菓子と悪戯 - 2/2

「さっきの何だろう」
 水滴をタオルで拭っていたルイはティジの呟きに「さっきのって?」と聞き返した。
「エディさんが言ってた『お菓子くれないとイタズラするよ』ってやつ」
 その発言にルイは目をぱちくりさせる。まさか知らないとは思わなかった。ティジに何かを教える機会など一度も無かったため、内心嬉しく思いながらこの時期――10月末におこなわれるイベントのことを簡単に説明した。

 

「そうだ!前にじぃじが言ってた。お菓子をいっぱいあげられる日って」
 ティジはルイの説明に得心した様子で声をあげる。
 ティジの祖父は日頃から菓子類をよく与える人で、そのことでクルベスからは『与えすぎは良くないから』と出来るだけ控えるよう苦言を呈されていたらしい。普段抑えられている反動から、この時期になるとイベントに便乗するかたちで子どもたちに菓子を与えていたのだ。
 もちろんティジの祖父は子ども相手にイタズラを仕掛ける人ではないため、ティジの中では『何でか分からないけど普段よりお菓子を貰える日』という認識であった。

「イタズラかぁ。ルイだったら何する?」
「うーん。くすぐったり……思いっきりギューってしたり、いいよって言うまで一緒に遊んでもらう……とか?」
 後半はイタズラというより自分がしてほしいことだ。でもそれを伯父――クルベスに言えば困らせてしまう。普段からとても忙しそうなのに、こんなイベント事で負担を掛けてしまうのは嫌だ。
 昨夜も家族を亡くした事件のことを思い出して心がザワザワしてしまい『一緒に寝たい』と泣きついたというのに。一晩中付き添ってくれたから、疲れてこんな時間まで眠ってしまう事態になったのだろう。

 ツキリ、と胸が痛む。良くない。ティジはただ純粋に聞いただけなのに、いちいち考え込んでいたらティジにまで気を遣わせてしまう。

 

「ルイ、お菓子持ってる?お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ」
 突然のティジの問いかけに「え?」と間の抜けた声が出る。先ほどまで顔を洗っていたのだ。当然ながらお菓子など持っていない。

「じゃあイタズラしちゃうね!ほーら、こちょこちょこちょー!」
「わ、あははっ!ちょっとティジやめて、くすぐったい……!」
 ティジにくすぐられ、カラカラと笑い転げる。ひとしきり笑った後、ようやく手が離れた。
「もう、いきなりくすぐるからビックリしたよ」
 息を切らしながら笑うとティジは「ごめんね」と何故か嬉しそうに謝る。

「もしもクーさんがお菓子持ってなかったら今みたいな、色々なことできるんじゃないかな。だって今日はそういうことしていい日なんでしょ?」
 ルイが考え込む前に「そろそろクーさんのところに戻ろっか」と手を取った。

 ◆ ◆ ◆

「仮装とかさせないの?」
「させない。仮装させたとしてもお前には見せない」
 エディの質問にクルベスも半分冗談で返しているのは重々承知だが『それ、国家警備隊の人間に言う台詞か?』と心の中でツッコミを入れた。

「似合うと思うんだけどなぁ。あの子たち……特にルイ君は何着ても様になるだろ」
「だからだよ。変な輩に目を付けられたらどうする」
 真剣な表情のクルベスにエディは思わず「うわぁ……」と引いた声を出す。
 クルベスは身内に対して過保護だ。先ほども寝起きのルイをこれ以上になく優しく甘い声で接していたのだ。ルイに危害を加えようものならば、冗談抜きで殺しかねない。だがおそらく、外部の目など気にしなくても良い状況であれば意気揚々と仮装用の衣装を選ぶだろう。

「そういや、他にはどんな菓子持ってんだ」
 エディに投げ渡したのはハッカ味のキャンディ。甘い物を選ばないあたり、妙なところで気配りが出来ている。

「無難にキャンディとかクッキー、チョコレート……あとマドレーヌとかリーフパイもあるぞ」
「さてはお前、昨日のうちに準備してただろ」
 甘い物をそんなに食べないはずのクルベスは、長期保存には向いていない菓子で埋め尽くされた引き出しを開ける。もしやこの準備で夜更かししてしまったのか。
 子どもが喜びそうな物ばかりの引き出しを閉めたタイミングで顔を洗いに行っていたルイとティジが戻ってくる。

 

「お、お菓子くれなきゃ……イタズラする、ぞ……!」
 これ以上になく緊張した様子のルイはクルベスを見上げる。
 その要求にクルベスは『待ってました』と言わんばかりに引き出しへ手を伸ばし……開けることなく手を下ろした。

「あー……ごめん、ルイ。いまお菓子持ってなかったわ」
 堂々と嘘をつくクルベスにエディは『こいつは何を言ってんだ』と視線を向けるも、訂正する様子はない。その言葉に落胆するかと思っていたがルイの顔は何故か華やぐ。

「イタズラ、何されちゃうのかな」
 クルベスは続きを促す。その言葉にルイの表情はますます明るくなった。
「えっと、いっぱいギューってしちゃう!」
「わぁ、こりゃ大変だ。でもなぁ、それだけじゃすぐ終わっちゃうからイタズラにはちょっともの足りないかもしれないな」
 クルベスの言葉にルイは「それじゃあ……」と逡巡し、おずおずと服の裾を握る。

