「それで、どうだった?お話し合いは」
隣を並び歩くエスタさんがこちらに問いかける。
「色々な話が出来たよ。最初のほうは緊張したけど、話しているうちに落ち着いてきて楽しくお話できた……かな?」
言い切る直前に『もしかしたら自分がそう思ってるだけかも』という考えがよぎり、消極的な言葉を付け足す。そんな不安な気持ちを押し隠してチラリとルイの顔を窺うと彼は「えぇ」と頷いた。
「俺について色々話せましたよ。誕生日とか好きな物、苦手な物、休日は何をしてるか、とか。……エスタさんを心配させるような事は何もなく、つつがなく万事良好に進みました」
言葉の合間に妙な間を挟んだルイは最後に少々ぶっきらぼうな言い方で呟いた。心なしか拗ねているような印象を受ける。
もしやエスタさんにした質問――『エスタさんにとってルイはどういう人?』への回答を意識しているのだろうか。確かエスタさんは『少し天然なところがあって、そこは色々と心配になる。何だか放っておけない』って答えてくれたっけ。それと『ギュッてしたくなる』とか。
ルイとしてはエスタさんからそのような印象を持たれていることに不満があるようだ。必要以上に子ども扱いされている、と少々むくれている。
でもエスタさんはルイのつんけんとした態度を指摘することなく「そっか。仲良く話せたなら良かった」と微笑んだ。
「その様子ならクルベスさんからの宿題も大丈夫そうかな。ほら、『今日のおやつは二人の一番好きなお菓子を用意してるよ』ってやつ」
「うん。俺はチョコレートが好きで、ルイはクッキー、その中でもシンプルなクッキーが好き!」
「良いね、答え合わせが楽しみ。……おっと、ウワサをすればクルベスさんからお電話だ。ちょっと待ってて」
ニコニコと朗らかな笑顔を浮かべていたエスタさんはそう言うと、俺たちから少し離れた場所に移動してから電話を取った。電話だから通話相手には見えないのにエスタさんはその都度驚いたり頷いたり、身振り手振りがとても賑やかだ。エスタさんらしいというか見ていて飽きない。
そんなことを考えながら待っていると通話を終えたエスタさんが「お待たせー」と戻ってきた。
「クルベスさん、急なお仕事が入ったからおやつは一時間後にしてほしいって。時々忘れそうになるけれどクルベスさんってお医者さんだから結構大変なんだろうね。でもどうしよっか。少し時間が空いちゃったけど……ティジ君は何かしたい事はある?」
エスタさんは「お城の探検とか?もう一通り回ったけど」とこちらの意見を伺う。それに「うーん……」と頭を捻ること少々。やがてフワリとある案が浮かんできた。
「それなら……もう少しだけ話がしたいな。さっきルイとしたお話みたいな」
突然話題に挙げられたルイは意表を突かれた様子で「え、俺?」と声をあげる。そんなルイに俺は「うん」と頷いた。
「さっきの話し合い、楽しかったんだ。昔の話……休日は俺と一緒に過ごしてたとか、俺のお気に入りの場所とか。まだ思い出せないけれど……でもルイの話を聞いてたら『そうだったのかな』って思えた。それで……そういう話をもっと聞きたい……聞けたら嬉しいなと思って」
勇気を振り絞って言葉にしてみたものの、やはりこれはおこがましい要望だったかもしれない。緊張で震える手をルイたちに気付かれてしまわないように小さく握る。
こんなお願いなんて彼らを困らせてしまうだけだ。やっぱり今からでも「お城の探検がいい」と言おう。
そう考え直して口を開くが、言葉を発する前にエスタさんが自分の手を取った。
「いいんじゃないかな。ティジ君がそう思ったのはつまり、ティジ君自身が弟くんとお話していて楽しかったってことでしょ?それなら遠慮なんかしないで、ティジ君がしたいと思ったことをどんどんやってみようよ!」
「え……でも……」
気後れする自分にエスタさんは「良いって良いって!」と元気はつらつに返す。
