06.束の間の休息-6

「意外だな。結構ちゃんと書けてる」
 向かいに座るクルベスさんが衛兵に就いて三年目(提出した始末書は数知れず)の俺ことエスタ・ヴィアンの書き上げた報告書を見て、感心したように呟く。

 あれから何事も無く城に戻って「じゃあこのまま書いてしまうか」とクルベスさんの私室にて(約束通りちょくちょく見てもらいながら)報告書を仕上げた。先人の知恵は積極的に借りていく。
 ティジ君たちに関する手続きはクルベスさんのほうが経験あるからね。ていうかクルベスさんが主に担ってたからね、うん。……クルベスさんの本業は医者では?そこまでやる必要ある?

 帰りの汽車で仲良く眠っていたティジ君たちは自室に荷物を戻すなり、城の者たちに意気揚々とお土産を渡しに行った。
 ティジ君はちゃんとお父さん……ジャルアさんに渡せたかな。クルベスさんが言うには、最近のジャルアさんは積極的にティジ君と関わろうとしてるみたい。ティジ君のお母さんが亡くなる前は結構普通に話せていたようで、その頃の関係性に戻れたらなーとは思ってるらしい。

 

「第一、最初の申請は俺一人で書き上げたんですからね。このくらい楽勝ですよ」
 感心しているクルベスさんに鼻高々に言ってのけるも、すぐさま誤字を指摘されてしまった。格好つかない。クルベスさんにも「詰めが甘いなー」って笑われるし。
 とにもかくにもこれにて完成だ。これなら上官も文句のつけようがないだろう。普段かいてる物(主に始末書)よりも数段賢そうな文面だ。

「てなわけでお待ちかねのやつ、お願いします!」
「何かあったか?」
 心無い言葉に「え゛」と潰れたカエルのような声が出てしまう。
「クルベスさんから言ったんですよ……?弟くんやレイジの話をしてくれるって」
 まさか仕事の疲れで物忘れが激しくなったの?40代ってまだ若いのに。やっぱりオーバーワークだったんだよ……。
 そんな可哀想な物を見る目の俺にクルベスさんはようやく合点がいった様子で声をあげた。

「悪い。忘れてた。いや、正確にはそれより優先しなきゃいけない事があったから、そっちに気を取られてた。……てか仮にそれが無かったとしてもお前の帰る時間とか考えたらそんなに話せないだろ」
 頬杖をついたクルベスさんは壁に掛けられた時計を見やる。その視線を追うように俺も時計に目を向けた。
『そんなに話せない』って……弟くんやレイジの話のことだよね?何時間喋ろうとしてんの?その言い分だと一時間以上話すつもりじゃん。

「でも俺、それを楽しみに頑張って書き上げたんですよー?レイジのこっぱずかしい話が聞けると思って早く終わらせたのにぃー……」
 ぶう垂れる俺にクルベスさんは「そんなの聞こうとするな」と呆れた様子でため息をついた。でもどうやら『レイジのこっぱずかしい話』はあるらしい。やっぱりあったか。

 でもなぁ、クルベスさんに指摘されて気づいたけど自宅と城との往復がけっこう面倒なんだよな。ティジ君たちの学校の送り迎え……特に朝は早そうだ。何か改善できないかな。上官にも聞いてみよっと。

 

「それで?クルベスさんがご家族の話することを忘れちゃうくらい『優先しなきゃいけない事』ってなんですか」
 まさか俺の報告書のことじゃあるまいし。もしかして上官から伝達事項(主に業務上の注意)でもあるのかな。
「これ」
「ん?」
 書類の上に置かれたソレに視線を落とす。うん。何が言いたいのかさっぱり分からない。あと報告書の上に物を置かないでほしい。

「今回の……」
「禁止、とまでは行かないけどできれば避けてくれ」
 妙にハッキリしない言い方。ということは……うっわ、また増えた『禁止事項』!うっかりしようものなら「良くて左遷」のヤバイやつ!ただでさえ気を遣うこと多いってのに!
 いや、でもクルベスさんたちは長い間それを守ってきたのか。なら俺が文句言う筋合いは無いな。いやはや、大人って大変だね。

