とある冬の日のこと。
クルベスの私室の前を通りがかったエスタ。部屋の扉が半開きになっていることに気がつき、足を止めた。
クルベスはこのような不用心かつ粗雑な行動はしない。
上官から教育的ご指導をもらうことも多々あるエスタだが、これでも日頃は(とは言っても昨年の春から就任した在職期間一年未満の新人だが)王宮の平和を守っている衛兵だ。加えて絶賛城内警備の巡回中。
『もしかして暴漢が侵入しているのでは』と空気をピリつかせ、音を立てないよう部屋の扉を押し開けた。
部屋の奥からカチャカチャと何か硬い物がぶつかり合うような物音が聞こえる。
逃げられて他者に危害を加えられる、なんてことは絶対起こさせないようにしなければ。足音を忍ばせ、周囲への警戒も忘れずに部屋の奥へと進む。
こちらの気配を悟られぬようソッと覗き込むと物音を立てていた箇所――戸棚の前に非常に見覚えのある後ろ姿が目に入る。
エスタは安堵の息を吐き、警棒に伸ばしていた手を下ろすとまだこちらに気付いてないルイに背後から話しかけた。
「弟くん」
「うわっ!!?」
「わっ……!ごめん……驚かすつもりは無かったんだ」
おっかなびっくりのルイに謝りながらルイの手元を見る。落としてしまわないように両手でマグカップを持っていた。ルイは気まずそうに目を泳がせながらソッとマグカップを戻した。
「いや……あの……悪いことしようとかそういうのは全く無くて……」
『こんな所で何してたの?』と聞いて良いものか内心悩んでいたエスタに、ルイは言い訳するように言葉を濁す。その言い方からクルベスに用があって部屋に入ったのではないことが窺えた。
「エスタさん、その……一つ頼みたいことがあるんですが……」
◆ ◆ ◆
「プレゼント選びとかは任せて!俺そういうの得意……かはちょっと分からないけど……好きだから!」
足を弾ませながらルイに笑い掛ける。ルイから頼み事を受けて、一緒に街に繰り出すことになったのである。
ルイの頼み事とは『2月14日の感謝の日にクルベスにプレゼントを贈りたいんですけど……それを選ぶのを手伝ってくれませんか』という内容だった。
何を贈ろうかと考えているうちに『そういえばこの間、愛用していたマグカップを割ってしまってたな』と思い出したのだとか。そこで『何かの参考にならないか』とクルベスの戸棚に収められている来客用のマグカップを見ていたというわけだ。
プレゼントを買うためには外に出掛ける必要がある。だがティジやルイが外出する際には安全上の理由から警護の者が同行する必要があるのだ。
日頃はクルベスが同行しているのだが、今回はクルベスに贈るプレゼントを買いに行きたい。しかしながら本人が見ている前でプレゼントを選ぶのは緊張してしまう。
そう悩んでいた折に普段からクルベスと親しくしているエスタに声を掛けられ、同行をお願いしたというわけだ。
「あと……ティジにも何か贈ろうかと思っていて……」
モゴモゴと言葉尻を濁し、耳まで真っ赤になる。
ルイはこれまでも感謝の日にティジへ贈り物をしたことはあった。が、今回は事情が異なる。昨年の秋、ルイは自身がティジに恋愛感情を抱いていることに気付いたのだ。
去年までは『親しい友人や家族への贈り物』だったが今年からは『恋焦がれている人への贈り物』に変わってしまう。
ルイとしてはティジにこのような感情を抱いている事実は伝えないつもりでいるものの、意識はしてしまう様子。下手に勘づかれたくはないが好きな人に適当な物は贈りたくはない、と思考が行き詰まっていたらしい。
「最初は……自分でお菓子を作って贈ろうかな、と思ってたんです。でもレシピとか読んでたら難しそうで。それに……いきなり手作りのお菓子を渡したら『重い奴』って思われるかもしれないし……そういうの色々考えて、もうどうしたら良いのか分からなくなって……」
そう言って決まりが悪そうに手元をいじるルイの様子にエスタは『青春してるなぁ……』と心の中で呟いた。
