12.ライラックの追想-8

「これは驚いたな。今日のお話相手はお前か」
 ニィスは大袈裟に驚いてみせるが相対する男は歯牙にも掛けない。

「なんで自分のことを知ってるのか、とか言わないんだ。まぁ僕もたまたま見かけて妙に気になったから調べてみたら大当たりだったってだけで。大変だねぇ。雑用係は」
 クスクスとあざけ笑うがこれに関しても相手は静観するのみ。

「つまんないなぁ。少しは人間らしい反応を返してくれてもいいじゃんか。あの王子様とか見習ってみなよ。一人でいるのにコロコロ表情変えてたんだよ?」
 学園祭があったあの日、保健室で一人でいた王子様――ティルジア・ルエ・レリリアンの様子を思い出す。

 ホッとしたり、落ち込んだり。しばらく思い悩むように頭を抱えていたかと思いきや突然周りを気にするように周囲を見回して。大変忙しない子どもだ。そのぶん見ていて飽きなかったが。

 すると目の前の男は「今日はそれについて話してもらう」と告げた。

「あの子について?それについてはお前らのほうが知ってるはずでしょ?あの子は本物だよ。あそこまでぶっ飛んだデータは見たことがない。髪も真っ白。おめめも真っ赤。お前らが実験で作ろうとしてできるような『紛い物』とは違う、正真正銘の本物」

 

 機関に所属していた頃、ある子どもに関する私見や考察が盛んに行われていた。それまで機関の中ではその父親について度々注目されることがあったが、あの子の存在が知られた途端にその話題で持ちきりとなっていたのだ。

 何故ならその子ども――ティルジア・ルエ・レリリアンの特徴が、機関が探し求めていた物とあまりにも『同じ』だったから。

 機関が躍起になって捜索し、いつまで経っても見つからないから自分たちに手で再現までしようとしていた物と同じ特徴を持つ天然物。
 そんな貴重な存在など機関の連中は喉から手が出るほど欲しかっただろう。

 王子様をかどわかす案も挙がっていたが『周辺の警備が』とか『あの子どもが魔法を発現してからにしよう』などの様々な事情や懸念点から実行に至らなかった。

 そうして二の足を踏んでいる間に王子様周辺の警備がより一層厳しくなってしまい、計画は実質的な凍結状態となったのである。風の噂によると偶然にも王子様の身に何かあったらしく、それで警備が厳重になってしまったのだとか。

 

 機関を抜けていた僕にはそれらの研究に関わる必要性も無かった。が、僕自身も機関の研究自体には興味があった。

 それにもしも僕がその王子様を手中に収めれば?機関の奴らが誰も成し得なかったことを出来たら。
 純粋な興味や好奇心だけではなく『機関の連中を出し抜いてやりたい』という浅ましい欲望も混ざっていたのかもしれない。

 

「もしかしてデータが欲しいの?残念でした。お前らが回収できた物以外には何にも無いよ。それとも会話で有用な情報を得てるかもって?はてさてどうだったかなぁ。聞いたような聞かなかったような……王子様ご本人たちに確認すれば?」
 ニィスがそう煽ると男は慣れた動作で拳銃を取り出した。

「……脅しのつもり?」
 銃口を向けられたまま男に問いかける。されども男は銃口を下ろすこともなく静かにこちらを見つめるだけ。

 機関がこのような手に出たことはさして驚かない。この場では後処理が煩わしいから命を奪うことまではしないだろう。
 だが機関は裏切り者に対する慈悲は無い。自分がどのような結末に至るか、など容易に想像できる。
 機関に見つかればいずれこうなる。それが分かっていたから極力自分のことは誰にも話さず、表舞台に姿を現さないように立ち回ってきたのだ。

 

「最終的にそういう乱暴な手に出るとは思ってたけどね。言っておくけどブレナには機関のことは知られていないよ?『18番』になっている時の記憶も無いからその間にやっていた研究についても何も知らない。その点は評価してくれないかな?」

「ブレナ・キートンは機関のことを知っている」
 それまで静観していた男が口を開いた。

「何を根拠に言ってるの?それとも憶測?そんな手を使うなんてルールが第一のお堅い機関らしくないなぁ」
 平静を装って先程と変わらない態度を取るも男は淡々と言葉を続ける。

 

「正確に述べると『覚えていなかった』だな。十年前に知ったそうだ」
 机上に書類を差し出す。視線を落とし、ヒュッと息を詰まらせる。
 机上にあった書類は、あの日ブレナに見られてしまった僕の研究資料の写しだった。

「見覚えはあるだろう。失踪当時、ニィス・ヴェントが携わっていた研究の資料だ。これを見せたらブレナ・キートンはすぐに思い出してくれた。記憶が無かった原因は頭部を殴打されたことによる一時的な記憶障害か」
 まさかそんな暴挙に出るとは思わなかった。そんなことをして、もし本当にブレナが機関のことを何も知らなければ自分で自分の首を絞めることとなるのに。

「今はまだ動揺が見られるから慎重に話を聞いているところだが……それが終わればブレナ・キートンは適切に処分される。どうやら彼のことを庇おうとしていたようだが無駄だったな」

 機関のことを知ってしまった部外者は処分される。例外は無い。
 その言葉がハッタリなどではないことは十分知っていたからこそ『ブレナは機関のことを知らない』という姿勢を貫いてきたのだ。

 

「だが機関では彼の状態にいたく興味を示している研究員もいるらしい。そちらで一通り調べられたうえ処分……あるいはそのまま他の研究に回される可能性も考えられるか」
 体は頑丈だということは確認できているからな、と呟く。

「まぁその前になるべく手間は省いておきたいというわけだ。どのような方法でブレナ・キートンをあの状態に出来たか実行者自ら話してくれれば――」

「それに従うとでも?」

 

 男の手から拳銃を奪い取った。僕がそのような行動に出るとは思わなかったのか容易く奪うことが出来た。読みが甘いな。そりゃあ僕だってこんなこと柄じゃないさ。

 でもこのままではブレナは筆舌し難いほどの凄惨な目に遭ってその命をゴミのように捨てられることになるだろう。それを防ぐにはあの王子様と同様の手に縋るしかない。

 周囲の人間が無視できないほどの問題を起こし、他者の目による絶対的な監視を入れさせる。そうすれば機関の息が掛かった連中は自由に動きづらくなる。

 もっと他に良い方法があったかもしれない。だが考える時間が長くなればなるほど機関にも考えさせる時間を与えることとなる。そうすれば機関は様々な策を講じてこちらの退路を断つ。
 最短最速で、今の自分に出来る精一杯の方法を取るしかない。

 冷たい銃口を顎下に当てて、引き金に指を掛ける。

 最初から最後まで自分勝手に動いて。その結果がこのザマだ。

 

「あいつは僕だけのものだ。お前らにあいつは渡さない」

 顔を歪めて引きつった笑みを見せる。

 ――願わくば、友に救いの手があらんことを。

 心の中でそう願いながら震える指先に力を入れた。

 


 サブタイトルにライラックを起用したのはニィスの髪の色から。花言葉は『友情』や『思い出』です。

 今回の一連のお話で自身の過去を語る際に両親のことに度々触れていたニィス。
 そんな彼ですが第一章(13)『その後』にて命を賭してまで弟を守ろうとしたレイジの行動について「理解できない」との評価を下していました。『所詮は血の繋がりがあるだけの他人でしかないのに』という見解も。もしかしたらブレナ先生との一件で何か吹っ切れてしまったのかもしれないですね。

 ニィス・ヴェントという男が何を選び、優先したのか。そういうお話。