授業を終えた後も喧騒の絶えない教室。その一角でティジは一人、物思いに更けていた。
復学して一ヶ月と少しが経ったが周りの目はやはりさほど変わらない。思い返すと初等部に通っていた頃もそうだった。この嫌でも目立つ容姿は人目を引いてしまう。
割りきらないと。見たことないものだからみんな珍しがってるだけだ、と先ほどから自身に言い聞かせているもののやはり精神的にこたえてしまう。
いつもの対処法『フードを被って少しでも人目を遮る』は服装の規定により持ち込むことができなかった。いっそのこと机に突っ伏して自分から視界を遮断してしまおうか。いや、一般には知られていないとはいえ仮にも王室の一員なのだから不真面目な態度はしないほうがいい。
八方塞がりだ。どうすることもできない。ただただ衆人環視の中、自身の本心を悟られないよう静かに耐えるのみ。
一方ルイは教室の前方で教師に提出物を渡しているのだが、ついでとばかりに教師からいくつか質問をされているようだ。どうやら面倒見が良い人のようで自分たちが馴染めているか心配らしい。黒板に直近の学校行事を書き連ねてそれらの説明をしてくれている。
時折心配そうにこちらの様子を窺うルイに「大丈夫だよ」という意味合いを込めて小さく手を振った。
「彼とは仲良いの?」
突然背後から声を掛けられ、飛び上がってしまう。振り返ると少し赤みがかった茶系の髪に気さくな印象を受ける笑みを浮かべる男性が座っていた。男性と言っても同級生だが。
「うん、幼馴染みなんだ。えっと……シン・パドラさん、だっけ」
「名前覚えてんの?」
ルイとの関係を応えつつ、彼――シン・パドラに笑みを見せる。名乗る前にその名を呼ばれたことにシンは少し大げさに目を丸くした。
「大体は。早く馴染みたいからとりあえず名前だけでも覚えとこうかなって」
その返答にシンは頬杖をつきながら納得したように「あー、そっか」とこぼす。
「外部入学だもんな。疎外感とかすごいだろ」
「まぁ……ちょっとだけ」
復学してから一ヶ月近く経つのに周囲から一歩引かれている理由はそれだけじゃない。そんなことは分かりきっていたがそれには触れなかった。
ちなみに同級生と教師の顔と名前は一通り覚えた。王位を継いだ後は外交や公務で関わる人の名前を覚える必要があるため、その予行練習代わりだ。
「それにしても災難だったな。なんか体壊したんだろ。二ヶ月も休むほどって大丈夫なの?」
話しながら隣の席に移動してくるシンに努めて笑って受け答えをする。こうして話している間は少し気がまぎれるものの、やはり周りの視線が気になってしまう。
「ちょっとこじらせちゃっただけ。新しい環境ってことで緊張しすぎちゃったのかもしれないな。でも体が弱いわけじゃないから、これからは普通に通えるよ」
ティジとルイが休学した表向きの理由は『体調を著しく崩したため』としてある。診断書は王室専属の医師であるクルベスが書いてくれた。『虚偽の申告にあたるのでは……』と憂慮したが本当のことを言うわけにはいかないので仕方ない。……本当にいいのだろうか。
「そっか。これからよろしくな」
「よろしく。パドラさん」
手を差し出されたので握り返すとシンは「そんな他人行儀じゃなくていいよ」と笑う。結構友好的な人柄らしい。
「じゃあ……パドラ君?」
「名前でいいよ。シン君でもシン様でも」
ティジが「じゃあシン君で」と言うと「そこはのっても良かったんだけど」とこぼす。『いや、様って付けるのは逆に距離が開いていると思う』という言葉は飲み込んだ。おそらく親しみやすいようにあえてふざけたのだろう。
「ところでさ、それ地毛?」
「え……そう、だよ。元からこんな感じ」
オブラートに包むことなく直球で自身の容姿に触れられ、ティジは一瞬言葉を詰まらせる。戸惑いを見せたティジにシンは慌てて詫びた。
「あ、ごめん。俺染めてるからさ、もしかしてそっちもそうなのかなーって。だとしたらすっげー綺麗に染まってるからどこで染めてもらってんのか聞きたくて……気を悪くさせたなら本当にごめんな」
シンは頬をかきながら申し訳なさそうに理由を述べた。
