親しき人への贈り物 - 2/2

「良いのが見つかってよかった。きっとクルベスさん、すっごく喜ぶだろうね」
「エスタさんのおかげですよ。俺ひとりじゃ、たぶん決められなかったし。エスタさんってお洒落なお店を結構知ってるんですね」
 ルイからの褒め言葉にエスタは「そんなことないよー」と言いながらもまんざらではない様子。

 なお、ルイがマグカップを選ぶ際にエスタは「弟くんがマグカップを贈るなら俺はコーヒーにしようかな。ほら、二つ合わされば最強!みたいな感じで」と軽く言っていた。だが一口にコーヒーと言っても、その世界は予想以上に奥が深かった。(豆の種類に始まり、焙煎度合い・豆の状態か挽いた状態が良いかなど)
 最終的にはずらりと並んだコーヒー豆のディスプレイを前に「やっぱりコーヒーに合うお菓子にしようかな!」と方向転換した、という些細なやり取りがあったのである。

 

「それじゃあ次はティジくんへのプレゼントか!気合い入っちゃうね!弟くんは『こういう感じの物にしようかなー』っていうのはある?」
 エスタの意気込みにルイは「えっと……」とおもむろに口を開く。

「やっぱりティジにはチョコレートが一番いいんじゃないかな、とは考えたんですけど……」
「良いんじゃないかな。ティジくん、チョコレートが大好きって言ってたし、相手の好きな物を贈るっていうのはかなり良いと思うよ」
 ウィンクをしながら「さっすが弟くん!」と言うとルイは「別にそこまで褒められることじゃないですよ」と照れくさそうに頬を掻いた。

「ただ……思いついたのは良いんですけど気になる点がありまして。エスタさんも知ってると思うんですけど、ティジって凄くチョコレートのこと詳しいじゃないですか」
「うん。本当に色々知ってるよね。チョコレートのお菓子ってそんなに種類あるんだぁって思ったぐらい」
 好きこそ物の上手なれ、とはこういう意味かと感心したことがある。いや、あれは上達する物に使われる言葉だから知識量に対して使うのは少し違うか。

 

「だからちょっと背伸びして有名なお店のお菓子を贈ってももう知ってる可能性が高いかもしれなくて……ていうかティジなら絶対知ってる……」
「あー、その可能性はあるかも……じゃあえっと……あ!そういえばこの時期は繁華街の方でいろんな国のお菓子屋さんが来ていたりするんだよ!そこを見に行ってみようか!」
 そう言って「ティジくんの知らないお店も来てるかも!」と逸る気持ちでルイを先へと促した。

 ◆ ◆ ◆

 エスタの発言通り、繁華街では『感謝の日の贈り物に』という名目で諸外国から様々な菓子店が期間限定で出店していた。
 出店している菓子店は有名どころから新進気鋭の所まで多種多様な店が軒を連ねている。ここへはティジへのプレゼントを探しに来たのだが、楽しげな装飾や行き交う人々の賑わいに当初の目的を忘れて遊び呆けてしまいそうだ。

『ティジくんも連れてきていたら速攻で迷子になってただろうなぁ』と考えながら闊歩していると、ルイがふと「こういうのはどうだろうか……」と呼び止める。
 ルイが目を留めた物。それは色とりどりの華やかな見た目をしたチョコレート菓子――マンディアンの詰め合わせだった。

「良いね。いろんな味の物が入ってるし見た目も華やか。見て楽しい、食べても美味しい。一粒で二度美味しい的な……」
 個別売りとして陳列されていたマンディアンの個包装を裏返す。どうやらこのマンディアンは花をモチーフにしたデザインらしい。
 個包装の裏面にモチーフとなった花の名前と花言葉が書かれているのだが……花の名前のほうに既視感を覚えた。どこで見たのだったか。マンディアンを陳列棚に戻しながら頭をひねる。

 

『これ、もしも……もしもですよ?うっかりやらかしちゃったー、とかなったら……』
『良くて左遷』

 思い出した。昨年の春、衛兵に赴任した頃にクルベスから言われた『禁止事項』だ。しかもよりにもよってどんぴしゃりの二つ目。

 エスタは『チョコなのに青ってすごい色してるなー、と思って何となく手に取ったけど……そういえばこんな見た目の花だったわ』と心の中で呟いた。

 

 ……嫌な予感。興味があるふりをして他のデザインのマンディアンも個包装の裏を確認していく。
 赤いアネモネの個包装を見て一瞬手が止まった。

 これは……一つ目の禁止事項に触れるな。偶然とはいえ、一つ目と二つ目の禁止事項……そのどちらにも触れてしまう。これは流石に看過できない。
 心が痛むがルイには別の物に変えてもらわなければ。

 

「弟くん、ちょっといいかな。すこーし気になった程度なんだけどね?ここ確認してほしいんだけど……」
 手に持ったままの個包装の裏面を見せて花言葉の箇所を指す。
「大胆すぎない?」
 そこに書かれた文言を目で読むとしばし硬直するルイ。やがて再び脳が稼働したのか顔から火が出そうなほど真っ赤になった。

「俺そういうわけじゃなくて……!ただ綺麗だなーって、ティジって確か花が好きだったなーと思っただけで……!えっ!?うぇ、えーっと……!他のも見てきます!!」
 ルイは動揺のあまり最後のほうはよく分からないうめき声を漏らしながら他の商品を見に行ってしまう。
 追いかけようとしたが『今はソッとしておいてあげよう』とそこにとどまることを選んだ。むしろルイがいないうちにこの商品ないしはこの店について聞いておくとしよう。

