ティジたちが通う学園の正門前。本日の授業も終わり、友人と談笑しながら歩く者や、何か予定でもあるのか急ぎ足で家路につく学生たちであふれかえっている中。彼らの往来を邪魔してしまわないようにと、少し外れた場所にクルベス・ミリエ・ライアは佇んでいた。
王室専属医師である彼はこんなところでただ意味もなく立っているのではない。彼の甥っ子であるルイのお迎えのために待っているのであった。
懐かしいな。確かレイジもこうして送り迎えをしていた時期があった。本人は恥ずかしがって「とにかく目立つな」とか「もう少し離れて歩け」なんて言ってたか。
そういえばたまたま困っている人を見かけて助けた時があったが、あの後はなぜかレイジの機嫌が凄まじく悪かった。「他の奴にあんな顔みせるな。腹立つ」とかよく分からない事を言われたし。いったい何があの子の癇に障ったのだろう。
それはさておき、今日も大変な一日だった。
昼時に合流した際のエスタは言葉にはしていなかったものの、その視線は「見ましたね?『クルベスさんのことをどう思ってるか』って質問に俺がなんて答えたのか……見ましたね?」と言っていた。
確かどこかの国では『目は口ほどに物を言う』という言葉があるらしいが……まさしくその通りだな。まぁこちらはエスタから切にお願いされた通り普段と変わらない態度を貫き通したが。いやはや、あんな嬉しいことを思ってくれていたとは。何とも可愛らしい奴だ。
だがこのような事でうつつを抜かしているわけにもいかない。また新たな懸念事項が発生した。
ティジから聞かれた「クルベスさんやエディさん以外に、俺が仲良くしている人っている?」という質問だ。
あの質問には虚をつかれた。こちらの動揺を悟られていないだろうか。
まさかリエのことを聞き出そうとしているのではないかと危惧したが、あの子は一言も『大人』や『外部の人間』など特定の人物を絞り込むような言葉は口にしていない。こちらが必要以上に警戒してしまっただけだ。
『もしや本当は記憶が戻っていて、あえてそれを隠しているのではないか』と思い、探りを入れたがあの反応だとその線は無さそうだ。
もう少し踏み込んで聞き出せば本当は記憶が戻っているのか否か確信を持てるのだろう。だがあの子は本当に何も思い出していなくて、むしろこちらが質問したせいで記憶が戻ってしまう可能性だってある。やぶ蛇だ。自ら危ない橋を渡るバカがどこにいる。
一瞬の気の緩みが命取りになるんだ。起きてから後悔したって遅い。油断するな。気を引き締めろ。これまでだってずっとそうしてきただろうが。
眉間に力が入っている気がする。ルイにこんな顔を見せたらきっと余計な心配を掛けてしまう。せめて自分と一緒にいる時ぐらいは心穏やかに過ごさせてあげなければ。
入念に眉間のシワをほぐし「これでひとまず大丈夫だろう」と顔を上げると、待ち人の姿を見つけた。
今朝、無事に学校まで送り届け、昼頃にも電話越しに言葉を交わした――クルベスの甥っ子のルイである。伯父の贔屓目を抜きにしてもえらく整ったその顔はクルベスの存在に気がつくと小走りで駆け寄ってきた。
「学校お疲れ様。今日はどうだった?」
「いつも通り。特に何事もなく」
ルイの淡々とした返事にクルベスは「そうか」と頷きながらゆったりと歩き出す。ルイと自分は身長差があるため当然歩幅も異なる。平均身長をゆうに上回る長身を有するクルベスは身長差を考慮して歩幅を緩めることなど造作もない。もうすっかり慣れたものだ。
「このあと急ぎの用事とかはあるか?」
「いや、無いけど……」
なら良かった、とホッとした表情のクルベスにルイは首を傾げる。クルベスの方からこんな事を聞くなど珍しい。この場に彼の旧友のエディが居れば「明日は槍でも降るかー?」と茶化すことだろう。
「少し寄り道していってもいいか?向こうに戻る前に話しておきたい事があるんだ」
「――……というわけで、近いうちにティジと二人きりで話してもらう機会ができた」
ティジから『皆のことをもっと知るために話し合いたい』という希望があったことをルイにも共有した。当然こんな事は歩きながらで話せる内容でもないため公園に立ち寄りベンチに腰を落ち着けたというわけだ。
