一粒の飴玉分の

「あれ?珍しいですね。クルベスさんも来るなんて」
 朝。エスタがティジとルイを高等部まで送る準備をしているとクルベスも「今日は俺も送っていく」と名乗り出た。多忙なはずのクルベスの行動にエスタが聞くと「この時期だからな」と短く返す。

「何かありましたっけ?クルベスさん、誕生日はもう終わったでしょ」
「誕生日を祝ってほしくて送り迎えするってどういう理論だよ。とんでもない構ってちゃんじゃねぇか」
 エディじゃあるまいし、とため息をつくクルベス。エスタも『あの人ならそれぐらいやりそうだな』と思ったがそれは心の中に留めておいた。

 

「今日は10月31日。お前なら分かるだろ」
「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞー、的な?それと送り迎えがどう関係あるんです?」
 この時期特有のイベント。確かに自分はこのようなイベント事は進んでやりたがるタイプだが。

「防犯だよ。変な奴に絡まれないように、絡まれても速攻で叩きのめせるように俺も一緒に行く」
「えぇ……それはちょっと過保護すぎません……?」
 あと叩きのめす前にもう少し穏便な対処をしましょうよ、とクルベスを諭す。

「本当に過保護だと思うか?この浮ついた空気に乗じてハメ外す奴なんて絶対にいないって。あの子たちに危害を加えるような輩はいないってそう思えるか?」
 クルベスの問いかけにエスタはしばし考え、仲良く談笑するティジとルイを横目で見る。そして再び宙を仰ぎ、一言。

「無い……とは言い切れませんね」
 エスタの呟きに「だろ」と返すクルベスであった。

 ◆ ◆ ◆

「ティージくん」
「何の用だ」
 もうじき迫って来た学園祭の準備中。気さくに話しかけてきた同級生――シンにルイが突っかかる。その凍てついた声と刺すような眼光には『ティジに近付かせまい』という確固たる意志が感じられた。

「俺、ティジくんに話し掛けたんだけどなー?ま、騎士くんでもいいけど。てなわけでお菓子ちょーだい。くれなきゃイタズラしちゃうぞー」
 ガオーっと獅子の鳴き真似をするシンにルイは菓子をぞんざいに押し付けた。
「意外。騎士くんは持ってなさそうなタイプだと思ってたんだけど」
 シンはそう言いながら表面にザラメがついた飴玉を口に投げ入れる。

 ルイも普段から菓子を持ち歩いているわけではない。今朝クルベスから「魔除けとして。今日一日持っておけ」とわけのわからない理由とともに強制的に持たされたのである。(もちろんティジも持たされている)

 

「でも残念だなぁ。騎士くんたちにイタズラできるかと思ったんだけど。このためにわざわざ借りてきたのにもったいなーい」
 飴玉を舐め終えたシンはぶつくさと言いながら衣装を見せる。それを目にしたルイは反射的に叩き落としそうになったが、すんでのところで堪えた。

「だ、れ、が、そんな格好するか……!」
「似合うと思うよ?騎士くん、見た目は綺麗だし」
 シンの手にあるのは給仕の服。クラシカルなデザインの……女性用の給仕の制服だ。
 なぜこんな物があるのかというと、もうすぐ行われる学園祭において他の学級では撮影スタジオをやるらしく。そこで用意している貸衣装の一つだとか。

「ほーら、似合う」とシンにヘッドドレスを被せられそうになるがルイは必死の抵抗を見せる。その反応を楽しんでいたシンは「あ、もしかして」とルイの耳元に顔を寄せる。

「こういうのはティジくんに着せたかった?」
 その一言にルイの頭の中でその衣装をまとったティジの妄想が膨れ上がる。
 体格も細いので案外似合うだろう。少々恥ずかしいのかスカートの裾を握って、その柔らかな頬を紅く染めながらも「変じゃないかな」とこちらを窺う様子が目に浮かぶ。

 

「……騎士くんって意外とムッツリ?」
 可憐な姿をしたティジの妄想に浸っていたルイ。(妄想の中の)ティジのか細い腰を抱き寄せたところで、シンの嘲笑の声によって現実に引き戻された。

「へぇ、騎士くんって好きな子にこういう格好させたいタイプなんだー?あわよくばその格好のまま色々しちゃおうってやつ?うーわ、やっらしー」
 ティジには聞こえない声量でルイを小馬鹿にするシン。ここまでよく我慢していたほうだがさすがに我慢の限界である。

 

「誰が!!そんなことするか!!」
 堪忍袋の緒が切れたルイはそう吐き捨てると、怒りやらシンの発言で膨らませた妄想やらで顔を真っ赤にしたままティジの手を取って走り去った。

