25.継ぎ合わせのページ-3

 医務室の中、カチコチと秒針が時を刻む音が響く。部屋の中心でティジはクルベスに様々な質問をし、そしてその返答を「ふむふむ」とノートに書き込んでいた。

「それじゃあクルベスさんと父さんは従兄弟で俺とルイはー……はとこ?」
「あぁ、こう言っちゃ何だが混乱するだろ」
「うん、聞いてて頭の中こんがらがるなーとは思った……ってそうじゃなくて!いや、これも聞けて良かったけど!さっきからクルベスさんの話じゃなくてルイとか父さんの話ばっかり聞いてる気がする!俺、クルベスさんの話がもっと聞きたい!」
「俺の事はだいたい話しただろ。身長とかいつからここに居るかとか。いま聞かせた関係性とかもそうだし」
 クルベスさんが今の今まで説明してくれたのは俺や父さん、ルイにクルベスさんも含めたいわゆる王室の家系図。これもクルベスさんの事には関係あると言えるけれど……でも自分が知りたい情報とはまた少し違う。

 

「俺はクルベスさん自身のお話がもっと聞きたい!『エディさんの都合がつかなかったからこっちで知ってる範囲でエディさんの事を話しておくー』とか『お城についてこういうお話もあるよー』とかそういうお話も良かったけど……でもそれってクルベスさんのことじゃない話だもん!ていうかそういうお話ばっかり聞いてる気がする!」
 捲し立てた後で少し自信がなくなり「……たぶん!」と付け足してクルベスさんの顔を見上げる。そのままクルベスさんの返事を待っていたが、どうやら見つめすぎたらしくクルベスさんはスッと目を逸らしてしまった。

「じゃあ逆に聞くがティジのほうから俺に聞きたいことはあるか?」
 質問で返されてしまい、思わず「えっ」と声をあげる。

「まさかそんな急に聞かれると思わなかった……いや、聞きたいことはあるよ。あると思うから、えっと……ちょっと待ってて」
 自分から「クルベスさんの話を聞かせて」と言ったくせに、いざ聞かれると思いつかない。考えてみればクルベスさんが言っていた通り、ごく一般的な内容はだいたい聞き終えてしまっている。
 でもこのまま「やっぱり何もありませんでした」と返してしまったらただ駄々をこねた子どもみたいになってしまう。クルベスさんだからこそ聞けることって何があるだろう。

 

「えっと……じゃあ背が高いこと特有の悩み事ってある?」
「服とか靴の選択肢があまり無い。まず自分のサイズに合っているかどうか。そこからデザインを選ぶ。だから『デザインが気に入ったから』っていう直感的な理由では買えないな」
 まさかそんな悩みがあったとは。『よく頭をぶつける、とかじゃないんだ』と驚きながらノートに書き加えていく。
 それから少し気になってクルベスさんの隣に座り直して足の大きさを見比べる。本当だ、全然違う。まるで子どもと大人が並んでるみたいだ。

「俺の靴、履いてみるか?」
 よほど熱心に見てしまっていたのかクルベスさんのほうからとても魅力的な提案をされる。それに大きく頷いてクルベスさんの靴を履かせてもらった。予想通り自分には大きすぎる靴に少しはしゃいでカッポカッポと歩き回っていると、今度は着替え用の白衣も持ってきてくれた。もちろんこの白衣もクルベスさんの体格に合わせて作られている物なので袖や裾、胴回りなど、ありとあらゆる丈が全て余る。

 

 そうして一通り遊んで、クルベスさんに白衣と靴を返した後でようやく気付いたが『高身長ゆえの悩み』なんてクルベスさん以外の人でも答えられる質問なのではないか?
 クルベスさんもその事には気付いてるだろうにあえて指摘しないでいてくれてる。『それなのに俺はあんなにはしゃいで……』と先ほどまでの自分の行動を思い出して非常に恥ずかしくなってきた。

 遅れてやってきた気恥ずかしさを誤魔化そうと再びノートを開き、クルベスさんについて書き留めているページに目を落とす。クルベスさんに「別に無理して質問を考えなくてもいいからな」と苦笑されながらも、ふとある事を思いついた。

 

