05.束の間の休息-5

「おっはよう!朝ですよー!」
 明るい声と共に布団を引き剥がされたルイは微睡んでいた意識を強制的に覚醒させられる。
 先ほどまであった温かさがなくなり少し肌寒い。腕の中に別の温かみを感じてそれに縋るように抱き寄せると肩を叩かれた。

「弟くん。ティジ君はお布団じゃないぞー」
「うぇ……?え、あ!?」
 腕の中にあった温かさの正体はすやすやと眠る愛しの人。『寝顔も可愛らしい』とかそんなこと考えてる場合じゃない。
 ほぼ抱き締める体勢じゃないか!?いつの間にこんな状態に……!うわ、すごいあったかい……ずっとこうしていたい……。
「弟くーん、戻ってこーい。クルベスさんに撮られちゃうぞー」
 囁かれた文言を無視できず慌てて体を起こすと、俺たちを見下ろしていたエスタさんがニコリと笑う。

 

「おはよ、良い朝だね。寝心地はどうだった?」
「あんまりからかうな。ルイが倒れる」
 その後ろでガイドブックを眺めていたクルベスが呆れたように投げかける。『撮られる』って嘘だったのか。
「とか言いつつクルベスさんもはしゃいでますよね。え、どこか行きたい所あるんですか」
 苦笑しながらクルベスを茶化すエスタさん。まぁそう思うのも無理はない。ガイドブックって普通は一冊で十分なのになんで三冊も広げてるんだ。そういえばクルベスもあんまり遠出はしたことないって言ってたっけ。子どもの頃以来とか。

「あのなぁ……これは治安のチェックだよ。昨日みたいなことが起きないように、危ない所とか柄の悪そうな場所を事前に調べてるんだ」
 そんなのガイドブックで分かるものなのか……?下手に触れないでおくか。きっと素直に言いづらいのだろう。「ルイ、これとかどうだ」とか言いながらテディベアの専門店を紹介してきたので『治安チェック』というのは嘘だろうな。
 とりあえずクルベスからの提案は断っておいた……断ったはずなのに「じゃあ後で寄るか」とマークしているがうまく聞き取れなかったのだろうか。
 いや、全く興味がないわけではないけど……エスタさんにからかわれそうだし、ティジの前でそういう物に目を引かれてる姿は見せられない。ティジは俺が5歳の時にもらったクマのぬいぐるみを大切にしていることは知っているが、やはり好きな人の前では格好つけたい。

 ていうかクルベスとエスタさんがいつの間にかいつもの調子に戻ってる。自分が眠った後に何かあったのだろうか。まぁあんまり詮索しないほうがいいか。二人が仲直りしてくれて良かった。

 

 隣でこれだけ騒いでもなお、すやすやと眠っているティジの顔を見つめる。いつも一緒に寝るときは雷が鳴っている日なので泣き腫らしていない寝顔は逆に新鮮だった。可愛いなぁ……。

「ん……あれ……?」
 まぶたを震わせ、その隙間から紅い瞳をのぞかせると少し困惑したような声を漏らした。どうやら寝ぼけているようだ。
「おはよう。よく眠れたか?」
 その顔にかかっていた白い頭髪を手でサッとよける。
「弟くん結構大胆なことするね」
 まるで恋人みたい、とこっそり耳打ちしてきたが聞かなかったことにした。なんか顔熱いな。

「今日はどこ行く?折角だから昨日話した所行ってみるか?」
「どこだっけ……」
 自身の表情は無視してティジに問いかけると、されるがままの彼は微睡んだ声で聞き返す。
 あ、そうか。色んな場所挙げたもんな。それこそこの日程じゃ全部はまわれないほどの。
「あー……あれ、有名なショコラティエ?がやってるお店とか」
 昨夜これ以上にないほど目を輝かせながら話していた物を挙げる。でもかなりの人気店でいつも賑わっているとも言ってたか。

