「まさかクルベスの説得するのにここまで手こずるとは思わなかった。とんでもない大誤算だったわ」
ジャルアは「昼前には終わると思ってたんだけどなー」とぼやく。そんな彼と並び歩く友人――エディは「いやいや」と苦笑を浮かべる。
「むしろクルベス相手に『俺はこれから野暮用で街に出るけどお前はお留守番。これ国王命令な』で通せると思ってたの?だとしたら俺そっちのほうが驚くんだけど」
「ガッと勢いで押せばいけるかなって」
「勢いしかなくない?むしろ勢い余って顔面からずっこけてるよね」
エディの指摘にジャルアは「そうだなー」と生返事をしながら周囲に目を向ける。
休日の昼下がり。街中を行き交う人々の表情は晴れやかで明るい者が多い。きっと彼らの目的もジャルアと同じなのだろう。
では現国王ジャルア・リズ・レリリアンがこうして街に出てきた理由とは何か。しかもあの超が付くほど過保護なクルベスをどうにかこうにか説得して彼を城に留守番させる、という大変な労力を割いてまで外出した理由とは。
それは来たる2月14日の一大イベント――『感謝の日』が大きく関係しているのである。昨年の夏にクルベスの甥っ子――ルイが王宮に移り住んできたのだが、ジャルアはルイとあまり関われていないのである。
日頃こちらが公務で多忙を極めていることもあって日常生活の中ではなかなか会えるタイミングもなく。かといって急に会いに行ったら怯えさせてしまうのではないか。確か彼のご両親が殺められた事件から大人には怯えるようになったと聞いているし。
そんなことをウダウダと考えて結局のところルイとはほとんど交流できていないのが現在の状況。そんな折に『そういえばもうすぐ感謝の日だな……』と気がつき、これを逃す手はないと思い立った次第だ。
とどのつまり『プレゼントをきっかけにルイ君ともう少しフレンドリーに関わってみよう!』というわけである。いっちょ盛大にやってやろうではないか。
「ルイ君には内緒にしておくよう言ったけど……あー、でもクルベスにもサプライズを仕掛けたかったんだけどなー」
「って言うけど、最終的に計画について全部話そうって決めたのはお前だからな」
そう、エディの言う通り。クルベスには「俺はこれから野暮用で街に出るけどお前はお留守番。これ国王命令な」と言って外に出かけようとしたが当然のように阻止され、結局クルベスには今回の計画について話すことにしたのだ。
「まぁ……あのまま黙ってたらやり過ごせそうだったけど。でもそしたらあのクルベスのことだ。『俺に言えないほどの問題でも抱えてんのか』『もしかして俺のせいで何か悩んでるのか』とか変な方向に考えて、たぶん数日中に心労でぶっ倒れる」
「大変だなぁ、過保護な幼馴染を持ってるのって」
ちっとも大変そうに思っていない、むしろ楽しんでいるエディにジャルアは「ほんと大変だよ」と気のない返事をする。そんな彼にエディは「それにしても」と口を開く。
「クルベスにしてはかなり譲歩してくれたほうなんじゃない?『お出かけはエディ君と一緒。クルベス君はお留守ね』が通るとは思わなかった」
「『ルイ君にはお前がそばにいてあげたほうが良いだろ』でなんとか聞き入れてもらえた」
「それ言われたら頷くしかねぇな」
クルベスの事を一番に分かっているジャルアは「そうだろ」と自慢げに笑う。
「それじゃあいざ。『これで気になるあの子とお近づきに!?ドキドキ☆なかよし大作戦!』と行くか」
「どんなテンションで言ってんの、それ」
エディのツッコミは華麗に無視してジャルアは意気揚々と街の中を歩き出すのだった。
◆ ◆ ◆
「……はぁ」
医務室の中。ティジが言いつけを破ってこっそり魔術の練習をしているところを見つけた時も、ジャルアがわけの分からない妙なパーティグッズを付けて夜中に訪ねてきた時も、いついかなる時も冷静沈着なクルベスは悩ましげにため息を吐いた。
ジャルアたちが「そんじゃあ行ってくる」と近所に買い物にでも行くかのような調子で出かけていったのが約一時間前。いや、実際のところ近場ではあるから『近所に買い物』は間違っていないか。問題はそこではない。近いのだがそうではない。ジャルアが外出した事が気掛かりなのだ。
しかも同行させるのは自分ではなくエディときた。非常に不安でしかない。エディだからまだ他の人間よりは信用できるが……だがやはり自分が同行したかったのが本音だ。
ジャルアとエディには「心配しすぎだ」と言われたが平常心でいられるわけがない。