「クルベスさんとこうして話せるようになったのは嬉しいけど……もうちょっと優しさとか見せてくださいよ」
「優しいだろ。こうして報告書見てやってんだし」
 それはそう。でも俺って同期と比べるとわりと仕事多いんだけど?
 まぁ弟くんたちと関われる特権の代償だ。うん、普通に考えたらただの衛兵ごときが次期王位継承者とそのご親戚と関われるわけないもんな。俺ってば超トクベツ。やったね。

 

「あ、そうだ。弟くんたち、明日から学校に復帰しますけど……時期的にすぐ長期休暇になりますよね。ちょっとタイミング悪くないですか」
 今は7月。多分ろくに馴染めないまま長期休暇に入ってしまう。その指摘にクルベスさんは困った様子で「まぁな」と同意する。
「それも一理ある。でもできるだけ学校……ていうか普通の子どもらしい経験はさせたいから」
「あー……青春ってわりとあっという間ですもんね」

 俺には甘酸っぱい青春なんて一切無かったが。でもまぁ、あいつと過ごした日々は悪くなかったな。
 クルベスさんの言い分は分かる。弟くんはどういう道を選ぶかによるけど、ティジ君は大人になったら生活とか周囲の目が劇的に変わる。そしたら今回のような遠出も難しくなってしまう。そういう『普通の経験』って今しかできない。

 

「あとついでにもう一つ……学校通ってる時に雷が鳴ったらどうするんですか。多分相当やばいですよ」
 学校に通うに当たっての一番の懸念点。そんなことになったらティジ君はマトモに動けなくなる。
「ん?天気が怪しい日は休む。学校いる間に天気が荒れてきたら保健室に匿わせて速攻で帰らせる。初等部の頃はそうしてた」
 意外と強引な方法だった。
 どうやら弟くんがこの城に移り住む前までは、城に教師を呼んでここで勉強してたらしい。弟くんが雷に怯えるティジ君のそばに居られるって分かると、ようやく学校に通えるようになった。いわゆる見守り役ってやつか?

 ティジ君自身が『学校に通いたい』と望んでいるのでこのような強引な対処法を取った上で通わせたのだと(ティジ君のお母さんが亡くなった後――初等部の最後の一年間~中等部は安全面の理由から丸々通えていない)

 

「すぐ帰らせなきゃいけないって時、俺が迎えに行っていいんですか?ていうか俺で大丈夫?」
「むしろお前にしか頼めない。お前、ティジとはだいぶ仲良くなれてるんだろ?初等部の頃はユリアさんが迎えに行ってくれたんだけどな……それももう頼れないし」
 俺の疑問にクルベスさんは憂いの表情で返す。
 どうやら過去に『迎えがなかなか来ない』という事態が発生したらしい。学校の保健室というあんまり馴染みがない場所とあいまって、弟くんが寄り添っても落ち着いてくれずティジ君が大泣きしてしまう……というとんでもなくヤバい状態になったらしい。だけどティジ君のお母さんが抱きかかえたら少し治まったとのこと。
 でもその人は亡くなってしまったので頼ることはできない……前途多難だ。

「初等部の頃と比べたらルイともかなりの時間一緒にいて信頼関係はあるだろうし……泣き叫ぶことにはならない、と思う」
 そうであってほしい、とクルベスさんは願うように呟く。
 つくづく思うんだけど……弟くんには話さなくていいのかなぁ……。まぁ話すかどうかは俺が決めることじゃないから、考えてもどうにもならないけど。

 

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずかクルベスさんは「まぁとにかく」と気持ちを切り替えるように息を吐き、こちらに向き直る。
「思い悩むことは多いけど、俺はあいつらが楽しく過ごせるようできる限り支えていく。お前も協力してくれるか?」
 何を今さら。まぁでもそのノリに乗ってやろうじゃないか。

「弟くんたちのためなら慶んでこき使われてあげますよ。そのついでにクルベスさんが色々抱えこんだりしないよう、ビシッと見ていくんで」
 そう言ってピッと指差すと「人を指差すな」とその手を下ろされてしまった。

 失敬な。俺が指したのはその手にある紺色のペンだよ。そいつの代わりに見てやるってこと。
 え、もしかしてソレが伝わった上で注意したの?

 


六回に渡る旅行回も今回で終幕!次回からは過去のお話を少しだけしていきます。