01.青空の下で

 なだらかな丘に心地よい風が吹き抜け、自身の白く透き通った髪がなびく。空を照らす暖かな陽光にその紅い瞳を閉じた。

 鼻をくすぐる青草の香り。ほのかに土の香りも混ざる。
 自分が生まれる前からここは何一つ変わってないように思える。この空間だけ時の流れに置いていかれてしまったみたいだ。
 きっとこれから先、何十年経ってもここは変わらないままだろう。何故かそんな気がした。

「着いたぞ、ティジ」
 先を歩く父に呼ばれ、ティルジア・ルエ・レリリアンもといティジはまぶたを上げる。目の前には白い墓石。

 ――4年前にこの世を去った母さんの墓だ。

「悪いな。一緒に墓参りに来てほしいなんてワガママ言って」
 持ってきた花束を墓に供えて言う。
「全然大丈夫。それより父さんは大丈夫?仕事」
「片付いているからこうして墓参りに行けてるんだろ」
「それもそっか」
 父さんのぶっきらぼうな言い方に笑みがこぼれる。
 父さんは王制国家『レリアン』の現国王だ。日々公務に追われ、滅多に会うこともない。こうして一緒に出掛けることも何年かぶりのことだった。

 墓前にしゃがみ、二人揃って手を合わせる。
 母さんはとても優しい人だった。母さんが亡くなった時、俺も双子の妹のサクラもとても悲しんだけれど、父さんなんかは目もあてられない様子だった。
「あれからもう4年も経つんだね。いや、まだ4年なのかな」
 母さんとの思い出に浸っていると不意に父さんが立ち上がった。
「ティジ、少し聞いてくれ」
「ん、どうしたの?」
 父さんの行動はいつだって急だ。何の前触れもなく動いて周囲を驚かせることが多々ある。この墓参りだってそうだ。

「お前はユリア――母さんが何で亡くなったか覚えているか」
「え、何でそんなこと聞くの……?」
 立ち上がり父さんの顔を見る。唐突な質問を怪訝に思うも真剣な面持ちで見つめられ、何も言えなくなる。
「ティルジア」
「……っ」
 名前を呼ばれ萎縮してしまう。
 それでもなお、見つめる父の視線に居たたまれなくなり、言葉をつむいだ。
「……母さんは体が丈夫じゃなくて、4年前に病で倒れてそのまま……」
 俺は母さんの死に目には会えず、朝起きたら突然母さんの訃報を聞かされて……あの時は何が何だか、わけが分からなかった。
「母さんが亡くなったことを教えてくれたのは父さんだったよね?なのに何で……」
 父さんがそんなことを聞くの、という言葉は飲み込んだ。
「ねぇ父さ――」

「こんにちは」

 割って入った第三者の声に背後を振り返る。
 そこには見知らぬ青年がたたずんでいた。

「あ、ごめんね。お取り込み中だったかな?」
 青年はまるで旧友に会ったかのように親しげに手を振る。
「……誰、ですか?」
「あれ、俺のこと覚えてない?」
 青年は自身の顔を指し、首を傾げるも見覚えがない。
「……人違いじゃないですか」
 父さんはどうか知らないが少なくとも俺とは全くの初対面だ。その返答に青年は納得がいかない様子で頭をかく。
「おっかしいなー?きみ、ティルジア・ルエ・レリリアン君だよねぇ?」
「そう、ですけど。何で名前……」
 名前、しかもフルネームで呼ばれ一瞬言葉を詰まらせた。

 ティルジア・ルエ・レリリアンは王制国家レリアンの王子である。
 この国では王族の公式行事への参加は18歳からだ。それまでは未成年であることも考慮して世間への顔と名前の公表はされていない。なので気軽に町へ出掛けることもできる。
 俺はつい先日16になったばかりだった。だからこの青年が俺の名前を知っているはずがない。父さんの知り合いならばその限りではないが……。

「ティジ、お前は先に戻れ」
「え、急にどうしたの父さん。それにまだ話の途中――」
 突然の帰宅命令に戸惑いを隠せず、何を思ってそんなことを言うのかと父の顔を見やる。その表情からは真意を読み取れないが心なしか焦っているように見えた。
 それに一瞬ちらと見えたのは緊急時用の携帯電話――どう考えても知り合いに会った時の態度とは思えない。
 それに構うことなく青年は「何でだろ」と呟きながら俺に語りかけた。
「俺レイジっていうんだけど本当に覚えてないの?やっぱり4年も経つと忘れちゃうのかなぁ」
「……4年前?」
 つい先ほどまで話題にしていた『4年前』という言葉に食い付く。途端にレイジと名乗る青年はにんまりと口角を上げた。

