「何でお前がいる」
お祝いムード一色の夕食を終え、私室に戻ったクルベス。何故か我が物顔で居座る国家警備隊に所属するエディに投げかける。
「日々仕事に追われているダチを労ってやろうかと思って」
「嘘つけ。一人が寂しいからドンチャン騒ぎしに来ただけだろ」
クルベスは一見薄情に言い放つものの、エディを無理に追い出すことはせず「まぁ別にいいけどさ」と容認する。
「今日は聖なる日。年に一度の無礼講ってことで、お約束の物を持ってきたぞ」
「お前は毎日無礼講だろ」
クルベスの苦言を華麗にスルーして、エディはテーブルの上にお約束の物――ワインなどのアルコール類を置く。
「ココお前の家じゃねぇんだけど」
「うん、知ってる。あ、エスタ君はお酒って飲める?」
エディは古今東西のバラエティに富んだアルコールを広げながら、何やかんやでこんな時間まで滞在していたエスタに確認をとる。
「一応飲める年齢にはなってますけど……え、俺も強制参加?」
テーブル上に置かれていた書類を整理する手を止めたエスタにエディは「もちろん」と頷く。
「俺の周りで酒飲める奴ってこいつしかいないもん。いつも同じメンバーだとつまんないしさ、ここにエスタ君も加わってくれたら俺すっごく嬉しいなー」
こいつ、と指をさされたクルベスはエディに「それなら帰れよ」とぼやく。
「でも俺お酒飲める歳になったってだけであんまり飲んだことないですし……」
「それなら俺が酒の美味しさ教えてあげるから。いーじゃん、いーじゃん。大人の階段駆け上がっちゃおうよ」
軽い態度のエディにエスタは内心『うわぁ、ダメな大人だぁ……』と思うも言葉にはしなかった。
「クルベスさん、お酒飲むんですね」
「まぁ……好きこのんで飲んだりはしないだけ。期待してるところ悪いが、酒に弱いわけじゃ無いからな」
そう言うとクルベスはエディから半強制的に渡されたワインを飲む。エスタは見事に自身の考えを見透かされ「ちぇっ」といじけた素振りを見せた。
「お味はどう?」
エディは数あるうちの一つを口にしながらエスタの反応を伺う。
「やっぱりちょっと苦いっていうか……大人の味ですね」
いくつか持参してきた物から「これなら初心者でも飲みやすいだろう」とフルーツテイストのスパークリングワインを勧められたが、舌に残る苦味と嚥下した途端に熱くなる喉に「お酒ってすごいな」と軽い感想しか出てこない。
「あー、まだ飲み慣れてないからだ。いろいろ試してみて、自分好みの物を探していったらいいよ」
エディはそう言うとえらく上機嫌に他の物も勧めてくる。笑顔を絶やさないことから『もしかしてもう酔い始めている?』と思案した。
「ここだけの話。クルベスは酔ったらすごいぞ」
「え……脱いだりするんですか」
「そんぐらいすごい」
悪い笑みを浮かべたエディにエスタは「そんなにすごいのか……」と呆けた声を出す。クルベスは「言っとくけど脱いだりはしないからな」とエディの発言を一部否定した。
「ぐでんぐでんに酔っ払った姿とかもう最高だぞ。でもこいつ滅多に酔わないからそれを見せるのは難しいな」
「えぇー、俺もベロベロのぐでんぐでんに酔っ払ったクルベスさんが見たいー」
エスタはだいぶ酔いが回った様子でごねる。おそらく本人は自分が酔っていることを自覚していないのだろう。
「じゃあ俺と勝負しようか。エスタ君が先に倒れなかったらクルベスの恥ずかしい話聞かせてあげる」
それもとびっきり恥ずかしいやつ、とエディはわざとらしく人差し指を口元に当てる。
「え、いいんですか!やります!クルベスさんの恥ずかしい話聞きたい!」
「いいぞいいぞ。若者はやる気が一番。先に注意しておくけど無理して飲むのは禁止だからね」
これでも国の治安を守る国家警備隊であるエディは一言注意してから空いたグラスに酒を注いだ。
◆ ◆ ◆
「俺もさぁ、彼女とかいたことないけど……俺だっていろいろ夢とかあるんですよぉ」
「例えばどんなの?」
エディはエスタの手から滑り落ちそうになっているグラスを受け取り、誤って倒してしまわないよう離れた場所に置いた。
「好きな子ができてお付き合いできたらぁ……毎日『好き』って言って……ギューってして、いっぱい笑わせたい……」
「純情だねぇ。それに意外と尽くすタイプ」
にやけるエディは「それでそれで?」と続きを促す。
「それでぇ?あと何だろ……ずーっと一緒にいられたらそれだけで俺は幸せだなぁ……」
「そういう子は今までいた?ずっと一緒にいたいなって思える子」
目が据わっているエスタは今にも眠ってしまいそうに頭を揺らしながら考える。
「レイジ……あいつ全然笑わないけど……笑ったらすっげぇ綺麗なんですよ……めちゃくちゃ綺麗な奴がめちゃくちゃ綺麗な魔法使って、めちゃくちゃ綺麗に笑ってると……そんなの綺麗に決まってるじゃないですかぁ……何なのアレぇ……」
「エスタ君はルイ君のお兄さんのことが大好きなんだね」
「好き……?うん、超好き……」
そこまで言うと限界だったのかソファに倒れ込んで沈没した。
「この子、酒弱いね」
こんなに早く潰れるとは思わなかった、と悪びれた様子もなく笑う。
「……お前が飲んでるの、酒じゃねぇだろ」
クルベスはエディが手にしているグラスを一瞥する。エスタには様々な酒を試させていたものの、エディが口にしているソレだけは勧めていなかったのだ。