 

 店員へ聞き込んでみたところ、この店は他の店と同様『感謝の日』が終わるまで期間限定で出店している店舗らしい。加えてこの二つ目の禁止事項に触れるデザインの物は今回だけの限定物だとか。
 それならば今回販売されたこの商品だけ知られなければ問題ないと言えるか。

 ◆ ◆ ◆

「今日は本当にお世話になりました……」
 帰路についていたルイはエスタに深々と礼を告げる。
 結局あの後、ティジへの贈り物は『口に入れるとパチパチと弾けるアメが入ったチョコレート』という物に決めた。このような物は初めて見たルイは「食べてちょっとビックリ……みたいな感じで楽しめるかな」と選んだのである。
(ちなみにルイは試食で一粒もらった際、パチパチと弾ける感触に目を丸くして驚いていた。このような遊び心のある菓子はあまり馴染みが無かったらしい)

 

「さて!あとは渡すだけだね!今日はたくさん歩いたし帰る前にカフェとかで休憩してく?」
「いえ、待ってるティジに申し訳ないんで帰ろうかなと」
「そっか。じゃあ今度みんなで出掛けた時にお茶しよっか。……あれ?弟くん、カバンちょっと開いてるよ」
「え、あ……ちょっと待っててもらえませんか。すぐに閉めますんで」
 エスタの指摘にルイは慌ててカバンの口を閉じようとするも、中で荷物が引っかかっているのかなかなか閉められない。

「手伝おうか?」
「大丈夫です。あの、何が引っかかっているのかは分かってるんで」
 ルイはカバンの中に入れた手をガチャガチャと動かしながら言葉を返す。引っかかっている何かを避けるようにカバンの中を整理しようとしているが一向に終わる気配が無い。

「じゃあ一旦その引っかかってる物を出したほうが良いんじゃないかな。俺、持っとくよ」
「いや、あの……それは困る……じゃなくて……えっと……出さなくてもすぐに終わるんで!ちょっと待っててください……!」
 妙に要領を得ない返事。だがこのままでは中の荷物が飛び出してしまうのではなかろうか。そう心配していると案の定ルイのカバンから小さな箱がこぼれ落ちた。

 

「うわ……っと!」
「あれ?それって……」
 ルイが咄嗟に手で受け止めた小箱に見覚えがある。エスタに見られてしまったことにルイが「あ……っ」と声を詰まらせた。
 ルイに別の物を選ぶよう提案した問題のマンディアンの詰め合わせ……と似ているが箱の装飾が少し違う。どうやら問題のマンディアンとは詰め合わせ内容が少々異なる物のようだ。

 あの場では「他のも見てきます!!」と言ったものの少しして「ティジの分は……別のお店も見ていこうかと思います」とエスタの元に戻って来たのだ。
 その際、手には何も持っていなかったから何も買わなかったと思っていたのだが……もしや自分が食べたいから買ったのだろうか。先の会話で気恥ずかしくなって「自分用に買った」とは言い出しにくくなってしまったのかもしれない。

 そう推測しているとルイがおずおずとその箱をエスタに差し出した。

 

「その……これは『日頃お世話になってます』ってことで……エスタさんに……」
 ちょっと早いですけどもう見られちゃったから、と付け足すルイ。エスタはその言葉と目の前に差し出された物に目をぱちくりとさせる。

「え……え?いいの?俺、そんな感謝されるようなこと出来てないよ?むしろ情けないところしか見せてないよ?」
「そんな事ない……です。もし受け取りづらかったら『今日お付き合いいただいたお礼』って考えてもらえたら……」
 自信無さげなルイにエスタは「受け取りづらいなんてそんな……」と感動に震える手で小箱を受け取った。

「うわぁ、めちゃくちゃ嬉しいぃ……一生大事にする……毎日『おはよう』と『おやすみ』って声掛ける……」
「いや、賞味期限あるんでそれまでには食べてください」
 食べるの勿体無い……と嘆くエスタ。実を言うと歓喜のあまり涙ぐんでしまいそうだったがルイにそんな格好悪いところは見せられないのでグッとこらえた。

 

「本当のこと言うと弟くんの分は後でこっそり買おうと思ってて……でももうこのまま買いに行こうか?何か『良いな』って思ったのはある?」
 ルイから貰ったマンディアンの詰め合わせを大事に抱える。(とは言うものの抱えるほどの大きさでもないため容易にエスタの腕の中に収まるのだが)

「いえ、そこまでしてくれなくても大丈夫です。俺があげたいと思ってやったんで」
「うぇえ、すんごい良い子……分かった。じゃあ後日こっそり買いに行くから当日まで楽しみに待ってて……」
「それ贈る相手に言っていいんですか……?」
 ルイの苦笑にエスタは「本当だ……うっかりしてた……」と洩らすのであった。

 


 ティジたちが13歳、2月の出来事。

 マグカップを割った出来事については第四章(20)『萌芽-1』での一幕。クルベスさんがマグカップ割っちゃった原因は『ルイの発言に動揺して』うっかり落としちゃったんですが、当のルイは自分の発言がそこまでの効果があるものとは思っていない様子。
 そもそもクルベスさんが動揺する、という姿があまり想像できないようです。普段は大人の余裕を見せてるからね。余裕ぶってるからね。