おとぎ話は雪解けと共に - 1/2

「なぁ、もしも『童話を模した劇をやるぞー』ってなったら何やる?」
「……なんだ、藪から棒に」
 エスタの問いかけにレイジは顔を上げた。ちなみに今日も今日とてレイジの部屋での勉強会だ。3月というまだ肌寒くはあるものの春の陽気を感じられる時期のため少し気を抜くと眠気に見舞われそうだった。

「なんかさー、初等部で一緒だった友達が学園祭で劇やったんだって。どっかの国の童話で確か……働き者のアリと怠け者のキリギリスの話?」
 そもそも中等部でやる内容なのか、というのはさておき結構楽しかったと話していた。
 なんかかなりアレンジを利かせた話にしたようだ。最終的には『この森を統べる種族は誰か』というバトルロワイヤル物になったらしい。元のお話を詳しくは知らないが……そんな混沌とした内容でないことは俺にだって分かる。最後はどうなったんだろう。妙に気になる。
「それ童話じゃなくて寓話だぞ」
「ん?なんか違うの?」
 先ほどから頭を悩ませている問題集から視線を外し『なんだっけ……たしかに打ち倒したと思ってたアリが再び起きあがり、何故かキリギリスを庇って深手を負ったとか……で、確かアリにはキリギリスとは昔から抱えている、とある理由のせいであえて突き放した態度をとっていたって言ってたな』と嬉々として語られた内容を思い出そうとしていたら、レイジに指摘に思考を引き戻される。頬杖をつきながら『まぁ今度会えたときにでも聞けばいいか』と心の中で呟き、レイジに先を続けるよう促す。

「童話は子ども向けの物語。寓話は子どもだけじゃなく大人も読める教訓とか風刺が効いたやつ」
「分かったような……分からないような……」
「まぁ認識がごっちゃになりがちだからな。てかこんな話してるより目の前の問題を解け」
 レイジはそう言うと無慈悲にも添削用の赤ペンで問題集を指す。
「いや、ずっと集中するのって大変なんだぞ?ちょっとした休憩ぐらい挟んでもいいじゃんかー」
 完全に集中力を切らした俺を見て「……少しだけだぞ」と諦めた様子で参考書を閉じた。

 

「でさー、もし何か劇やるとしたらレイジは何がしたい?」
「それそんなに気になることか?」
 俺の回答を添削しようとするのを手で制する。休憩の時ぐらいゆっくり休めばいいのに。いや『勉強みてくれ』って言ったのは俺のほうだけど。
「だってお前が劇やるのって全然想像できないもん。あとおとぎ話とかあんまり読まなさそうで何選ぶのかなーって」
 そう言うとレイジは「失礼な」と不愉快そうに眉間にシワを寄せる。でも劇って大勢の人と協力して一つの作品を作りあげる物だし、演技をする姿も想像つかない。とんでもないカタコトの演技になるのか、はたまた役に入り込むタイプなのか。どちらでもない微妙な演技だったとしてもそれはそれで面白い。
「なぁ、一個だけでいいから何か挙げてみろよー」
 何を言っても引かなさそうな俺の様子にレイジは「……仕方ないな」と呟き、真剣に考え始める。もうちょっと軽い感じで考えればいいのに。あとわざわざ『仕方ないな』って言う必要ある?

 余裕で主役に抜擢されそうな整った顔を眺めていると「一ついいか」と聞かれる。
「なになに?白雪姫とかやりたいってんなら女装とかしてもいいと思うぞ」
「そうか、勉強会はこれっきりだな」
「待ってください!ごめんなさい調子のりました!反省してるんでこれからもよろしくお願いします……っ!」
 じゃあ後は自分で頑張れよ、とテーブルの上を片付け始めたレイジを慌てて引き止める。後生ですから、とすがり付く俺の手を払い落とし「次はねぇぞ」と凍てつくような眼差しを向けられる。
 でも綺麗な顔してるから結構良い感じになると思うんだけどなぁ……そんなこと言ったら手にしたままの(まぁまぁ厚さのある)参考書で殴られかねないのでお口チャックだ。
「それで何をお聞きしたいの……?何でも聞いて……」
 あとお願いだから見捨てないで……という必死の懇願に触れることなく口を開いた。
「……ルイは一緒にできるか」
「へ?なんで?」
 なぜ弟くんの名前が出るのか理解できず間の抜けた声が出る。対してレイジは真剣な表情だ。いや、お前が冗談言うタイプじゃないのは重々承知だけど。

