27.継ぎ合わせのページ-5

 クルベスがルイを迎えに行った後。しばらくしてクルベスから「もうすぐ帰る」という旨の連絡を受けたエスタは「折角だから弟くんたちを出迎えちゃおっか」とティジに提案する。その提案に二つ返事で頷いたティジはエスタに連れられて王宮内の通路を歩いていた。

「そういえばクルベスさんとのお話はどうだった?いろいろ聞けた?」
 エスタの問いかけに隣を歩くティジは「うん。面白い話がたくさん聞けたよ」と頷く。聞けば何でも快く答えてくれて、情報量に頭がパンクしてしまわないように適宜「ここまでで分からないことはあるか?」と確認も入れてくれた。

『クルベスさんのおかげでノートの中身もかなり充実してきたな』とティジが満足気にノートを見つめる一方で、エスタも揃ってノートを見遣る。その心情は『クルベスさん、やっぱり俺のところも見ただろうなぁ……見られちゃっただろうなぁ……うっわ、思い出したら恥ずかしくなってきた』といった具合だが。

 あまりにも視線を注ぎすぎてしまったのかティジは不意に顔をあげて、エスタの目線の先を辿るように再びノートに顔を向ける。やがて「もしや」と気付いたティジはノートを軽く持ち上げて見せた。

 

「クルベスさんがね、クルベスさんのところに関してはエスタさんも読んでいいよって言ってたよ。『読む前に許可とか取らなくていいから遠慮せず読め』って。自分だけエスタさんのところを読んでるのは不公平だから、とか」
「えっ、そうなの?そんなこと気にしなくて良いのにそういうことも考えちゃうのってクルベスさんらしいな。……いや、でもやっぱりクルベスさんのことはクルベスさんから直接聞こうかな。もしかしたらそのほうが面白い話もいっぱい聞けたりするかもしれないし」
 確かにティジがクルベスにどんな事を聞いて、そして何と答えたのか気にならないと言ったら嘘になる。だがそれを人づてならぬノートづてに知るよりもクルベス本人と談笑しながら聞くほうが楽しいに決まっている。
 もういっそのこと『自分がクルベスに対してどう思ってるか』に対する回答も面と向かって直接言ってしまおうではないか。下手にウダウダと恥ずかしがっているよりも本人に直接スパッと言ってしまったほうが……いや、やっぱりやめておこう。さすがに羞恥心が勝つ。

 エスタは脳内で『うんうん、そうしよう。変に早まるな、俺。もう少し冷静になって行動することをだな……』と自分を諭す。
 そんな二人の前方から一人の男性が歩いてくる。クルベスよりも高齢に見える男性はティジを見るなり「おや?」と足を止めた。

 

「これはご子息殿。近頃体調を崩されたと伺っていたが本日はお加減もよろしいのですかな」
「えっ、あ……えっと……」
 突然挨拶をしてきたご老人に全く見覚えがなく言葉を詰まらせるティジ。その内容からして相手は自分のことを見知っているようだが、こちらは記憶が無い。
『たぶんこの人は俺が記憶喪失だって知らない……よね?だとしたら『どなたですか』なんて絶対聞けないし……どうしよう、何て返事したらいい……!?』と焦るティジの前にズイッと人影が割り込んだ。

「これはこれは元老院のお方様。おっしゃる通り、今日はティジ君の体調も比較的優れておりますのでこうして運動がてら少し歩いてたんです。ところでティジ君に何かご用でしょうか?恐れ入りますがこのあとも予定がありますのでご用件があるのなら手短にお願いできます?」
 元老院のご老人とティジの間に割り入るように一歩踏み込んだエスタ。彼の助け舟にティジは安堵するが元老院のご老人は「ほぅ、そうですか。この後はどのようなご予定で?」と立ち去る気配もない。

 元老院の面々は常日頃からクルベスならびにルイを非常に冷たく扱っている。クルベスは現国王ジャルアと、ルイは次期国王であるティジと親しい関係にあるからだろうか。『王位継承に関わりのない部外者風情が思い上がるな』とでも言うかのように二人を邪険にしている。
 そんな連中などエスタからすれば到底信用できない輩なのである。本音を言えば「あっちいけ、ぺっぺっ」と塩を撒いてやりたいぐらいだ。

 エスタと元老院。互いに牽制し合い、一歩も譲らない様子にティジが『気のせいかな。エスタさんと元老院のお爺さんの間に不穏な空気が流れているような……』と恐々と見守っていると。

 

「ご歓談中のところ申し訳ないが」
 背後からこれまた別の声。

「ここは人の往来もあるので立ち話はご遠慮願いたい。失礼を承知で申し上げるがこれ以上話が長引くようであれば場所を移していただけないだろうか」
「げっ、上官」
 口を滑らせたエスタを上官は「『げっ』とは何だコラ」とギロリと睨みつける。