「ううん、大丈夫。髪染めてる人って自分のまわりにいなかったからちょっとびっくりしただけ」
自身の動揺を気取られないよう慌てて取り繕うとシンは「なら良かった」と安堵の息をついた。その様子にティジも人知れず、胸を撫で下ろした。
「生まれながらにこんな真っ白な髪ってすごいな。じゃあ目もカラコンじゃなかったり?」
「カラコン?」
シンはすっかり調子が戻った様子でティジの瞳を見つめる。好奇を含んだ視線にティジは目を逸らしてしまいたかったが『そんなことをしたら気を悪くさせてしまうかも』という考えがよぎり、グッと堪えた。
「色付きのレンズを目に着けんの。つけ外しできるからその日の気分で色変えたりできるんだよ。まぁ結局のところお洒落で着ける物だな」
シンの軽い説明に何故か聞き覚えがあった。『どこで聞いたのだったか』と過去の記憶を振り返り、以前試したことがあったことを思い出す。
初等部に通っていた頃。周りの視線に耐えられなくなった時期にカラーコンタクトの存在を知った。
これがあれば皆と同じ『普通』になれるかもしれない。だがしかし、そのことを言うとクルベスたちに気を遣わせてしまう。それは忍びないので『こういう物があるんだって。少し試してみたいな』とあくまで興味を持った体を装って試してみたのだ。
だがそれは徒労に終わった。何故かティジが着けてみても見た目が変わらなかったのだ。
『色の相性があるのかな』と考えてクルベスがいくつか用意してくれた物を試したが、いずれも目に装着すると普通のコンタクトレンズになったかのようにその紅い瞳を透かしてしまう。
ルイやクルベスにも試してもらったが二人とも問題なくコンタクトの色が表れていた。自分が彼らと違う点――真っ先に挙がるのはこの異常に保有する魔力。カラーコンタクトを着けても色が変わらなかったのはそれが関係しているのかもしれない。
クルベスからは「他に良いものがないか探してみるから」と言われたが、その気遣いに申し訳なくなり断った。
「ということはそれも元からか。めちゃくちゃ目立つだろ?」
「ま、まぁ……うん。わりと目立つけどもう慣れたかな」
こういう話題は苦手だ。でもあからさまに態度に示すのも心象が悪い。内心困り果てているとスッと頬に手を添えられた。
「お、ウィッグでもない。本当に地毛なんだな」
髪をかき分けるようにシンの指がするすると通っていく。本音を言うと指が首筋や耳に当たってくすぐったくてしょうがない。ティジは『ここまでスキンシップが激しい人っているんだ』と思いながら相手のされるがままになっていた。
「ほっぺたの触り心地もいいな。ずっと触っていられそう」
ティジが嫌がる素振りを見せないことに気を良くしたのか、シンは上機嫌な様子でその頬を触り続ける。
『そういえばエスタさんもそんなこと言ってたなー』と考えていると、突如割り込んできた別の腕がシンの手を掴んだ。
「あ、おかえり。あと初めまして」
手を掴まれたことに動じる様子もなく挨拶を投げ掛けるシンを、割り込んできた腕の主――ルイは無言でにらみつける。ティジは『敵意むき出しでにらむのは良くないんじゃ……』と思いはしたものの、ルイの尋常ではない気迫を目にして心の内に仕舞いこんだ。
「初対面の相手の顔を断りもなくベッタベタ触るのはさすがにどうかと思う」
朗らかな笑みを浮かべるシンに対して声を尖らせるルイ。そんな二人を前にティジは『同じ学級だから厳密に言うと初対面じゃないのでは』と思った。
「あぁ悪い。見とれてて。ついやりすぎちゃった」
『見とれている』という様子でもなさそうだったが。しかしすぐに手を引っ込めてくれたことにティジは安堵の息をもらす。
「ティジ、帰るぞ」
「え、あ……うん」
不機嫌そうに眉間にシワを寄せているルイに、ティジは少し戸惑いながらも頷く。
「じゃあね。また明日ー」
ひらひらと手を振るシンに手を振り返そうとするもルイに有無を言わさない勢いで腕を引かれてしまい、それも叶わなかった。
第三章のはじまりはじまり。新たな登場人物も交えていざ学校へ!
補足しておくと本章は第一章と同様『章全体で一つのお話』という形式で展開していきます。