「やるならルイと一緒にやりたい。それなら考える……俺とお前がやって、ルイだけ仲間外れは嫌だ」
「あっ、そう……」
 そうなるとできる物はかなり限られてしまうが、そんなこと考えてないのだろう。弟くんを第一に考えてる奴だし。ていうか俺は何も言ってないのに、いつの間にか俺も一緒にやる方向で話が進んでいるのには触れないほうがいいのか。……よし、スルーしよう。余計に話がこじれかねない。
「別に好きにしていいんじゃないかな……それなら小さい子でもできるものか。レイジはこれがしたいってやつはある?」
「特に無い」
 躊躇うことなく言い放つ。おいおい、お前が弟くんも入れたいって言い出したんだろ。なら一個ぐらいは案を出せ。いや、もしかしたら本当におとぎ話を知らないだけかもしれないな。それなら俺からいくつか提案してみるか。

「じゃあ有名なやつとか……例えば赤ずきん?」
「ルイが狼に襲われるなんて、そんなひどいことさせられるわけないだろ」
 さも当然のように却下される。あとなんで弟くんが主役前提なの?
「じゃあ弟くんが狼で……レイジが赤ずきんとか」
「なんでルイが主役じゃないんだ?」
 曇りなき目でこっちを見るな。もうやだ、何このブラコン。
「じゃあ別のやつにするか!あれだ、えーっと……眠り姫はどうだ!?」
「却下。魔女に呪いをかけられるし糸車の針で指先を刺す描写がある。役やるどころか聞いただけでルイが泣きかねない」
 弟くんそんなに弱くないと思うけどなぁ……っ!あと『弟くんが主役』という条件は一切譲る気がなさそうだ。

「ヘンゼルとグレーテルは!これなら弟くんとお前、一緒に出られるぞ!」
 原作と年齢設定が全く異なってしまうが、これなら比較的一緒に出られる。お菓子の家なんていうメルヘンな物もあるしこれならイケるだろ、と提案するも。
「論外。冒頭の親に捨てられる描写。子どもを殺して食べるという魔女に監禁されることに加えて極めつけに魔女を釜で焼き殺す、なんてできるわけない」
 忘れてた。あれ結構エグい表現のオンパレードだったわ……!てかレイジさん、意外と童話知ってるんですねぇ……!
「それなら……不思議の国のアリス……」
「かなり大がかりになるから無理だろ。役も多いから人が足りない」
 めげずに絞り出した物ですらこのブラコンは歯牙にも掛けない。そもそも論を出されたらもうどうしようもできないし、それ言っちゃあオシマイよ……。
「……一応聞くけど、やる気ある?」
「俺はルイのことを一番に考えてるだけだ」
 そんなことわざわざ言われなくても分かってる。なんかもう頭が痛くなってきた。というか実際にやるわけじゃないのに何でこんなに真剣に悩んでんだ俺。
「むしろどういう話だったらその厳しい審査を通れるの……?」
 少し考えたのち、俺の提案をことごとく取り下げてきた彼の口が開く。
「……家族仲良く一緒に暮らして……めでたしめでたし、みたいな物なら」
「それ、物語として成立してないって気づいてる?」
 何でもないいつもの日常じゃん。実録だよそんなの。

「もういっそのこと配役を見直すか?俺が王子役みたいなのとかどうよ。めちゃくちゃ口説いちゃうぞ?」
 キリッと「手始めにお前から」とおどけてみせると途端に冷めた目を向けられる。
「結局チョコ一個も貰えなかったやつがなに言ってんだ」
 わぁ、辛辣なお言葉ですこと。もう泣きそう。
「ちっげーし!一個は貰ったじゃん!」
「危うく犯罪に巻き込まれるところだったやつか?」
 脈ナシの緑のリボン、と鼻で笑われる。くそっ、人が折角忘れようと努力してたものを掘り返しやがって……!