 決して図星だったわけでも、その場から逃げ出したわけでもない。ちょうど昼時だったからどこか別の場所で食事を摂ろうと思っただけだ。

 そう自分に言い聞かせるルイ。もちろんティジの顔など直視できない。

 ◆ ◆ ◆

 学園の敷地内のとある一角。ベンチが据えられた休憩スペースまでやってきたルイは大きく息を吐いて座り込んだ。

 人をからかって何が楽しいんだか。クルベスの言っていた通りだ。こういうイベントに乗じて調子に乗る下賤な輩はいるらしい。……いや、あいつはこういうイベント事に関係なくやるか。

 

 とにかく疲れた。もう一度大きなため息をつき、先ほどの茶番で削られた気力と体力を回復しようと制服のポケットから飴玉を取り出して口の中で転がす。

 カロカロと舐めて転がしていると隣りに座っているティジがこちらを見ていることに気がついた。
『もしかして欲しいのか?』と首を傾げると、その雰囲気を察したティジが自分から口を開く。

「なんか、じぃじみたいだなーって」
 そう顔を綻ばせて話すティジ。どうやらルイがどこからともなく菓子を取り出している様子が祖父を思い起こさせられたのだとか。この時期になると普段よりも多めに菓子をくれたそうで、それを思い出して懐かしくなったらしい。

 

「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞー」
 にこやかにティジが言うのでルイはポケットに入れていた飴玉を渡す。
 日頃、邪な思考などしないルイには『お菓子を持って無いフリをして、どんなイタズラをするのか反応を見る』という行動は思いつかなかった。仮に思いついたとしても『自分の欲のために嘘をつくのは良くないか』と考えるだろう。

「じゃあ俺からも。ティジ、お菓子をくれないとイタズラするぞ」
 せっかくだから、とティジにこの時期特有の決まり文句を告げる。とはいえティジもクルベスから菓子を渡されているのは知っているので、ただのお菓子交換になるが。
 そう高を括っていると――

 

「あれ?無い……あ、カバンに入れたままだ」
「え」
 クルベスから渡された菓子はスクールバッグに入れていたらしい。そこでようやくルイはスクールバッグを置いたまま出てきてしまったことに気がついた。
 そうだ。とにかくシンから離れようと、それしか頭になくて……この流れ、前にもあったような気がする。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「じゃあルイ。イタズラ、何でもして良いよ」
「な、なんでも……?」
 ティジが手を広げてこちらを見つめる。そんなルイの頭の中では先ほどのシンの発言が反響していた。

 二人きり。他人の目は一切ない静かな空間。先ほどの妄想で思い描いたティジの、白百合のようにいたいけで可憐な姿が頭をよぎる。

 

「思いつかない?」
 ティジは神妙な面持ちで黙り込んでいたルイに対して問いかける。そんな無邪気な様子にルイは『色々したいことはあるけど、どれも良識的にも倫理的にも良くないから言い出せない』とは口が裂けても言えない。

「じゃあ、えっと……顔……頬を触らせて……いただきたく……」
 昔ティジにされたように体をくすぐるのも良いかと思ったが『恋焦がれている相手の体をまさぐるなんて自分の理性が持たない』と考えたので却下した。
 ルイがそんな葛藤をしているとはつゆ知らずのティジは『そんなので良いのか』と拍子抜けしていた。

 

 ティジの頬に手を伸ばす。なぜか心臓を痛いほど鳴らしながらティジの鮮やかな紅色の双眸を見つめて、見るからに触り心地の良さそうな頬に指先を当てた。

「ふ、なんかくすぐったいな……」
 割れ物を扱うように繊細な手つきで触れたのが悪かったのか、ティジは少し身をよじらせる。

 その反応は良くない。そんないじらしい態度をされてしまうと一度は鎮めたはずの下劣な欲望が鎌首をもたげてしまう。とにかく流れを変えないと。このままだとまずい。
『ならばもう少し大胆に触ったほうが良いか』と意を決してその滑らかな頬をモニュモニュと揉み始めた。

 

「こういうので良いの?」
「これで十分です……」
 ルイは頬の感触やぬくもりを噛み締めながら声を絞り出す。これ以上の要求となると下手したら押し倒しかねない。現時点でギリギリの状態なのだから。

 だがそうしているうちに自分の汚い欲が漏れ出てしまったようで。気がついた時にはその真っ白な首筋に指を這わせていた。

 その何とも言えない手つきに頬を紅潮させて耐えていたティジに平身低頭で謝り倒したのは、それから5分も経たないうちの出来事である。

 


 時期は第三章の途中。学園祭の準備期間中での一幕です。ルイは普段からティジのことが三割増しで可愛く見えてます。