「いく……、っつ」
 のそりと起き上がろうとすると少し息を詰まらせた。
「大丈夫か?」
「大丈夫……ちょっと寝違えちゃったのかな」
 そう言って顔に添えたままだった俺の手に触れる。『無理をしているんじゃないか』という俺の心情を察したかのように「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」とふにゃりと柔らかな笑みを見せた。

 

 

「いやー、それにしても遊んだなぁ。こんなにはっちゃけたのって超久しぶり」
 ティジの向かいの席に座るエスタはジェラートに添えられていたウエハースをかじり、独り言のように呟く。その呟きにティジはパフェを頬張りながら頷いた。

 宿泊施設から出た後、父さんや庭師のおじいさんなど日頃お世話になっている城の人たちへのお土産を見てまわった。みんなへのお土産も買って『旅の締めくくりに』と自分が行きたいと思っていた、有名なショコラティエが経営しているカフェに訪れたというわけだ。

 席順はテラス席で右隣にルイ、向かいにエスタさん、右斜め前にクーさんという位置関係で座っている。エスタさんが「ティジ君も食べる?」ともう一枚差してあったウエハースでジェラートをすくって差し出してくれたのでそのままパクリと口に含んだ。
 冷たい甘さが舌の上でサッと溶けるのを感じているとウエハースを持っていたエスタさんの手が離れる。「もうちょっと欲しかったら言ってね」と言うのは遠慮しておいた。

 ルイが俺のことをじっと見ていたのでエスタさんにならって自分のパフェを分けようとしたが、ルイに「いいよ。俺は大丈夫だから」と言われてしまった。
 だけどそれ以降も俺のことを見つめているので『パフェはいらない』という感じではなさそう。だとすると……16歳にもなって『はい、あーん』なんて恥ずかしかったのかな。

 

「エスタ。帰ったらちゃんと報告書出せよ」
「え」
 暑い日は冷たい物が美味しいねー、とミントの葉をもてあそんでいたエスタさんの手が止まる。
「当たり前だろ。今回は遊びで行ったわけじゃなく『身辺警護時の問題点の洗いだし』って名目で申請してんだから」
 やっぱり表向きにはちゃんとした理由を出してたんだ。まぁそうじゃないとルイならまだしも自分が泊まりで出掛けることなんてできないか。
「うぇえ……」と落胆した声をもらすエスタさんにクーさんは「俺も見てやるから」と励ます。そのいつも通りのやり取りを見て、密かに安堵の息をついた。

 二人ともいつの間にか仲直りしたようで良かった。昨晩、何か話をしたのかな。自分も昨日はいつの間にか眠っちゃったからその後か。
 そうなると二人とも結構遅くまで起きていたはずなのにすごく元気だなぁ。う……っ、なんか頭が痛い。ジェラートの冷たさが染みたのかな。

 

「そういえば旅の思い出といえば写真っていうよな」
 ガトーショコラを食べていたルイが何の気なしに口を開く。ついでに言うとガトーショコラは最初の一口目をくれた(添えられていた生クリームをのせて)
 でもその時にルイは自分のフォークを使ってしまったようでルイは切り分けたガトーショコラを凝視した後、やがて何か覚悟を決めたように勢いよく口に含んだ。
 もしかして新しい物に変えたかったのかな。他人……っていうか俺が口をつけたフォークだったし。
 ルイにとって今日はすごく暑いらしく先ほどから顔が赤い。倒れてしまわないか心配だ。

「おやおや、弟くんからそういうこと言うのって意外だね」
 ルイのほうから『旅の思い出といえば……』という話題を振ってきたことに、ジェラートを食べ終わったエスタさんがからかうように笑う。失礼かもしれないけれど俺も同じことを思った。

「父さんとか……母さんが写真撮るの好きで……よく撮ってたから……」
 ルイは言葉尻を濁しながら呟くと、それを誤魔化すようにガトーショコラを口にする。その様子にエスタさんが『あ、マズイこと言っちゃった』と思っているのは容易に見て取れた。