「そうじゃねぇって!ほら、結局お前から貰ってるしゼロじゃありませんー!」
 なんかもう自分でも分かるぐらいムキになっていたが関係ない。『感謝の日に貰った……マンディアンのお返しに』と確か、何か洒落た物を貰ったのを挙げる。なんだっけ……そうだ、紅茶風味の生チョコとかいうやつ。以前何かのときに紅茶って意外と美味いなーと話してたのを覚えていたらしく、あえて紅茶風味の物をチョイスしたのだと。物覚えいいな、と感心した記憶がある。

「ほーら、家族以外の人から美味しいチョコ貰ってますー!だからお前の言うことなんて全然傷つかな……あれ、どしたの?」
 いつの間にかレイジは少し赤くなってる。え、俺なにか変なこと言ったっけ。あ、そっか。あげた本人に面と向かって『貰ったもの美味かった』ってベタ褒めしてるみたいなもんだ。いや、みたいじゃなくて実際そうなるか。そういえば何だかんだでその場では食べられず味の感想とか言い忘れてたわ。
「……自分があげた物、喜んでくれると嬉しいよね」
 とてもよく分かるよ、と頷きながら肩に手を置くと即座にはたき落とされた。ちょっと痛い。相当照れているのかこっちを見ようともしないが真正面に座っているので表情は丸見えだ。

 

「お兄ちゃん、ぼくもそっちにいっていい?」
 弟くんが扉からひょこっと顔を覗かせながら聞いてきた。相変わらず可愛らしい仕草するなぁ。本人はそのつもり無いんだろうけど。レイジもそう思ったのか(多分思ってなかったとしても同じ反応するけど)ふっ、と微笑みを見せる。
「いいよ。ちょうど一休みしてたところだから」
「お前、俺が休憩したいって言った時すっげぇ渋い顔してたよな?」
 俺の発言を華麗に無視し、弟くんに「こっちにおいで」と自分の隣に座るよう促す。

「ルイ、あい……伯父さんはどうしたの?一緒に遊んでたんじゃなかったっけ」
 クルベスのことを一瞬『あいつ』って言いかけたのは聞き逃さなかったからな。レイジの奴、いまだに冷たい態度とったままなのか。
「伯父さん帰っちゃった。なんか天気が崩れてきたからーって急いでた」
 しょんぼりした様子で話す弟くんの言葉に窓の外へと目を向ける。するとパラパラと降る雨が窓ガラスを濡らしていた。
「うっそ、おれ傘なんて持ってきてないんだけど……!」
「……今日は晴れるって出てたんだけどな」
 レイジは小雨程度の空模様に少し落胆した様子で呟く。ていうかお前、休日でも天気予報とか見るタイプなんだ。ちょっと意外。

「これ以上ひどくなる前に帰ったほうがいいかな……」
「エっちゃん帰っちゃうの?」
 灰色の雲に覆われた外にひとりごちると弟くんが寂しそうな目で見てくる。『ウッ……良心が痛むけど雨は止みそうないし……』と帰り支度をしようとするとレイジがおもむろに言葉を発した。
「俺が家まで送ってやるよ。それなら帰りも濡れずに済むから急いで帰る必要もなくなるよな」
「え、どうしたの急に」
 お前そういうタイプじゃないだろ、と言うとめっちゃ睨まれた。あ、そうか。弟くんが帰ってほしくなさそうにしてるからか。それなら納得できるわ。弟くんのことベッタベタに甘やかすじゃん。まぁ、ここは素直にお言葉に甘えることにしよう。
「それならもうちょっとだけ居ようかなー」
 それを聞くと弟くんは嬉しそうにおっきなおめめを宝石のように輝かせた。大好きな伯父さんが急に帰っちゃって寂しかったんだろうなぁ。でも天気が崩れるくらいで帰るなんて、どうしたんだろう。