「そうだったか、それは失礼。いや、偶然見かけたものでお声がけをしたのですが、確かにここで立ち話はいささか軽率な行動でしたな。ご指摘感謝する。では大変恐縮ですが私も次の予定がありますので失礼させていただきます」
 そう言うと元老院のご老人は「お元気な姿が見られて一安心しました。それでは、また」と会釈をしてその場をあとにした。

 

 元老院のご老人の姿が段々と遠ざかっていく。やがて『もう戻ってくる様子はないだろう』と判断すると上官は低い声で呟いた。

「言葉遣い、態度。嫌悪感が滲み出てるぞ。隠すならもう少し上手く隠せ、問題児」
「うぇ、マジですか……向こうに気づかれちゃったかな……」
「相手方もお前に似たような態度だったからわざわざ指摘されることは無いだろ」
 お互い様ってことだ、と告げる上官にエスタは「薄々分かってたけどやっぱりそうかぁ……」と複雑な顔でぼやく。

「エスタさん、今の人って誰?」
「あぁ、ティジ君にはまだ話してなかったっけ。この国には国王様、ティジ君のお父さんと一緒に国の事を色々決めたりする『元老院』っていう役割をしてる人たちがいるんだ。で、いま会った人はそのうちの一人。ティジ君とはこれまでもほとんど関わることは無かったから、さっきみたいに話しかけられても適当にかわしてさっさと退散、で良いよ。面倒事は避けるのが一番」
「問題児ぃ……?」
 声を凄ませる上官にエスタは飛び上がって弁明する。

「いや、だってそうじゃないですか……!少なくとも!今は!ね!?色々とややこしいことになったら大変だからそうなる前に逃げるが勝ちですよ!」
「だとしても言い方を考えろ。お前はご子息よりも年上だろうが。ご子息にとって身近な大人の一人であることを意識して、もう少し大人の手本となるような振る舞いをだな……」
「お、こんなところで会うとは偶然だな」
 上官がくどくどと説教をしていると、ちょうど帰ってきたクルベスがティジたちの姿を見つけ「何してるんだ?」と声をかける。もちろんルイも一緒だ。

「二人ともおかえりぃ!そして良いところに来てくださいました……!」
 ワッと駆け出したエスタはクルベスの懐に逃げ込み、先程あった出来事をざっくばらんに説明した。

 

「――……ってことがあり、上官からご指導いただいていたというわけで。クルベスさんだったらそこのところ上手に振る舞えるんでしょうね。……って顔ぉ!あからさまに嫌そうな顔してますね……!?」
 あらためてクルベスの顔を見上げるとその表情は不快感を露わにしていた。エスタに指摘されてササっと直したが。
 そんなクルベスの様子にエスタは『あれ、そういえば以前クルベスさんに元老院について聞いた時も似たような顔してた記憶が……』とぼんやりと思い出す。確かあれは学園祭前のことだったか。
 何はともあれ元老院の話題をするだけでこの反応。クルベスも元老院の事を相当嫌っているのは火を見るより明らかだ。

「上官ー!クルベスさんももれなくこんな顔してますよー!これってご指導の対象じゃないですかー!?」
 鬼の首を取ったように、というよりは「ほら見てください、クルベスさんも俺と同じ!」と『仲間ができた!』と言わんばかりに目を輝かせて上官に指し示す。なおクルベスに「人を指ささないの」と注意されたので手はすぐに下ろした。

「表情だけなら問題無いだろ。ましてや相手方の前でしてるわけじゃあるまいし。だが問題児。お前はそれだけじゃないだろうが。よって今後はその方面もみっっちり教育してやる。覚悟しとけよ」
「そんなぁ……!上官、クルベスさんには謎に甘くないですか……!?」
 愕然とするエスタに上官は「そんな事はない」と冷たくあしらった。

 


 エスタさんが誰かを嫌うのは相当のこと。同じくクルベスがそうなるのも。嫌う理由は第三章(12)『多事多端-4』でクルベスさんが語った内容と、クルベスとルイに対する普段の態度で十分。

 これに加えてクルベスさんが元老院を嫌うのは第一章(13)『その後』の回想(ジャルアと元老院の会合)での出来事も非常に深く関わってる。この時クルベスさんは、記憶が戻ってしまったティジの対処について元老院が「今後は外部との交流も断って、城の中に軟禁しておこう」という判断を即座に出しているところを目の当たりにしている。
 この事からティジにも極力近づかせたくない。そういうわけで「元老院の連中はもれなく全員嫌い。どっか行け」という感じ。

 そして元老院がエスタさんを良く思ってない点について。エスタさんは誰が見ても分かる通りルイやクルベスさんの事を慕っているので、元老院の面々からすると「こいつもそっち側か。じゃあお前も嫌い」って具合。