「弟くん……ごめん……」
「いえ、大丈夫です」
 ルイの手をぎゅっと握りながら「俺がもうちょっと考えて言っていれば……」と沈痛な面持ちで謝罪しているエスタさんに、ルイは「本当に大丈夫ですから」と困った様子で返していた。

「クルベスもよく撮ってたよな。俺とか……兄さんのこと」
 ルイはエスタさんをなだめながらクーさんに話題を振る。エスタさんを呆れたように見つめていたクーさんはルイの問いかけにクスリと笑いながら口を開いた。
「あぁ、レイジは全く笑わなかったけどお前はカメラに気づいたらすっごい笑顔で手ぇ振ってたな。めちゃくちゃ動くからブレるし、レイジは睨んでくるしで撮るの大変だったんだぞ」
「うわぁ、あいつらしい……」
 見てないのにその光景がうかがえてしまう、と呟くエスタさんに被せるように「……覚えてない」とルイがぼやく。

 

 思い出話に花を咲かせる三人を見ていたら少し寂しさを感じた。このメンバーの中で俺だけ、ルイのお兄さん――レイジさんとほとんど関わったことがない。数ヶ月前にあの病室で話をしただけ。

 少し話をしただけでもあの人は優しそうな人だとうかがえた。あの人が使う『凍結』の魔術はきっと相当綺麗な物だったんだろうな。

『ほら、ティルジアもこのあいだ会ったろ。魔法を見せてくれた綺麗なお兄さん』

 優しい声が脳裏を掠める。それはクーさんの声だった。

「クーさん、いま何か言った?」
「ん?ルイは今でも綺麗だぞーって言ったけど」
 自分が聞いた文言とは違う。ルイは「言うほどか……?」って首を傾げてるけどエスタさんが「そうだよー。レイジに似てすっごい綺麗ー」って同意してる。あとクーさんってルイのこと、かなり好きだよね。
 いやいや、そうじゃない。思考が脱線してた。
 さっき聞こえた声はなんだったのだろう。あれは確かにクーさんの声だった。

 あの言い方だと俺はレイジさんに会ったことがある……?でもそんな覚えは一切ない。それに何でクーさんが俺のことを普段呼んでる略称のほうでは無く『ティルジア』と呼んでるんだろう。あ、俺が小さい頃は『ティルジア』って呼んでたっけ。

「ティジ。こぼれてるぞ」
「え?あ……」
 話に夢中になっていたクーさんに指摘されて手元を見る。すくいあげていたままにしていたクリームがスプーンからボタボタとこぼれ落ちていた。エスタさんが持っていたハンカチで俺の服を拭いてくれたけど、けっこう染みてしまっている。考え事に没頭していて気づかなかった。

 

「お前がやらかすなんて珍しいな。まぁ初めての遠出でいろんなところ行って、さすがに疲れたか」
 帰りは寝るかもな、と笑うクーさんにふと先ほどの疑問を尋ねる。
「クーさん。俺、ルイのお兄さんと会ったことある?」
 もしかしたら気のせいかもしれない。そう思ったがクーさんは「あー……」と少し考えた様子で腕組をしながら空を仰ぐ。

「かなり前に会ったことあるぞ。でもお前覚えてないと思ったんだけど。ていうか急にどうした」
「昔会ったような会わなかったような……って思って」
 少し嘘をついた。でも『突然クーさんの声が聞こえた』なんて言っても変な目で見られかねないし。
 クーさんは少し迷った様子でうなりながらも俺が引かないことに根負けして重い口を開いた。

「お前が7歳の時。えーっと、お前の父方の祖父が亡くなって、その葬儀で会ってた」
 あ、言いにくそうにしてた理由がようやく分かった。じぃじのことだからか。ここは外だから先代国王であるじぃじの名前は出せない。誰かに聞かれたら自分の素性がバレてしまう危険性があるからだ。
 あと俺はじぃじのことは大好きだったからそれを気遣って……ていうのもあるのかな。

「でもお前すっごい泣いててそれどころじゃなかったんだぞ。お前、その時ルイと会ったんだけど……覚えてないだろ」
 その発言に「え」とルイが驚いたような声を出す。うん、俺もビックリした。そんな俺たちにクーさんは「やっぱり覚えてなかったか……」とため息をついた。

