ポインセチアとリンゴのチョコレート - 1/2

 十二月のとある日。年の暮れがすぐそこまで迫ったその季節、外は昨夜のうちに降った雪で一面銀世界となっていた。

 王宮のとある一室、先代国王サフィオの私室では齢五歳の孫ティルジア・ルエ・レリリアンが窓のそばで静かに座っていた。外に気になる物があるわけでもなく、まるで何かを待っている様子で窓の外を見つめていた。

 

「ティルジア、そこにいたら体が冷えちゃうよ。こっちのほうが暖かいからこっちに座らない?」
「ううん、ここにいる」
 ソファに座るサフィオが声をかけるがティルジアは首を振って断る。先刻、中庭での雪遊びを終えてこの部屋に戻ってきた時は暖炉の近くで体を温めていたのだが、少しするとすぐに窓の近くに椅子を陣取り、何かを待ち続けている。十二月に入ってからというもの、サフィオの私室で過ごす間はもっぱらこの調子であった。

 その時、窓の向こうから雪を踏みしめる音が鳴る。それに「あ!」と目を輝かせたティルジアの前で窓が小さく音を立てて開いた。

「妖精さん!」
「うわ……っ!びっ、くりした……」
 嬉しそうに駆け寄るティルジアに、窓枠を乗り越えて部屋に飛び込んできた青年は意表を突かれる。危うく転倒するところだったが、すんでのところで体勢を立て直すとホッと息を吐いた。

 

「いらっしゃい、リヴ。ごめんね、この子ったらきみが来るのを楽しみにしていたようで」
「いや、大丈夫。むしろこちらこそ楽しみにしてくれていたようなのに待たせてしまって申し訳ない」
 リヴと呼ばれた青年はサフィオと親しげに言葉を交わす。それを横で見ていたティルジアはリヴの手をぎゅっと握った。

「ん?ティルジア君、どうしたの?」
「見せたい物があるの!妖精さんに見せたいなーってずっと思ってて……こっち来て!」
 ティルジアは「見て見て!」とリヴを部屋の中へと引っ張っていく。引っ張られた先、テーブルの上には大判の書籍と同じくらいの大きさの木箱が。雪だるまや星などの可愛らしいイラストで装飾された木箱には1から24までの数字が書かれた小さな引き出しが収められていた。

「これね、サクラと一緒にいろんなお菓子を詰めたんだ!それで、えーっと……25日が特別な日で、その日まで毎日一個ずつ開けてくの!」
 実を言うとリヴはそれが12月25日の『聖なる日』までの日付を数えるアドベントカレンダーと呼ばれる物である事は知っていた。だがティルジアが意気揚々と説明してくれるので相槌を打ちながら聞いてあげていた。

 

「兄妹揃ってすごく夢中になっていてね。あれもこれもと色んなお菓子をたくさん詰めてたよ」
「……サフィオ君、そのワゴンは何かな?」
 リヴはガラガラとワゴンを押しながら会話に参加してきたサフィオに問いかける。そこには様々な種類の菓子が載せられており、色とりどりの個包装がワゴンの上を鮮やかに彩っていた。

「その時に用意したお菓子。そしてこれはきみの分のアドベントカレンダー。さて、まずは一日からだね。どのお菓子を入れる?」
 サフィオはワゴンの下段から新たなアドベントカレンダーを取り出してリヴに差し出す。テキパキとそつのない動きでアドベントカレンダーを作らせようとするサフィオにリヴは「えーっと……」と困ったように笑った。

「僕の分まで用意してくれてすごく嬉しいよ。でも今回は遠慮させてもらおうかな」
「遠慮なんてしなくても良いのに。きみと私の仲じゃないか。ほらほら、どれから入れる?」
 ジリジリと迫ってくるサフィオの熱意に流されそうになりながらもリヴは「いや、あの……」とカレンダーを手で押し返した。

「せっかくの好意を無下にするのは本当に申し訳ないと思ってるけど、ソレを持って帰るとなると流石に目立ってしまうから。今回は、本当に、その気持ちだけで十分だよ」
「そうか、それなら仕方ないね。私としたことがそこまで気が回っていなかった」
 サフィオは少し残念そうな顔で「それじゃあコレはまた来年だね」とアドベントカレンダーをワゴンの下段に戻した。

 素直に聞き入れてくれた事にリヴは安堵の息を洩らすが、それを傍目に今度は小さなプレゼント用の袋を取り出す。そして「私のおすすめはコレ」や「このお菓子は今の季節だけ取り扱っている物で」などと説明しながら数種類の菓子を詰めて渡してきた。何が何でも菓子をあげたいらしい。
 そんなサフィオにリヴは苦笑を浮かべつつ『まぁ……これぐらいの大きさなら持ち帰る事は出来るか』と観念して受け取った。

 

 それからというもの、ティルジアにせがまれたのでリヴは自分が過去に訪れた国やそこで見た物などの話を聞かせた。
 ティルジアはリヴと会うと毎回「お話して!」とせがんでくる。どうやら自分の知らない話や外の世界の話を聞くのがよほど好きらしい。目を爛々と輝かせて聞いている様子が大変微笑ましくて、それにつられるようにリヴも笑顔をこぼした。

 そんな中、サフィオが「折角だからどれか食べる?」とワゴンの上にある菓子を勧めてきたので、お言葉に甘えて一口サイズの小さな赤い包みを貰う。中身は糖蜜漬けしたリンゴをチョコレートで包んだ菓子だ。シャキッとした食感が残るリンゴの甘さとビターチョコレートが相性抜群の一品で、一つ食べればまた次もとついつい手が伸びてしまう。

「妖精さん。そのお菓子、好き?」
「うん、好きだよ。この辺りで取り扱っているお店は少ないから食べられる機会があまり無いけどね。久しぶりに食べたけどやっぱり美味しいなぁ」
「今ここに三袋ほどあるけど持ち帰るかい?」
「ううん。持って帰る途中で溶けちゃうかもしれないから大丈夫だよ、サフィオ君」
 またもやワゴンの下を漁り、リンゴのチョコレートが入った袋を引っ張り出してきたサフィオの申し出をやんわり断るリヴ。
 先ほどから思っていたがあのワゴンには目を見張るほどの収納性がある。いったいどれだけの物があの中に収納されているのだろう。

 改めてワゴンの上の菓子に目を向ける。アドベントカレンダーのためと言っていたが相当な種類と量を用意しているな。あれだけ用意されていたら1日から24日まで毎日違うお菓子を楽しめるだろう。

 それにしてもアドベントカレンダーか。いつの間にかこの国では12月25日が『聖なる日』と呼ばれてると知った時はすごく驚いたなぁ。それに何だか可笑しくて笑ってしまったっけ。

 

 リヴがそう懐かしんでいるとふと熱い視線を感じた。視線が送られている方向――隣に座るティルジアに目を向けると案の定その子はじっとこちらを見つめていた。穴が空きそうなほど熱心に見つめてくるティルジアにリヴは「どうしたの?」と呼びかける。

「妖精さんもこの25日は特別な日なの?」
「12月25日が、ってこと?うん、特別な日。大切な思い出がある、とっても特別な日なんだ。でもよく気が付いたね」
「だってカレンダーを見てる時の妖精さん、ニコニコしてるもん」
 当時の事を思い出していたのだが表情に出ていたらしい。この子に見抜かれるほどなのだからよほど分かりやすかったのだろう。