「そ、4年前の――」
「やめろ!!」
 父さんが一歩踏み出し、レイジの顔を見上げる。
「今ならまだ見逃してやる。黙ってこの場から立ち去れ」
「そんな都合のいい話あるかなぁ。どーせ出ていった後で衛兵が待ち構えてるんじゃないの?」
 一歩も引かずに話し続ける父さんとそんな父さんの様子を楽しそうに見つめるレイジ。俺は二人の間に立ち込める異様な緊張感にあてられて、その場から動くことができずにいた。すると――

「はぁぁ、もう本っ当にうっざいなぁ……!」
 父さんの一向に譲らない様子にしびれを切らしたのかどこからともなくソレを取り出し――
「ティジっ!」
「えっ……」
 体を押され、視界が傾く。直後、その場に乾いた音が鳴り響いた。

 レイジの手には墓地という場所において、とても似つかわしくない――拳銃。

 頬が熱い。どうやら弾がかすったようで手の甲で拭うと真っ赤な血が付着していた。
 父さんに押されてなければ頭を撃ち抜かれていたかもしれない。数拍遅れてそのことを実感し背筋が凍りつく。
「あらら、避けられちゃったな残念」
 邪魔しないでよ、と父さんを責める。
「お前、自分が何してるか分かってんのか!?今の当たっていたら……っ!」
「もちろん分かってるけど。殺すつもりで撃ったんだから当たったら死ぬのは当然でしょ?」
 激昂する父さんにレイジはあっけらかんと言う。とても正気の沙汰とは思えない。
「殺すつもりって、何で……」
 声が震える。わけが分からない。
「『何で』?そんなの決まってんじゃん。何となく、だよ。そう思ったからそうするだけ」
 何かおかしいことある?と指先で拳銃をもてあそびながら問いかける。
「つーか、あの時やれなかったからこうして4年の歳月かけてチャンス探して、ようやく絶好の機会が来たと思ったのにさぁ。いざ会ってみたら覚えてないってホンット期待外れなんだけど」
 捲し立てるようにしゃべり続けた後、一呼吸おいてから「あ、もしかして」と父さんに銃口を向ける。

「あんたが消しちゃったのかな、あの時の記憶」

「……消し、た?」
「ティジ、それ以上聞くな!」
「動くなよ」
 駆け寄ろうとする父さんを銃でいさめる。

「そう、消しちゃったんだよ。だってきみのお父さんはこの国一番の忘却魔法の使い手だもんね」
 それは知っている。父さんがその力を好んでいないことも。
「でもさ、忘却魔法って限度があるらしいんだ。特に家族の記憶ってなかなか忘れられないんだって」
 厄介だよねぇ、と笑う。その間も照準は父さんに向けられたままだった。
「そういう時ってさ、いっそのこと記憶は残したままにしておいて別の記憶を上乗せしたほうが楽なんだって。実際それぐらいだったらある程度実力のある奴でもできるらしいしね」
 それも知ってる。以前、本で読んだから。でも、今はそんなこと聞きたいんじゃない。

「あなたは母さんのことを知っているの……?」
「どうしてそう思うのかな?」
 銃口をこちらに向けながら歩み寄り、地面に座り込んだままの俺の顔をのぞきこむ。
「4年前、家族の記憶……」
「きみのお母さんが死んだのも4年前だよね。わぁ、凄い偶然!」
 わざとらしく手を口にあてる。

「違う!こんなの偶然なんかじゃないっ!!」
 声の限り叫ぶ。こんなの偶然にしてはできすぎてる。ということは、まさか。
「お前が母さんを――」
 頭上から降り下ろされる拳銃。突然のことで呆気にとられる。

「ティジ!!」
「――っ、う゛ぁっ!」
 父さんの声で我に返るも時すでに遅し。銃身で頭を殴られ、そのまま地面に押さえつけられる。
「いっ……づ」
「反応が遅ーい。こんなんじゃすぐ死んじゃうじゃんか。もっと俺を楽しませてよー」
 頭を切ったのか生温かい物が流れ落ちる。すると頭に銃口を押し付けられた。

