06.白雪の朋友-4

 あのお呼ばれの日以来、俺とレイジはことあるごとに学校で一緒に過ごすこととなった。どうやら親や伯父、何よりルイが学校でのことを聞いてくるらしい。適当に作り話でもすればいいのに、と言うと『ルイに嘘はつきたくない』と返してきた。相も変わらずのブラコンだ。

「……なんだ」
 ある日の昼食、食事中でも変わらない端整な顔をまじまじと見ていたら、眉をひそめて聞いてきた。
「いや、綺麗な顔してんなーって」
「まだ言ってんのか」
 ふざけるのも大概にしろ、と言って昼食のサンドイッチを口にする。
「ふざけてないって。え、言われない?美人さんですねーとか」
「男に美人は無いだろ」
 冷たく返されてしまった。まぁそれもそうだけど。じゃあなんだ、眉目秀麗か。
「でもそれ以外適切な言葉が思い付かないっていうか……弟くんもすごい可愛いじゃん」
 あ、しまったと思った時にはもう遅い。
「やっぱりお前ルイのこと……」
 ゴミを見るような眼差し。決して人に向けるものでは無い。
「いや、今のは言葉のあやって言うか!言い間違えました!」
「ルイは可愛くないって言うのか?」
 これまた苛立った様子。どうしろっていうのか。
「あぁもう面倒くさいやつ……!すいませんねぇ!バカなもんで!」
 ここまで愛されていたら弟くんも将来苦労するぞ……と憂慮せずにはいられない。それこそ好きな人ができたなんて言った日には相手の命が危ぶまれる。大丈夫かなぁ……。

 関わっていくうちに少しずつレイジのことが分かってきた。
 感情表現に乏しいというわけでもなく、周りにあまり関心が無いだけということ。(そもそも人と関わろうという姿勢が見られない)自分で身を守れるようにとたまに伯父に鍛えてもらっていたらしく、運動神経はまぁまぁあるということ。あの人、医者なのに相当体も鍛えているようで本気を出されたら手も足もでないとレイジは悔しそうに語っていた。やっぱり仲良くないか?と言うと強めに小突かれた。あとどうやら窓の外を眺めてる時は弟くんのことを考えているらしい。意外と真面目でもなかった。
 依然として喜怒哀楽の怒ばかりみせるが、見ていて飽きなかった。弟くんの前では怒以外の表情ばかり。極端すぎやしないか?

 

 そんなこんなで何でもない日々を過ごす。そして季節は巡り、秋。
 今日は休日。二人で町に出かけることとなった。珍しくレイジから声をかけてきたからだ。
「で、今日はどんなご予定?」
「……」
 そっちから声をかけてきたのに何故黙る。
「寂しくて友達と何となく一緒に遊びたくなっちゃった?だとしたら嬉しいなぁ」
「違う」
 そこは即座に否定しないでほしかった。

「……その、人にプレゼントあげようと思って」
「え」
 言いにくそうに返されたそれは、予想だにしていなかったものだった。
「なんだその意外そうな顔は」
 むすっとした顔でこちらを見る。
「いや……一応聞くけど弟くんにあげるの?」
「んなわけないだろ。ルイにあげる物だったらお前なんか誘わない」
 相も変わらずひどい言い種。なぜそこは変わらないんだ。
「……あいつだよ。いけすかない伯父」
 よく愛想つかされないな、とすら思えてくる。
「なんでまた?」
「あいつ、今度誕生日なんだよ」
 いけすかないと言いつつ、しっかり誕生日は覚えているのか。

「最近、すごい忙しそうにしてて……夏頃とかこっちに全然来なくて、ようやく来たかと思ったら様子が変だし……」
「変って例えば?」
「いきなり無言で抱き締めてきた」
 それは驚くだろうなと同情する。
「お前たちは何事もなく幸せでいてほしいとかワケ分かんないこと抜かすし、以前にも増して過保護になるし」
 ただでさえとんでもないお節介野郎なのに、と呟く。その言い方もどうかと思うが。
「で、その話が誕生日プレゼントとどう関係があるんだ?」
「……大変そうだから、ついでに誕生日だし」
 街の喧騒にかき消えそうな声で呟く。素直に『元気出してほしい』って言えばいいのに。
「人に何かあげることって無かったから――」
「一緒に選んでほしいってわけだ」
 ずばり言い当てられ、レイジは決まりが悪そうな顔をする。
「弟くんは一緒じゃなくて良かったのか?あの子もいたらプレゼント選び、もっと捗りそうだけど」
「ルイは多分我慢できなくてあいつに言ってしまう」
 ははぁ、直前まで秘密にしておきたいわけだ。やっぱり恥ずかしいのか。
「なに気色悪い顔してんだ」
「その言い方はひどすぎない?」
 知らないうちににやついていたようだ。

 候補の一つだと言う雑貨店に足を踏み入れる。
 日頃、クルベスのことを『苦手だ』『近寄りたくない』などと言っているが、真剣に悩む姿を見ているとやはり嫌いではないんだな、と思った。おおかた、弟くんが懐いているのが気にくわないのだろう。兄としてのプライドやら嫉妬心ってところか。
 クルベスもそれを分かっているからこそ、愛想を尽かすことなく付き合ってあげているのかな。それをレイジ本人に言ったらそれこそどうなるか分かったもんじゃないから言わないでおくけど。下手すると明日の朝日を拝めなくなる。それだけは勘弁願いたい。