「ティジ君が遠慮する事なんて何もないんだから!ティジ君のしたいことなら俺たち何だって協力……あ、弟くんに何も聞いてなかった。ごめん弟くん、今更で本当に申し訳ないけど弟くんは大丈夫かな……?もし色々と難しければ俺が知ってる限りのティジ君との思い出話を何とかして絞り出すから……」
「いや、そこまでしてもらわなくても……俺は大丈夫です。俺の話で何かの助けになるなら俺としても嬉しいし。……エスタさん?どうしたんです?」
ルイの呼びかけに促されるようにエスタさんへと顔を向けると、エスタさんは胸のあたりを押さえて「ウグゥ……っ!」と呻いていた。
「良い子すぎる……っ、弟くんが良い子すぎて何かもう……胸がギュッとなっちゃう……なんて良い子なの……っ」
「はぁ……」
その場にうずくまって悶絶するエスタさんにルイは呆れた表情を見せる。心配するでもないルイの様子から考えるに、ルイはエスタさんのこのような様子は何度か見た事があるのかもしれない。それからしばらく悶えていたエスタさんは、やがて大きく息を吐くとすくりと立ち上がった。
「……みっともないところを見せてごめん。とりあえずこれからどうするかだね。弟くんとのお話が楽しかったって事なら俺はまた席を外したほうがいいかな?」
「ううん、エスタさんも一緒で大丈夫だよ。それにさっき言ってた、エスタさんのほうで覚えている俺との思い出話も気になるから、そっちも色々聞いてみたいな」
俺のお願いにエスタさんは「よしキタ!」と拳をグッと握る。
「そういうことなら是非とも喜んで!なんだってお話するよ!そうだ、折角なら思い出の場所をゆっくり回りながらお話しない?ここで立ち話するよりも実際にその場所に行ってみたほうが実感も湧きやすいだろうし、そっちの方が楽しいんじゃないかなって。どうかな?」
「そうだね、確かに楽しそう。それじゃあお言葉に甘えてお願いしようかな」
「任せて!それなら早速、いっちょ行ってみようか!」
エスタさんの張り切り様に俺が思わず笑みをこぼすとそれにつられたのかルイも困ったように笑う。
思い返すと俺はエスタさんやルイ、クルベスさんたち、たくさんの人たちに助けられてばっかりだ。記憶を失くした人間の相手なんて心労が絶えないだろうに嫌な顔する事なく関わってくれて、ここ最近の話し合いだって、みんなは俺の質問に親身に答えてくれた。彼らには感謝してもしきれない。
みんなのおかげで俺は――……
その時、脳裏にとある光景がよぎる。
うららかな陽光が降り注ぐベンチで『誰か』と話をしている自分。目の前の『誰か』の顔は何故かぼやけてよく思い出せない……だけどその『誰か』はとても優しい表情をしていたことは覚えている。
こんな自分に面倒な顔する事なく関わってくれて。自分の知らない話をいっぱいしてくれて。たくさん質問をしても全部答えてくれた。
その人のおかげで自分は信じてみようと思えたんだ。
外の人たちを。
怖かった外の世界を。
もう一度、信じてみようと。
それなのに。
……それなのに?
目の前の『誰か』はこちらへ手を伸ばす。自分の白い髪をすくように撫で、まるで割れ物を扱うかのように頬を触れる。自分よりも大きい手。その手のあたたかさに顔を綻ばせると、『誰か』も穏やかに微笑んで口を開いた。
――ティルジア。
「ほらほら二人とも!迷子にならないようしっかりついて来て!」
エスタさんの急かす声。その声に意識を引き戻され、慌ててその背中を追う。
久しぶりにあの声を聞いた。
自分の名前を呼ぶ誰かの声。
あの不可思議な夢の中で、この日々を過ごしていて度々聞こえていた誰かの声。
その声の主が誰なのか、自分は未だ思い出せていない。
クルベスさんが用意しているおやつについて。今回はティジとルイのお話し合いの日だったのでクルベスさんは『ティジとルイの一番好きなお菓子を用意してるぞ』と言いました。でもそれだけじゃなくエスタさんの分のお菓子もばっちりしっかり用意しています。抜け目のない人だぞ、クルベスさん。