「いちおうジャルアとサクラのほうと先に話すようにはしたんだが……それでもお前の順番が回ってくるのはそう遠くない。念のためそういう心づもりはしておいてくれ」
クルベスの言葉には『ティジを目の前にした時に下手な事を言って、事件の記憶を思い出させてしまうことのないようにしてくれ』という意味合いが含まれていた。
「まぁ今日聞かれた感じだと、好物とか趣味とかそういう普通の質問と……少し変わった質問が二、三個ってところだな」
ルイは「少し変わった……」とクルベスの言葉を復唱し、しばし思案する。やがて何か思いついたのか「それって例えば」と声を紡いだ。
「神様を信じているか、とか?」
突然ルイの口から飛び出してきた怪しげな発言にクルベスは硬直する。その一瞬の硬直の間に彼の脳内では『慢性的なストレスによる精神疲労』『極度の不安から非現実的な存在に救いを求める状態』『カウンセリング』『心療内科』という文言が飛び交う。
だが『いや、決めつけるのはまだ早い。ルイが怪しげな宗教にはまってるとかそういうのじゃなくて……ただ何となく言っただけの可能性だってあるだろ。うん、きっとそうだ。お願いだからそうであってくれ』と自分に言い聞かせながら、無理やり笑顔を作った。
「ごめんな、こっちの言い方が悪かった。そういう奇をてらった物じゃなくて、聞く相手によって質問内容を変えてるってことだよ」
クルベスは質問の例として自分が聞かれた『高身長ゆえの悩み』やエスタが聞かれた『衛兵に就いてからあった印象的な出来事』といったものを挙げる。その説明にルイは「なるほど。そういう事か」と頷いた。
「ところでー……さっきの質問さ、ルイがそういう話題を出すのって珍しいな。……もしかして学校の課題とか関係してるのか?」
ルイの健全な成長を願う立場として先ほどの質問は捨て置くことはできない。もしも、万が一、クルベスが懸念しているように怪しい宗教やら勧誘やらの影が見えたら全力で説得しなければ。
だがクルベスの不安は杞憂だったらしく、ルイは「つい最近、同級生のシン・パドラから『交流を深めたい』という理由でそんな質問をされた」と話した。
「そのシンって子、何というか随分と変わった……いや、独創的な考え方をするんだな」
「あぁ、変な奴。本人にも言ったけど『そんな事ないと思う』って言われた」
クルベスはあえて明言を避けたのだがルイは冷めた声ではっきり言い放つ。つくづく思うが散々な言われようである。
「まぁ流石にティジがそんな質問をすることは無いと思うぞ。……たぶん」
自分で言っておいて何だが『絶対ない』という自信が持てない。あのティジだ。ましてや今は記憶が無い状態なのでどのような行動をするのか予測することが難しい。……念のためジャルアやサクラにも『もしかしたら奇想天外な質問が来るかもしれない』と一言注意しておくか。
ふと公園に設置されている時計台に目を遣る。どうやら話し込んでしまっていたようでいつの間にか結構時間が経っていた。今回の件が起きてからルイとこうして落ち着いて話をするのは実に久しぶりの事だったがそろそろ帰り支度をしなければ。このままダラダラと長居していたらエスタから安否確認の電話が掛かってきかねない。
「ひとまずぼちぼち帰るとするか。授業で必要な物とかは無いか?伯父さんが何でも買ってあげちゃうぞー?」
「いや、特に無いから大丈夫」
ベンチからすくりと立ち上がったルイにクルベスは「そうか。じゃあこのまままっすぐ帰るか」と微笑む。
ティジの話題をした直後であるため城……正しくはティジの元に戻る前に緊張を解きほぐしてあげようと思い、あえてふざけた調子で言ったのだが、ルイに普通に返されてしまった。
エディやエスタならばこの状況からでも上手い返しを出来るのかもしれないが、残念ながら自分はそのような方面の話題や話術は持ち合わせていない。……やはり慣れないことはするべきじゃないな。
学校のお迎えについて。レイジは大層恥ずかしがってクルベスさんを見かけても他人のふりとか凄まじい早足で帰ろうとしていた。
一方でルイはそんな様子もなく、むしろクルベスさんの姿を見つけたら心なしか少し弾んだ足取りで駆け寄る。
なお、ルイ本人は自分がそんな仕草をしてしまっている自覚は無し。無意識のうちにピョコピョコと子ウサギを彷彿とさせる様子で駆け寄る。