「今日いちにち……ずっと一緒にいてほしい……な」
 まるでお願いをするように呟くルイの頭にそっと手を乗せる。

「イタズラなんだからそんな言い方しなくても。もちろんいいよ。今日はずーっとそばにいる。一緒にごはん食べて、いろんなお話して、夜も一緒に寝ようか」
「……いいの?」
 柔らかな笑みを浮かべ「あぁ」と頷く。

 

「そうだ。ルイが好きそうなお菓子もあるんだ。たくさんあるから好きなの食べて……あ」
 引き出しを開けたところでクルベスは自身の失敗に気付く。

「伯父さん、お菓子持ってる……?」
「え、えーっと……すっかり忘れてた」
 表面上は軽く言っているように見えるが、クルベスはいま必死に打開策を探していることだろう。

「それならぼく、イタズラしな――」
「いや、大丈夫。一度『持ってない』って言ったからイタズラされる。大丈夫」
 申し訳なさそうに「でも……」と言うルイにクルベスは「いいから」と手で制する。
「俺は大人だから。一度言ったことはひっくり返さない」
 子ども相手に強引に意見を押し通す王室専属医師(36歳)の姿に堪えきれず吹き出してしまうエディ。あとで報復されるだろうが、クルベスのことを昔から知っていれば笑わずにはいられない。きっと彼の善き友人である現国王――ジャルアもこの場に居れば爆笑するに違いない。

「ティジはどうする。お菓子とイタズラどっちがいい」
 クルベスの発言はイベントの趣旨から完全にずれてしまっている。それほどまでに動揺しているのだろう。そんなクルベスを気遣うかの如く、ティジは「お菓子にするね」とチョコレートを貰った。

 ◆ ◆ ◆

「――ていうことがあったな。いやー、あの時はすっげぇ笑わせてもらったわ」
「あんまり調子乗ってると、二度と口きけないようにするからな」
 衛兵のエスタに思い出話を聞かせていると背後から殺気が飛んでくる。エディはそれに畏縮することなく、ソファに体を預けながら「それ脅迫だぞ」といなした。エディの背後に立つ人物――クルベスにエスタは「お疲れ様でーす」と会釈する。

「結局、エディさんは何しに来てたんですか」
 ここまで聞いているとイベント事に便乗して友人をからかいにいったようにしか思えない。そこまで暇な人ではないはずだが。

「今日と同じ。ティジ君の経過を聞きに。あとそれ関連のこっちの動向の共有。まぁあの日は『もう帰れ』って追い出されたけど」
「それって良くないのでは……?」
 そんな粗雑に扱っていい話題ではない。むしろその真逆、繊細なガラス細工を扱うかのように丁重に触れなければいけない物のはずだ。エスタの懸念に「うーん」と腕組みをして宙を仰ぐ。

「あの時、ルイ君に『今日はそばにいる』って約束しちゃってたからしょうがないよ。それに見たところ大丈夫そうだったし――」
「おい。気を付けろ」
「あっ……と、すまん」
 もし聞かれてたらどうするんだ、とクルベスに睨まれ、エディは素直に謝った。

 

「で、きみは?ルイ君のお兄さんとそういうバカ騒ぎしてないの?こっちが身悶えするような甘酸っぱい青春とか」
 エディは『こっちが話したのだからお前も話せ』とニヤニヤとエスタを見据える。ちなみにこの話題を始めたのはエディのほうである。

「レイジにいくつかそれっぽい衣装見せて『仮装しよー』って言ったら通報されかけましたけど……ていうか何ですか。甘酸っぱい青春って。そういうのは女の子とするものでしょ」
「あっ……そう」
「レイジ、言いつけ守ってたんだな」
 あの時レイジは『変な格好をさせられそうになったら問答無用で通報しろ、と教えられている』と言っていたが、あれはクルベスによる教えだったようだ。レイジ本人はクルベスに冷たい態度をとっているが教えはちゃんと守るらしい。
 一方、エディは何か悟ったような目をエスタに向けて『これ以上追及はしないぞ』という姿勢を示した。
 自身に向けられる視線が変わったことに気が付いていないエスタは「でもなぁ」と文句を垂れる。

「それじゃあ弟くんたちにあんな姿やこんな姿させられないってことですかー?いろんな格好させてみたかったのにー」
「エディ。仕事だぞ」
「よし、任せろ」
「冗談ですって」
 こういう時に限って何故か息の合った連携を見せるクルベスたちを即座に止める。
 エディは本職だからか無駄のない動きで取り出していた身分証を「ビビったろ」と笑いながら、胸ポケットに仕舞った。

 


 一足遅れどころじゃない大遅刻のハロウィン。国家警備隊のまぁまぁな立場にいるエディさんを交えたお話。

 冒頭のティジの発言「この間クーさんにすっごい怒られてた」は『第二章(17)陽だまりと雨-1』のラスト「エディはあとでシメておくか」を実行した結果です。
 何やら「いくら何でもやりすぎだって!」「ギブ!本当に死ぬから!まじでお前、いだだだ!!」などの声が聞こえて覗いたところ、綺麗に技を決められているエディさんがいたとか。それを知ったティジの父親もといジャルアさんは「昔はよくあったな」と懐かしそうに笑ったそうな。