若芽の夢語り - 1/3

「クルベスさん緊急事態です!すぐ来てください!!」

 始まりはエスタからの救助要請。クルベスの電話に珍しく着信が入ったと思ったら尋常じゃない声色でそう叫ばれたのだ。何があったのか話を聞こうにも「詳細はあの……今はちょっと……とにかく来てください!」と歯切れの悪い返答のみ。

「あ、えっと……そうだよ。電話してんのはおじさんだけど……うん。そうだねー。お話したいかぁ。うぅー……でもその、突然お話したらおじさんもビックリしちゃうんじゃないかなー?ちょーっと待っててね?すぐ来るから!それまで俺と一緒に待ってて……待って待って!お話するのはちょっと待とうか!もしかしたら向こうもまだ周りに人がいるかもしれないから――すみません、切ります!」
 春の嵐のように怒涛の勢いで捲し立てて通話が切られた。

 どうやら通話を切る直前、エスタは電話の向こうで『誰か』を説得していたようだ。だがその『誰か』の存在を人に知られることが不都合だったため急いで切ったと考えられる。

 非常に不安でしかない。いったい彼ないしは彼の周辺で何が起きているのか。ともかく指定された部屋まで全速力で駆けつけ、話し声が漏れ聞こえる扉を開けた。

 

「あ!伯父さん!」
「クルベスさん助けて……これ何がどうなってるの……」

 クルベスの姿を見るなり笑顔で身を乗りだす小さな子どもと、子どもを抱きかかえながらクルベスに嘆くエスタ。

 目に飛び込んできた光景に自身の正気を疑ったのは言うまでもない。

 嘆きの声をあげるエスタが抱きかかえていた子どもは、この部屋の主であるルイの幼少時と瓜二つの姿をしていたのだから。

 ◆ ◆ ◆

 以下はエスタの必死の状況説明によるものだ。

 エスタは城内を巡回警備していたのだが、ルイの部屋の前にさしかかった時に扉が半開きだったことに気がついたらしい。『防犯のため閉めておこう』とドアノブに手を伸ばしたところ、扉の隙間からこの小さな子どもがこちらを見上げていたのだとか。不安気な表情をしていた子どもはエスタの顔を見ると目をぱちくりとさせ、元気な声で「エっちゃん!」と呼んだ。
 ちなみにエスタのこれまでの人生において自分のことを『エっちゃん』と呼ぶ子どもはルイだけだったという。

 

 これらの状況とルイとおぼしき子どもにおこなったいくつかの質問の返答内容から『この子どもは幼少期のルイである』との仮説が立った。歳はおそらく六歳から七歳。

 いったい何がどうなってこのような事態になったのか皆目見当もつかない。大人たちが頭をかかえる一方で、小さなルイは部屋に置いてあったクマのぬいぐるみを抱きかかえて部屋の中を歩き回っていた。

 それをハラハラしながら後をついて回るエスタ。小さなルイは唐突に立ち止まると同様にエスタもピタリと止まる。
 次の出方をうかがうエスタを見上げて首を傾げるルイ。そのままなぜかエスタの周りをトテトテと小さな歩幅で一周した。

 

「弟くん、どうしたの?」
「エっちゃん、いつもより背が大きい……?」
 ルイからの指摘にギクリとするエスタ。
 それもそのはず。この時期のルイが知っているのは十三歳のエスタだ。それから十年ほど経過しているのだから背も高くなっているのは当然である。

「えーっとね……あの、ほらアレだよ!成長期!育ち盛りだからね!背も一気にグーンと伸びちゃうんだ!」
「せいちょうき……!すごい!そんなにおっきくなれるんだ!」
 目をキラキラと輝かせて羨望の眼差しを向けるルイにエスタは「ビックリしたでしょ」と少しぎこちない笑みを見せる。このかなり無理のある説明で納得してくれたことに内心ホッとしているのだろう。
 それをはたから見ていたクルベスも『それで納得するのか……』と心の中で呟いた。

「エっちゃん、何でそんな格好してるの?」
「あー……職業体験だよ。学校の授業の一つでね、衛兵さんのお仕事を体験してみようって」
 先ほどと同様に少々苦しい言い訳にルイは「そっか!」と頷く。これも信じて疑わない様子。こちらとしては下手に話がこじれなくて助かるが、こうも簡単に信じてしまわれるとかえって不安になる。
 ルイの兄であるレイジの過保護ぶりに当時のエスタは「心配しすぎじゃない?もう少し弟くんの自主性を尊重してあげたほうが……」と思っていたが、あれぐらい過保護なほうが正解だったのかもしれない。

 

「とりあえずこんな状態の……いや、こんな小さい子を一人にはしておけないですよね」
 エスタはルイをおんぶして遊んであげながら呟く。最初は肩車をしようとしていたがクルベスに「危ないからやめなさい」と注意され、このスタイルにおさまった。ときおり「ほーら、エっちゃん機関車だー!」と言いながら駆け足で部屋の中を回るなどしているのでルイも楽しそうに笑っていた。
 確か彼は一人っ子のはずだが子どもの相手がとても上手い。ここにたどり着いたときの彼はいたく動揺していたがこの短時間で見事な順応力である。

 

 諸々の事情を考慮するとこの幼きルイに事の経緯を説明することははばかられる。『本当は現在のルイは高等部に通えるほどの歳なのだが、どういった理由でそうなったのかは分からないが今は記憶も姿も六歳の状態に戻っている』など理解できるわけがない。

 ましてや両親と兄が亡くなっているなど。

「一晩たったら全部解決……とかなってくれないか」
「さすがにそれは……どうだろう」
 クルベスの言葉に話の途中で合流したティジが苦笑する。

 かくいうティジも以前、いまのルイと同様に幼少時の姿になってしまったことがあった。その時はまさしくクルベスが口にした『一晩たったら元の姿に戻っていた』のだがティジ本人はその出来事を全く覚えていないのである。

 

「もし何かあったら怖いからな……俺のほうで調べておくからその間、ルイのこと見ていてく――」
「伯父さん、いっちゃうの?」
 部屋から立ち去ろうとしたクルベスをルイが引き留める。見知らぬ場所に突然放り込まれた寂しさが声にその大きな瞳ににじむ。

「やっぱり一晩たってからでも……いや、良くない良くない……問題の先送りは一番ダメだろ……交代でルイを見るっていうのはどうだ?それならルイと一緒にいられる時間も調べる時間も確保できる」
「あえて言いますけど前半の心の声ダダ漏れですよ、クルベスさん」
 六歳の子どもに意思を揺らがされているクルベスに「葛藤する気持ちは分かるけども」と同感を示すエスタであった。