 

「あの人には俺もセヴァ……ルイの父親も世話になったからな。いちおう血縁関係はあるから参列できない理由もないし。あとレイジもまぁまぁ世話になってたから一緒に行くことにして……そんで幼いルイを一人にはできないから一緒に連れていったってわけだ」
 クーさんのお父さんがじぃじと兄弟だったって聞いてる。それならじぃじの葬儀にも行けるか。えぇ……でも本当に覚えてない。あの時はずっと泣いてたからなぁ。

 俺たちの会話にルイが何か思い至った様子で「もしかして」と言葉を発する。
「前に言ってた『俺が迷子になった』っていうのは……」
「そ。その時に勝手に行動してはぐれた」
 どうやら城に移り住む日に『一度だけ訪れたことがある』と話したらしい。それにしても初めて訪れる場所なのに歩き回るなんてすごいな。俺も人のこと言えないけど。
 当時のことを思い返したのかクーさんは「レイジのやつ、顔真っ青にして探し回ってたんだぞ」と苦笑していた。
「ごめん……」
 どこか気恥ずかしそうに謝るルイにクーさんはからかうように「あの時もめちゃくちゃ謝ってたな」と笑う。

「ようやく見つけた時、ルイは大泣きしているティジに寄り添っててくれてたんだよ。すっごいオロオロしながら、な」
 そんなことがあったんだ。ルイには申し訳ないけど全く覚えてない。
 でもそっか。じぃじが亡くなって泣いていた時もルイはそばにいてくれたんだ。
 あ、だけどルイも首を傾げている。まぁかなり前の、とある一日の出来事なんて覚えてなくても無理はないか。

 

「それで話を戻すけど、写真は撮らないのか」
 前はあんなに撮ってたのに、とルイは不思議そうにクーさんに投げかける。
「んー、まぁそこまで言われたら……うん。じゃあ折角だし記念に撮っておくか?」
 何故か渋った様子で頷いたクーさんは「ティジもいいか」と聞いてきた。別に何の問題もないのでこちらも頷きで返した。
 クーさんが自分のカバンからカメラを引っ張り出す。エスタさんには確認とらないんだ。そういえばクーさんってエスタさんには遠慮とかしないな。というかエスタさんが誰かから遠慮されてる印象が無い。

「クルベスさん、カメラ持ってきてたんなら撮れば良かったのに」
「まぁ一応持ってきていただけだから。ルイに言われなかったら撮る予定もなかった」
 スッとカメラを構える。あんまり写真を撮られたことがないからかちょっと緊張する。
「ティジ、撮られても魂は抜かれないぞ」
 身を固くする俺をクーさんがからかう。別にそんなことじゃないのに……。

「クルベスさんも入りましょうよ。仲間外れって寂しくないですか」
「俺はいいって。一人は撮る奴がいないと」
 結局クーさんは譲らず、俺とルイとエスタさんの三人で撮ることになった。カシャッとシャッターの音が鳴った時、内心ちょっと驚いてしまった。
 クーさんはちゃんと撮れたことに「うん」と満足そうに微笑む。

「こうやって撮るとなんか懐かしいな。あ、そうだ。帰ったらルイやレイジの思い出話してやろうか?」
「え!いいんですか!めっちゃ聞きたいです!」
 身を乗り出してこれ以上にないほどに食いつくエスタさんに、ルイは人知れず哀れみの目を向けていた。
 そういえばクーさんがルイやその家族の話をしたら、なかなか解放してくれなかった気がする。まぁエスタさんはすごく興味津々にしてるし大丈夫か。

 


過去の教訓『第二章(22)衛兵はかく語りき-3』からハンカチを持ち歩くようになったエスタ君。
彼が言うには「これなら弟くん(ルイ)がいつ泣いてもすぐ拭けるからね」とのこと。もしもルイが聞いたら、たとえ相手がエスタさんでも流石に怒ります。