!?お菓子、しかも手作り!?めちゃくちゃ嬉しいぃ!」
「今年はエスタさんもいるから、折角だから俺たちからも何かやろうと思って。ね、ルイ」
ティジに呼びかけられたルイはコクリと頷く。
「それでさっきエディさんが言ってた『クルベスへの用事』もこれを渡そうと思ってたというわけで……えっと、事前に聞いてなくて申し訳ないんですけど、エスタさんってクッキーは食べられますかね……?」
「好き!クッキー大好き!もちろんマフィンも大好き!こんな嬉しいサプライズって他に無いよぉ……!実質お菓子とイタズラの両方じゃん!なんてお茶目なイタズラなの……!」
飛び上がって喜んだり、お菓子を手に悶えたりと大変忙しない様子のエスタにティジとルイは「大袈裟だなぁ」と照れ笑う。そんな微笑ましいやり取りを邪魔しないよう、エディはそろりそろりとクルベスの隣へとにじり寄った。
「何はともあれ、なんとかなったみたいで良かった。あれだな、やっぱし持つべき者は包容力のあるパパだな」
「誰がパパだ。てかお前だってティジたち引っ張ってきてんじゃねぇか。それにしても珍しいな。頼まれたわけでもないのに進んで手助けするなんて。なんか企んでるだろ」
「俺がそんな薄情者に見えるかー?俺はこの国とそこに暮らす人々の安全を守る国家警備隊のエディ・ジャベロンさんだぞ?身近な人々の平和を守るのも俺の役目ってわけ」
「それ、かえって胡散臭くなってんぞ」
クルベスのツッコミにエディは「うっせ」と返す。
「ともかく、これでエスタ君も心置きなくイベントを楽しめるようになったわけだ。いやー、来年からはもーっと面白いことになるぞぉー。俺ひとりだと出来ないようなイタズラもエスタ君がいればいっくらでも出来そうだからな」
「やっぱりろくでもねぇこと考えてんじゃねえか」
爽やかな笑顔で言ってのけるエディにクルベスは「全くこいつは……」とぼやく。ふざける時には本気でふざける大変困った友人に呆れていると、エディが不意に「あ」と声をあげた。
「そういえばお前にはまだ言ってなかったな。お菓子を寄越せ。そんでもってイタズラもする」
「菓子ならいくらでもあるぞ。あと一秒だって待てないっていうなら、きついお灸という名の菓子だったら今すぐ出せるが」
「あー……そういやジャルアもこういうイベント事って好きだったな。あいつだけ仲間はずれにするのも忍びねぇからちょっくら呼びに行ってくるわ」
「逃げんな。あとジャルアは公務中だ」
エディはそそくさとその場から退避しようとするが、クルベスはそれを上回る速度でエディの肩を掴んで止めた。
視界の端ではエスタがティジとルイと楽しげに談笑している。その表情には先ほどまで見られていた不安や懸念の影はすっかり消えていて。
和気あいあいとした子どもたちの姿にクルベスは『確かに。エディの言うとおり、これからはもっと賑やかにはなりそうだな』と目を細めながらエディを締め上げたのであった。
ティジやルイの頼れるお兄さん的な存在であるエスタさん。衛兵の同僚からも「明るい」「いつも元気」「人を疑う事とか知らなさそう」と評されている彼でも最初は色々と思い悩んだりしていました、というお話。今回の件を経た後のエスタさんのイベントへの姿勢や張り切り様は『聖夜にグラスを傾けて』や『親しき人への贈り物』などをご確認くださいませ。大変微笑ましいです。