――ジャルアがあんな姿になってしまった原因は俺と二人で出かけた時に起きたのだから。
あれからもう二十年も経っているがやはりあいつが街に出かけると聞くと嫌でも思い出してしまう。
それなのにあいつは全くもってこちらの意見を聞き入れず、しまいには「ルイ君にはお前がそばにいてあげたほうが良いだろ」と言われてしまったので留守を任されるほかなかった。
そりゃあルイの事は心配だがジャルアの事だって同じくらい心配してるっていうのに……あいつときたら。親の心子知らずではないが、少しはこっちの気持ちを考えてくれてもいいだろうが。
「クーさん、ルイが目ぇ回しちゃってるよ」
「え?あ……ごめん」
ティジの声にハッと我に返る。無意識のうちにルイの頭を撫でていたようで、ルイの髪はクシャクシャになっていた。こちらが謝るとルイは頭をふらふらさせながら「ううん、大丈夫」と返事をしていた。
その時、クルベスの携帯電話が鳴る。一回目のコールが鳴り終わる前にクルベスは電話を取った。
「無事か?」
『第一声がそれかよ。めちゃくちゃ元気だわ』
ジャルアの呆れた声にクルベスは今一度深く息を吐いた。
エディのそばから絶対に離れないこと。30分に一回の頻度で連絡を入れること。この二つを条件に外出を了承したのだが、それでも不安は尽きない。それなのにこいつときたら呑気に返しやがって。
『なぁ、やっぱり電話はやめにしないか?お前、電話の音キツいだろ』
「じゃあ何だ。伝書鳩でも飛ばすか?」
『なんで原始的な方法に回帰するんだよ。メールでも良いだろって言ってんの』
ジャルアの言う通りルイたち家族が襲われた事件以降、携帯電話の着信音が大層苦手になっている。あの音を耳にすると、セヴァから電話が掛かってきた時のことや電話越しに聞いたセヴァの最期を思い出してしまうのだ。
だが第三者が送信可能なメールより声を聞いて安否を知ることができる電話のほうがまだ幾分かマシだ。
『……分かった。電話な。とりあえず俺のほうは街に出て、これから本格的に見ていくぞーってところ。エディももちろん一緒。エディには何か言っておきたい事あるか?』
「無い」
『ちょい待ち。少しは何か言ってくれても良くない?』
「何かあったらタダじゃおかないからな」
『うわっ、辛辣』
出掛けにも釘を刺しておいたが念のため重ねて言っておく。エディのことだからこんな軽い返事をしつつもジャルアの警護はきちんとやり遂げてくれるだろう。
『それじゃあまた30分後な』
「あぁ。……本当に気をつけろよ?エディがいるからって油断せずになるべく周囲への警戒は怠らないようにするんだぞ?」
『分かった分かった。気をつける』
ジャルアは適当な返事をして通話が切った。携帯電話を仕舞いながら「ほんっとにアイツは……」と何度目かのため息をこぼす。
そこでようやく気が付いたが、俺はまた無意識のうちにルイの頭を撫でていたようだ。ワシャワシャと撫で回していた手を下ろしながら「すまん。またやってしまった」とルイに謝る。そのことにルイは「だいじょぶ」と首を振り、そのままじっとこちらの顔を見つめる。
『さすがに嫌になったかな……そりゃそうか。何の断りもなくいきなり頭を撫でるのなんて不快に思ってもおかしくないか』と思っているとルイはクルベスの隣に座り直し、遠慮がちに抱きついてきた。
突然の行動にクルベスは「どうした?」と首を傾げながらとりあえず背中を撫でるとルイがぽそり小さく呟く。
「伯父さん、何か不安そうだから……こうしたら落ち着くかなって」
ぼくだったらこれで落ち着くから、と言って体を寄せる。ルイなりにクルベスのことを心配して動いてくれたのだ。ルイの行動に胸を打たれたクルベスは感極まって涙が出そうになるが、そんな姿は見せられないのでグッと堪える。
「ありがとう、ルイは優しいな。ルイのおかげで元気が出てきたよ」
そう告げて頭を優しく撫でつけるとルイは「よかった」と顔を綻ばせる。その純粋な笑顔はクルベスのすり減った精神をあたたかく癒してくれた。
普段ならばそのままある程度撫でるだけでとどめるのだが、いかんせん今は奇想天外な行動力を持つどこぞの国王もとい幼馴染のせいで非常に消耗している。今回ばかりはルイに甘えてしまっても良いだろうか。よし、良いか。良いと俺が決めた。
自問自答で結論付けてそのままギューっと抱きしめ返す。クルベスの珍しい行動にルイは「わぁ」と驚いた声をあげつつも同じように腕を回して無邪気に笑った。