「当たり。最近はノンアルコールでもうまいんだな」
エディはニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべ、グラスを揺らした。
「人には飲ませておいて自分は飲まないって、国家警備隊の人間としてどうなんだ」
「だって俺は『酒を飲んで潰れたら』とは一言も言ってねぇし。この子は勘違いしちゃったみたいだけど」
少し酔ったふりをしただけでエスタはエディも気前よく酒を楽しんでいると信じて疑わなかったようだ。素直すぎて何か詐欺に引っかかってしまうのではないか、と心配になる。
「俺は酒飲むのも好きだけど、酒に呑まれてハメ外してる奴を見るのはもっと好き」
「何でお前みたいな奴が国家警備隊になれんのか不思議でしょうがない」
「今日の俺は機嫌がいいから褒め言葉として受け取っておいてやろう」
ていうのは半分冗談として、とソファに寝転がったエスタを見やる。
「こうでもしないと、この子ずっと気ぃ張ってんじゃん。ルイ君たちと話してる時はある程度落ち着けてるっぽいけど……それでも相当きついと思うぞ。こんなに一途に想っている相手が信じられないことをやって、どこにいるかも分からない状態って」
エディの言う『一途に想っている相手』はおそらくレイジのことだ。彼が自覚しているかは定かではないが、レイジに対する想いは並大抵の物ではないはず。
「そういう日頃のストレスやら抱えてる物をアルコールと一緒に流させようと思ったわけよ」
「素直じゃねぇな」
随分と回りくどい方法を取ったものだ、とクルベスが口の端を上げて笑う。
「お前には負けるわ。分かってて止めなかったくせに」
否定することなく、代わりにまだグラスに残っていたワインを口にする。『クルベスの恥ずかしい話を聞かせる』という発言を聞いても制止しなかった時点で、エディの考えに気付いていたのだろう。
「てなわけでここからが本番。今日こそはお前に勝つ」
エディは今度こそ正真正銘アルコールの入った酒類を自分のグラスに注ぐ。
「いいけど……勝ち負けってどう決めるんだ」
「どっちかが潰れるまで飲む」
「お前やっぱりバカだろ」
クルベスが呟いた文言にエディは「その減らず口、すぐに黙らせてやるよ」と意気揚々とグラスをあおった。
◆ ◆ ◆
「うわ……すごいな」
すっかり夜も更けたところで現国王ジャルアが顔を出す。クルベスの私室の惨状を見たジャルアは思わず引いた声が漏れてしまった。
正確に言えば『クルベスの私室』ではなくすっかり出来上がったエディと寝入ってるエスタを見て、だが。エスタには体を冷やしてしまわないように毛布が掛けられていた。
ジャルアの存在に気がつくとエディは首の筋を痛めてしまいそうな勢いで顔を上げる。
「あ、ひっさしぶりー!元気してたぁ?こいつさぁ、さっきからすっげーダルそうにしてんのぉ!エスタ君見習ってもうちょい可愛げあるツラしろよなー!」
エディは酔うとからみ上戸になる。面倒臭そうにあしらうクルベスの頬をつつき始めるぐらいにはタガが外れてしまうのである。
「なぁ、お前本当に飲んでんのかよぉ?もしかしてお酒の味が無理なお子様だったのかな?図体ばっかりでかいのに舌はお子様だったわけか!」
何かツボに入ったのか一人で笑い転げるエディをクルベスは慣れた様子で放置する。
これまで幾度となく勝負を挑まれたが毎回エディが先に潰れる。今回もそうだったというわけだ。ちなみにクルベスは不正など一切行っておらず、ただ単純にエディのほうが酒に弱い。
しばらく放っておいたら勝手に寝るのでそれまで待っているのが現在の状況である。
「エスタ君はここにいてていいのか」
「あぁ、ご両親は旅行中らしいから家に誰もいないみたいだと。こんなに酔ってるのをそのまま帰すのは心配だし今日はここに泊めておく」
クルベスはジャルアの問いかけに応え「念のためご両親に一言連絡は入れてる」と携帯電話を見せた。
「お前、気に入った奴の面倒見いいもんなー。顔に似合わずベッタベタに甘やかしてさぁ。なんだっけ、ギャップっていうやつ?40過ぎのオッサンがそういう路線狙ってんのかぁ」
「もうこいつ叩き出していい?」
「さすがに風邪引くと思うぞ」
呆れた様子でやんわりと止めるジャルア。それに「バカは風邪引かないから大丈夫だろ」と返しながらエディの襟首を掴む。
「なんだぁ?拳で黙らせようってか。いいぜ、乗ってやんよぉ」
クルベスはへべれけに酔っ払ったエディを歯牙にもかけず、そのまま寝室のベッドに放り上げた。
「これでよし」
「お疲れ」
「ん、まじで疲れた。大変だよ、本当に」
いたわりの言葉を掛けてきたジャルアに、グラスを傾けながら軽く返事をするクルベス。
『聖なる日』とはまるで関係ない問題でせわしない夜を過ごしたようだが、彼にとっても良い息抜きにはなったことは表情から窺えた。
クリスマスもへったくれもない番外編。時期はエスタさんが衛兵に就任した年、ティジたち13歳の冬。
エディさんは過去の事件に関する情報共有のため城には頻繁に訪れてます(たまにただ遊びに行くだけの時もある)そのため城の警備の者たちも「あ、また来てる」程度にしか思ってない。
酒もタバコも自由に楽しむ明るい人です。