28.継ぎ合わせのページ-6

 ティジが『皆のことをもっと知るために話し合いたい』という提案をしてから数日が経った、ある日の昼下がり。
 もうすっかり日課となっているエスタらとの電話を終えたルイは、少し早めに教室に戻ってきていた。昼休みはまだ終わっていないのだが、だからといって図書室で調べ物が出来るような時間は残っていない。ルイはこの中途半端に空いてしまった時間を有効活用すべく、ひとまず手近な席に座るとノートを開いた。

 ティジが『皆のことをもっと知るために話し合いたい』と言っている件について聞いたのが先週。そして今日、彼の父であるジャルアと妹のサクラがティジと話し合いをする予定だ。つまりそれが終われば次はいよいよもって自分の番なのである。
 クルベスらが気を遣って自分の番は最後に回してくれたのだが、一番最後というのはいささか緊張してしまう。だからといって先に順番を回されてもそれはそれで緊張しないわけではないが。

 

 何にせよ、クルベスから事前に教えてもらったのだから全くの無策でティジとの話し合いに臨むのは愚策もいいところ。そう考えたルイはクルベスからこの件を聞かされてから今日まで、朝の授業前や就寝前の空いた時間に自分のプロフィールや想定される質問などをノートに書き連ねて準備を整えているのだ。
 が……実を言うと昨日から完全に行き詰まっている。他に言い表しようのないほどにどん詰まり状態となっているのであった。

 思い返せばこれまでの人生において他人に自己紹介する機会はほとんど無かった。
 中等部はレイジによってティジの母親が殺められた件を踏まえて安全上の理由から学校には通っていない。また、高等部に入学した際には他の学生と交流を深める前に休学する事となった。それに加えて王宮という見知った者ばかりで形成されている環境に身を置き続けていたので日常生活においても他人に自己紹介をした経験が全く無い。
 初等部に入学した時などは同級生に自己紹介をした事もあったと思うが、それも遠い過去の記憶なのであまり参考にもならない。というより全く覚えていない。

 ましてやこちらは相手の……ティジのことを知っているのに、向こうは全く覚えていないという特殊な状況。それに加えて十一年前の事件の件について触れないよう、思い出してしまうことのないよう細心の注意を払って受け答えをしなければいけないのだ。

 いったい何に気を付ければいいのか。自分はどのような振る舞いをするのが正解なのか。ティジとの思い出話はどこまで話しても問題ないのか。兄の話題は出さないほうがいいのか。
 ひとつ考え始めれば次々と心配事や懸念点がわいて出てきてにっちもさっちもいかない状況となっているのである。

 

「調べ物の次は自分のプロフィールを書いてるの?随分と面白そうなことをしてるね」
 呼んでないのにやって来た。だがこいつはそういう奴だ。そういう奴ことシン・パドラはルイのため息が悩みから気だるさに変わった事には触れず、無遠慮にノートを覗きこむ。ルイはすぐさまノートを閉じて睨みを利かせるもシンの目は楽しげに細められたままだ。

「騎士君、意外と軽いんだね。まぁそんなもんか。見た感じ筋骨隆々ってタイプじゃないし」
「触んな」
 上腕に触れてきたシンの手を払い落とす。確かにクルベスのように体格が優れているわけではないので相対的に体重も幾分か軽くなる。だからといって全く筋肉が無いわけではない。
 というか今の一瞬でどこまで見てるんだ。勝手に人のノートを覗くことに良心の呵責は起きないのか?いや、こいつにそういうことを期待するだけ無駄か。

「じゃあ俺も手伝ってあげるよ。やっぱり王道に好きな物とか書くのはどう?」
「お前はそれが分からなかったから『苦手な物を当ててやろう』ってトンチンカンな発想してたよな」
 ルイに冷めた目を向けられるがシンは「でもあれはあれで楽しいひとときを過ごせたじゃん」とあっけらかんと言ってのける。やはりと言うべきか全くもって反省していない。一向に改善する様子もないシンの態度に辟易していたが、そんなルイの頭にふと妙案が思い浮かぶ。

 

「じゃあ当ててみろよ。俺の好きな物」
 シンによる『好きな物が分からないから苦手な物を当てよう』などという愚考もといあのふざけた出来事から半月以上経っている。これまで散々やられた仕返しだ。今日はこっちから仕掛けてやる。