「ていうか、あの人何が好きなんだ?俺そういうの全く知らないんだけど」
「あまり装飾品はつけない。から消耗品が良いとは思ってる」
 なるほど。だから紅茶缶やクッキーのコーナーばかりを見てたのか。
「……本当はコーヒーをよく飲んでるけど、あれは種類が多くて分からない」
「結構見てるんだな、あの人のこと」
「は?違うし。嫌でも目に入るから覚えてただけだ」
 照れ隠しからか、即座に否定するけど逆効果なんだよなぁ。

 そのままいくつか色んな店を見て回ったが中々良いのが見つからない。適当な物を買って済ませようとはしないあたり、真面目だな。
「なぁ、いっそのこと別の物も見てみたらどうだ?それに気分転換にもなるだろ」
 かなり行き詰まった雰囲気を感じとり、提案する。というかここまで俺ほとんど役に立ってない。
「別の?」
「消耗品じゃない物ってこと。パズルとかマグカップとかそんなの。何かそのあたりで言ってたりしなかったか?」
 そう言われ、レイジはしばし熟考する。
「……あ」
 何か思い当たるものがあったようだ。

「良かったじゃん。いいのが見つかって」
「……でももしかしたらもう自分で買ってるかもしれない」
 そういって商品の入った袋を見つめる。
「それでも良いだろ。それにあの人だったら喜んで受けとるよ。万が一おんなじような物買ってたとしても、そういうのっていくつあっても良い物だし」
 買ったのはペンだ。中の芯を入れ換えられるタイプの物。万年筆も候補に上がったが、いかんせん高かったので断念した。だがペンと言えども中の芯を入れ換えれば使い続けられるので良しとした。
「……そうかな」
 あ、ちょっと笑った。やっぱり笑ったほうが良いな。
「そうだ、ちょっと本屋寄っていいか?授業で使う資料買わなきゃいけなかった」
「まぁ、いいけど」
 ぶっきらぼうな言い方ではあったが機嫌は良さそうだった。

 

 本屋のすぐ近くでエスタを待つ。休日なので通行人は多かった。
 最初はどうなることかと思ったけど、良いのが見つかって良かった。喜んでくれるだろうか。……いやいや、喜ばせようと思って買ったわけではない。あくまでここ最近大変そうだったから労いも込めて……労いってなんだ。別にあいつのことなんてどうでもいいし、でも様子が変だったのは見ていてモヤモヤしたから……。

 一人で悶々と考える。なんであいつのことでこんなに悩まなきゃいけないんだ、と顔をしかめていると。
「ねぇ君」
 横から声をかけられる。
「少し道を教えてほしいんだけど」
 そこにいたのは三人組の男。なんか嫌な感じがする。
「……あんまりここら辺詳しくないんで」
 伯父からいざとなったらこう言うように、と教えられた返しで突っぱねる。癪だが背に腹は変えられない。それに道を聞きたければすぐそこの店にでも入って、店員に聞けばいいのにとも思う。
「いや、たぶん近いと思うんだよね。ほらこの地図だとさ……」
 そういって肩を掴んでくるがその手を払う。
「近いんならそこら辺歩けば着くんじゃないですか」
「そんな冷たいこと言わないでさ」
 まずい。腕を掴まれた。
「やめ、離せって!」

 路地裏に引きずりこまれる。必死に腕を振りほどこうとするも、びくともしない。それに向こうは三人。多勢に無勢だ。
「い……っ!」
 そのまま壁に抑えつけられる。勢いよくぶつけられたので背中に鈍い痛みが走った。
「綺麗な顔してんなぁ、ここら辺住んでんの?」
「……っ」
 応える義理はないので無視する。
「おい、答えろって」
「……うるさい」
 顔を近づけてきたので頭突きをする。
「――いって!お前っ!」
 容赦なく頬を張ってきた。途端に、口の中を切ったのか鉄の味がする。
「なぁ、とりあえず場所移そう。ここじゃ人目につく」
 これからこいつらが何をしようとするのか分からないが、とりあえず危機的状況だと分かる。だがしかし、逃げようにも一人ならまだしも三人はきつい。ましてや相手は自分より体格が上の男たち。打開策が全く見当たらない。叫ぼうとしたが、思うように声も出せないし。

「ほら来いって」
 ぐいっと強く腕を引かれる。せめてもの抵抗で脚を踏ん張ると、苛立ちを覚えた男が手を振り上げた。次の瞬間来るであろう衝撃に目をつむると――
「レイジ!」
 聞き覚えのある声がした。
「お前ら何やってんだ!!」
 エスタは人数差など構わずに走り寄る。
「は?何こいつ」
 突然割り込んできたエスタをあからさまに邪険にする。まずい状況なのに変わりは無いと思ったが。
 通りに面したほうから人々が覗きこんでいる。エスタの怒声を聞いて、おかしいと思ったのだろう。
「くそが……!」
 こうも人の目があってはまずいと判断した男たちは舌打ちをしたのち、走り去っていった。

「レイジ!大丈夫、じゃないか。ごめん、俺が一人にしたから……!」
 なんでお前が謝る、と言おうと思ったがそれは叶わなかった。なぜか脚の力が抜けて座り込んでしまったからだ。自分の体じゃないみたいだった。
「っ!脚も怪我してるのか!?」
「ちが、立てない……なんで?」
 何故か体もガタガタと震え出す。まだそんなに寒い季節じゃないのに。ワケが分からない。

「……ごめん、一人にして。本当にごめん……っ」
 だからなんでお前が泣きそうな顔してんだ。

 


冒頭でレイジが食しているサンドイッチはクラブハウスサンドのイメージで書いてます。
次回レイジ学生編ラストです。