「ここ最近ずっと考えてて……そしたら何でか夢にティジが出てくるし『プレゼントは俺だよ』ってちょっと照れながらめちゃくちゃ可愛いこと言うし……そんなことされたら理性なんて余裕で吹っ飛ぶじゃんか……何なのアレ、可愛いすぎるだろ……そんなの美味しくいただくに決まってんじゃん……!」
「弟くん、ストップ。一旦落ち着いて。ここお外だよ」
グゥッと歯を食い縛って悶えるルイに冷静になるよう諭す。
弟くんがティジくんへの恋心を自覚してから見るようになってしまった『ティジくんとエッ……よくないことをする夢』は、結局いまでも時々見てしまうらしい。
夢の中なので何をしようが咎めはしないけれど口に出すのはいただけない。ていうかやっぱり夢の中では手を出してんのか。
……思春期の男の子だからね。好きな子からそんなことを言われたら我慢できなくなっちゃうのかな。
「あ、そうだ。俺も二人に何か贈ろうかな。ほら、一緒に渡すって考えたら緊張も抜けてくるでしょ」
「……いいんですか?」
なんだか申し訳ない……と言いたげなルイの手を取る。
「もっちろん!よしっ!じゃあ二人が喜んじゃうようなとびっきりのプレゼント、探しちゃおうか!」
◆ ◆ ◆
一方の王宮では。エスタから「上官に日頃お疲れさまの労いも兼ねて何かプレゼントを買ってこようかと!あ、弟くんにも手伝ってもらいたいんでちょっと借りていきますね!」と連絡を受けたクルベスは医務室で自身の仕事をこなしていた。
エスタの奇妙な言動にクルベスは『おおかたルイから、感謝の日にティジにプレゼントを贈りたい、というような相談されたんだろう。それならわざわざティジだけ置いていったのも説明がつくし』と思案する。『せめてもう少し上手い誤魔化し方は無かったのか』という心の声は内に仕舞った。
ルイとエスタが意気揚々と出かけていった一方で、ティジを一人きりにしておくのは少々可哀想に思えてしまう。そのような背景からティジに「二人が帰ってくるまで俺の仕事でも見とくか?」と提案した次第だ。
普段のティジならば読書などで一人でも時間を潰せるが、この時は寂しい気持ちのほうが勝ってクルベスの提案に頷く。
ティジも本音を言えば『いいなぁ。俺も一緒に行きたかった』と思っていたが、それを口に出しても周囲を困らせてしまうだけなので手持ち無沙汰にソファに体を預けていた。
「そういえばあれからどうなんだ?ルイとはちゃんと仲良くできてるか」
「うん。おかげさまで」
クルベスの質問にティジは砕けた笑みで返事をする。
クルベスの指す『あれから』とは、ルイが恋心を自覚した際のひと騒動のこと。日頃の二人の様子から変なすれ違いも起こっていないことは窺えたが、念のため確認しておきたかったのである。
「でもね、クーさんとか皆にいっぱい心配掛けちゃったのにこんなこと言うのって良くないかもしれないけど……ああいうふうに誰かに直接『好き』って言ってもらえる機会ってあんまり無いから……えへへ、なんか嬉しかった」
その言葉通り、ティジは照れくさそうに頬を染めながら顔を綻ばせていた。もしこの場にルイがいれば声にならない声をあげて悶絶していたであろう。
えらくご機嫌なティジは「でも」と宙を見つめて呟く。
「あの時はルイが『好き』って言ってくれたから俺も『好き』って返したけど……『社交辞令でそう言ったのかな』とか思われてたらどうしよう……」
うーん、と考え込むティジにクルベスは一抹の不安を覚える。
「改めて俺の方からちゃんと『好き』って言ったほうがいいかな……?」
「それはルイがめちゃくちゃ驚くと思うからやめとけ。お前だってルイから突然そんなこと言われたらびっくりするだろ」
ティジの無邪気な発案を慌てて止める。そんなことを言われた暁にはルイがまた動けなくなってしまう。
「心配しなくてもルイにはちゃんと伝わってるから。今も仲良く出来てるんだろ?それが証拠」
『油断も隙も無いな……』と心の中でため息をつくクルベスに対して、ティジは「そっか。じゃあ大丈夫か」と発言を撤回した。