「あの時はパッと思いつかなかったって言ってたよな。まさかあれから何も考えてなかったのか?」
 我ながら子どもっぽいとは思うが普段とは立場が逆転したことが嬉しいやら楽しいやらで声が弾んでしまう。そんな自分にシンは「騎士君、何だか楽しそうだね」と茶化しながらも考える素振りを見せた。
 こちらをジッと見つめるシン。その視線はまるで心の中まで見透かすようで。第三者から見ると睨み合いをしているようにも見えかねない妙な沈黙の後、シンは目を細めてその口を開いた。

 

「騎士君の好きな物ってクマのぬいぐるみでしょ?」
「な……っ」
 まさか一発で言い当てられるとは思ってもみなかった。しかも奴は目を見ていただけで、俺が好きな物が何なのか探るような質問は一切していない。『こいつ、心でも読めるのか……!?』と驚愕しているルイにシンは堪らずといった様子で吹き出した。

「騎士君ってば相変わらず分かりやすいねー。さっき声を掛ける前にカバンからクマのぬいぐるみがちょっと見えたんだよ。もしかしてそうかなって思って言ったんだけど……へぇー、本当に好きなんだ」
 そこまで言われてルイはようやくシンが鎌をかけたのだと分かった。こんな罠にまんまと引っかかってしまった自分の愚かさと、一貫してこちらをバカにするようなシンの態度に苛立ちが募る。

 シンの言う通り、ルイのカバンの中にはクマのぬいぐるみが入っている。学園祭の時にエスタから貰ったクマのマスコットキーホルダーだ。
 ルイがニィスらに攫われた際に落とし、エスタがそれを見つけたおかげで異変に気付くことが出来た、並々ならぬ思い出がある品物である。その功績に加えて、エスタが自分に贈ってくれた物という事もあってルイはお守りのように持ち歩いているのであった。

 

「じゃあ俺もやっちゃおうっと。好きな物だと騎士君には難しいだろうからもう少し簡単にしてあげようかな。じゃあ少し範囲を絞って……『好きな食べ物』にしよっか。騎士君、俺の好きな食べ物は何だと思う?」
 シンは頬杖をついてニヤニヤとルイを見つめる。ルイは『いちいち腹が立つ言い方にしないと気が済まないのか』という言葉が喉まで出かけたが、グッと飲み込んでシンの茶番に付き合うことにした。

「フレンチトースト」
「この間、一緒に食堂に行った時に食べたね。でも残念、不正解」
「パンケーキ」
「違いまーす。ずいぶん可愛い物を挙げるね。騎士君の好きな物じゃなくて俺の好きな物を答えるんだよ?」
「プリン」
「それもハズレ。そういえばパンケーキとプリンって学園祭の時に出してたっけ。準備の時に味見で食べたから挙げたのかな?考え方が単純だね」
「……正解は」
「もうギブアップかぁ。なるべく易しくしたつもりだけど騎士君にはこれでも難しかったかな?」
 余計な一言と鼻につく態度はどうにかならないのだろうか。だがここで怒りを露わにすればシンは面白がってこちらをからかってくるに違いない。ルイは『落ち着け、俺。ここでキレたらこいつの思う壺だ。ひとまず、いったん、冷静になれ』と自分に言い聞かせて何とか堪える。なお、その顔は引きつっていた。

 

「正解はー……特別好きって物は無いよ。嫌いな物も無いけどね。何でもいけちゃう」
「クイズとして破綻してんじゃねぇか」
「騎士君は俺がどういう物が好きそうに見えるか気になったんだ」
 食べ物はさておき、シンの好きな事が分かった。断言できる。こいつは人をおちょくる事が好きだ。
 あっけらかんと笑うシンとそんな彼に冷徹な目を向けるルイ。そんな彼らを内包する昼休みの教室に予鈴が鳴り響いた。

「おっと、もうそんな時間か。残念だけど楽しいお喋りの時間もここまでだ。それじゃあ、この調子で午後の授業も頑張ろうね」
「楽しんでるのはお前だけだろ。あと授業中にふざけてくるのもいい加減やめろ」
「そんなこと言いつつも毎回ちゃんと反応してくれるよね。実は騎士君も楽しんでたり?」
 ほざけ。どの口が言う。俺が無視しようがお構いなしにしつこく絡んでくるから反応せざるを得ないんだろうが。しかも毎回手を変え品を変え、あらゆる手法でちょっかいをかけてくるし。毎日毎日よくもまぁ飽きもせず続けるものだ。

 


 第五章(6)『境目-1』にてルイの苦手な物を見事に的中させたシン君ですが、それを使って反応を楽しんだりはしていない模様。「不必要に脅かして嫌われちゃったらイヤだからねー」とのこと。
 まぁ現時点でルイから非常に邪険にされているのは分かっているけども、流石に接触すら拒否されるのは避けたいようです。