「ちょっと話は変わるんだけど……クルベスさんって俺のことを小さい頃から知ってるんだよね?」
 俺の問いかけにクルベスさんは「あぁ」と頷く。

 先ほどエスタさんも居る時にクルベスさんは俺の事を『物心つく前から見ている』と言っていた。そんな昔から俺のことを知っている彼なら、いま俺が一番気になっている『あの事』について何か知っているかもしれない。

 

「クルベスさんやエディさん以外に、俺が仲良くしている人っている?」

 夢の中で聞いたあの声。俺のことを『ティルジア』と呼ぶあの声の持ち主を知りたい。
 そう思って聞いたのだが……心なしか部屋の中に緊張が走った気がした。

「えっと……また他の人の話を聞きたいってなった時の参考にしたいと思って。クルベスさんなら俺のことをよく知ってるからどんな人と関わりがあったのかも分かるかなー……とか」
 しどろもどろにまるで言い訳をするように嘘の理由を並べ立てる。本当の理由を言うべきなのに、なぜかそれが後ろめたくて探るように「ダメかな……?」とクルベスさんの反応を窺った。クルベスさんはしばらく黙り込んでいたけれど、やがて「そうだな……」と口を開いた。

 

「お前の祖父……サフィオじいさんの事はかなり慕っていたな。でも残念だがもう亡くなってるんだ」
「あ……そっか」
「そう落ち込まなくてもいい。サフィオじいさんの事は俺も多少は関わりがあったから少しぐらい教えられる」
「本当!?」
 身を乗り出した俺にクルベスさんは可笑しそうに笑った。

「あぁ、あとジャルアなら俺よりももっと色々知ってると思うぞ。幼い頃のお前は『じぃじとこういう本を読んだ』とか『こんな遊びをした』って話はジャルアのほうによくしてたからな。今度ジャルアと話す時にはその点も聞いてみるといい。ジャルアにはサフィオじいさんの思い出話もたっぷり用意しておくよう呼びかけておくから。……っと、その前に昼食だな。エスタも呼んでいいか?」
 クルベスさんの提案に「うん」と頷き、電話でエスタさんを呼び出すのを隣で待つ。電話はすぐさま繋がり、その向こうからは『分かりました!すぐそっちに行きますね!』と元気はつらつな声が聞こえてきた。

 今日の昼食もルイと電話をしながらとなりそうだ。ルイも交えたこのメンバーで和気あいあいと昼食を摂る時間も好きなのでもうすでに楽しみだ。今日はどんな話をできるかな。

 そう心を躍らせているとエスタさんとの電話を終えたクルベスさんが「そういえば」とこちらに向き直る。

 

「俺からも一つ聞きたいことがあるんだが聞いていいか?」
「うん、良いよ」
 でも今の俺に答えられることなんてほとんど無いと思うんだけど……と考えながら姿勢を正した。

「俺やエスタのことはそれぞれさん付けで呼んでるだろ。それは分かるんだが……何でルイのことはそのまま『ルイ』って呼んでるんだ?」
 クルベスさんの指摘にはたと気付く。クルベスさんに言われるまで全く気が付かなかった。

「本当だ、なんでだろ……いつの間にかそう呼んでた」
 そう呼ぶのが当たり前のように。何の疑問も抱かず、息を吐くのと同じように自然とその呼称が口から出ていた。
 自分の一人称は何と言っていたのかも分からず、エスタさんに教えてもらって初めて『俺』と言っていたと分かったのに。ルイの事は迷うことなくそう呼んでいた。まるでずっとそう呼んでいたかのように。

「悪い。変なこと聞いた。同い年なのにさん付けで呼ぶ方が変だもんな」
「あ……うん、そうかも。多分そんな感じであんまり深く考えないで呼んでた」
 クルベスさんの声に慌てて顔をあげる。その一方で頭はツキリツキリと痛みを訴えていて。それを気取られぬよう笑顔で取り繕った。

 


 ティジとルイなどの血縁関係の説明は番外編『Teobroma-2 ~マンディアンを摘まみながら~』以来。あの時も「はとこ」って言葉が出て、情報量の多さに当時13歳のエスタさんも大変混乱しておりました。