「抵抗しないならこのまま殺しちゃうよ?」
「――っ」
 地中からツタが出現しレイジの腕に絡みつく。
「へぇ……」
 冷静に絡みつくツタから腕を引き抜き、距離をとる。
「きみ、魔法使えるんだ。やっぱり4年も経つと成長してるものなんだねぇ」
「お前は、4年前に何をした……っ」
 ふらつく頭を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
 血が止まらない。それに頭痛もする。この痛みは怪我によるものだけなのだろうか。それとも……。

「ほんとは分かってるくせに。でもまぁ、そんなに聞きたいなら俺をふん縛りでもしたら?そしたら話すかもしれないね」
 今のきみにはそうすることが出来る力があるもんね、とまるで他人事のようにしゃべる。
「――っ、上等だ」
「そうこなくっちゃ」
 何が何でも聞き出してやる。
 張りつめた空気の中、互いを見つめ合う。一歩踏み出そうと足に力を加えたその瞬間。

「動くな!!」
「え――っ」
「うっわ」
 なだれ込む衛兵の群れに包囲される。その中から一人、白衣をまとう長身の男が歩み出る。
 王室就きの医師兼父さんの仕事の補佐をしているクルベス・ミリエ・ライアだ。

「タイミング悪すぎ。あーあ、水差されちゃった」
 空を仰ぎ、呟くレイジ。そんな彼をクルベスは苦々しい表情で睨んだ。
「レイジ・ステイ・カリア。よくのこのこと戻ってこられたな」
「どうしようが俺の勝手でしょ?あんたに俺の行動を決める権利なんてないと思うけど」
 クルベスの発言を茶化すように笑う。
「大人しく、ついてきてもらうぞ」
「だーかーらー、俺にはあんたの言うこと聞く義理はないんだけどぉ?と言っても、これは流石に逃げられないから今回は大人しく捕まってあげるよ」
 やれやれ、といった様子で肩をすくめた。
「……捕らえろ」
 指示を聞き、衛兵たちが一斉に動きだしレイジを取り囲んだ。

「ティジ、歩けるか」
 クルベスはこちらに駆け寄り、血が止まりつつある頭部に布をあてがった。
「だい、じょうぶ。クーさん、これはいったいどういう事?」
「話は後だ。城に戻るぞ」
 でも、と食い下がるも相手にしてくれない。
「父さんにも話を聞かないと……父さんっ!」
 クルベスの体越しに、こちらに背を向け先に歩きだしている父の姿が見えた。
「聞いてよ!父さんは何を知っているの!?あの人の言うとおり本当に俺の記憶を――」
「ティジっ!!」
 クルベスに肩を強く掴まれる。
「今は城に戻ってこの傷を治すことだけ考えろ」
「でも、父さんに……っ」
「いいから」
 力強い腕に阻まれてしまい、悔しさからグッと歯を食い縛った。そこへ一人の衛兵が駆けてくる。
「確保しました!」
「ご苦労。下に護送車呼んであるからそれ使ってくれ。俺はジャル、あー……国王陛下とこのワガママ小僧連れて帰るから」
 衛兵の手前、さすがに国王を呼び捨てすることをためらったクルベスは『ワガママ小僧』と呼んだティジを指す。
「了解しました。道中お気をつけて下さい!」
「そっちもな。捕まえたからって警戒は怠るなよ。さて、行くぞティジ」
「う、わぁ!?」

 人形を持つかのように軽々と横抱きで持ち上げられる。そしてそのまま踵を返し、先を行く父さんの後を追い始めた。先ほどの『歩けるか』という確認は何だったのか。
「悪いな。ごねられると面倒だし、肩に担ごうかと思ったけどアレ頭に血ィのぼるから」
 だからこの持ちかたにしたと言うのか。いや、俺の体を気遣ってくれたなら良いのだけれど、この格好は若干恥ずかしい。……まるで自分が子ども扱いされているみたいで、違う意味で頭に血がのぼる。心なしか、こちらを見る衛兵の目が温かい気もするし。

 恥ずかしさで居たたまれなくなり視線をあちらこちらにさ迷わせる。するとクルベスの肩越しに、律儀に敬礼をする衛兵と虚ろな目で宙を見据えるレイジの姿が見えた。

 


過去ありの白髪・紅い瞳を持つ主人公と彼を取り巻く人々の物語です。
ちょっとシリアスだったり日常だったり。
よろしくお願いします!