01.夜更けの内談

 ――墓地を訪れたその日の夜。
 ルイは自室のベッドで横になっていた。

『ちゃんと生きて、大切な人を守る』
 あの場所で決意したんだ。しっかりしないと。そう思い、こちらを案ずるクルベスに『もう大丈夫だから自分の部屋に戻る』と告げて今に至るわけだ。
 だがしかし、周りに自分以外誰もいないことによる静けさで孤独感に苛まれ、目が冴えてしまう。暗い部屋に一人きり。次第に劇場での出来事を思い出してしまい息が詰まってゆく。
「……全く眠れない」
 そう呟いても何にもならないのは分かっている。
 どうすれば解決できるのかも、分かってはいた。

 寝間着のままクルベスの私室の扉に手をかける。いつもそうだ。散々迷いながらも最終的にはここに行き着く。『もう大丈夫だから』と言った手前、こんな早くに訪れることになるなんて。とても気まずくはあったが意を決して目の前の扉を押し開けた。
「あぁ、来たかルイ」
「あ、ルイも来たんだ。今ね、クーさんと話してたんだ」
 中にはティジとクルベスがおり、それぞれソファーと椅子に腰掛けている。ティジはルイの顔を見ると人懐っこい笑みを向けた。

「どうした、眠れないのか」
 まるでここに来ることを見透かしていたかのようなクルベスの問いかけにきまりが悪くなり、ルイは無言で頷いた。
「こういう時は無理すんな、きつい時はきついって言え。ほら、ここ空いてんぞ」
 クルベスは奥の寝室の扉をくぐり、そこに鎮座するベッドへとうながす。
「いや、話ができればそれだけでいいから……」
「眠れないんだろ、いいからここで寝ろ」
 口ごもるルイを、有無を言わせずにベッドに座らせた。こんな時のクルベスはいつも強引だ。

「ティジも。今日はここで寝たらどうだ」
 寝室の扉の陰からこちらを見るティジにも声をかける。
「え、俺は大丈夫だよ。それにベッドはその一つだけだし」
 ティジは足の怪我も治りきっていないうちから『自分で動けるのに病室のベッドを占領するのは申し訳ないから』と言って夜は自室で寝るようにしていた。その口振りからして、おそらく今日も自分の部屋で寝るつもりだったのだろう。
「ベッドは折り畳み式のやつ持ってくるから、お前の寝る場所はあるぞ」
 首を横に振るティジを逃すまいと呼び留める。
「でも、クーさんの寝る場所が無くなりそうだから」
 ティジが指摘する通り寝室にはベッドは三つも置けそうにない。ルイが(強制的に)座らされているベッドとクルベスの言う折り畳み式ベッド一つが限界の広さだ。
「俺はそこのソファーで寝る。ほら、これで三人寝られる」
「それはさすがに申し訳ないっていうか……」
 クルベスの無理やりな計算に言い淀むティジ。だがしかし、ティジのほうはだいぶ押されているようにも感じられる。

「みんなで寝たほうが良いだろ、な?」
 クルベスは数の利があればいけると判断したのか、二人の応酬を黙って見ていたルイに話を振る。
「え……俺は……」
「思うよな?」
 クルベスの圧に負け、ルイは大人しく首を縦に振った。
「ぅ……それなら……お邪魔します」
「よし、決まりだな。じゃあちょっと待ってろよ、ベッド持ってくるから」
 返事を聞くなり、俊敏な動きでベッドを取りに行くクルベス。ティジはいまだ納得していない様子だったが、これ以上続けても相手は譲らないと考えたのか渋々うなずくことにした。

 

 比較的穏やかな顔で眠るルイ。あの劇場での出来事から今日までろくに寝られていなかったのだ。
 ――『もう大丈夫』なわけないだろ。無理して強がりやがって。

 静かに寝息を立てるその顔を椅子に腰掛けながら見つめる。すると微かに、隣で眠っているティジの声が聞こえた。
「……ゃだ……かぁさ、なんで……っ、やだ……やだ……っ」
 ひどくうなされている。漏れ聞こえる内容から察するに、母が殺されたときの夢を見ているのだろう。
「……めんなさっ……ぼく、ぼくの、せいで、……っ!」
 やがて呼吸を荒くしながら目を覚ます。乱れた呼吸を整えたのち、緩慢な動きで起き上がる。そこでようやくクルベスが起きていることに気が付いた。
「……クーさん、起きてたんだ」
 血色が引いた顔でクルベスに力なく笑いかける。
「まぁな。……何か飲むか?」

 

「変なとこ、見られちゃったな」
 隣の部屋に移動し、ソファに体を預ける。クルベスから受け取ったマグカップは温かいココアで満たされていた。口に運ぶとその温かさがじんわりと体に染み渡る。
「言っただろ、こういう時は無理すんなって」
 あの言葉はティジにも向けて言っていたのだ。
「……ルイは?」
 うなされていたところを見られたか、ということだろう。恐る恐るといった様子でクルベスを見る。
「寝てたから大丈夫」
 それを聞き、ティジはホッと安堵の息を吐いた。

「……ずっとか?」
 クルベスのその発言から、気づいていたのだと言うことは容易に想像できた。あんな姿を見せたくなくて、心配させたくない一心で、自分の部屋で眠るようにしていたのだと。ティジも一緒に寝ようと強引に言ってきたのはこのためだったのか。この人には敵わないな、と心の中で呟いた。
 
「……あれから、毎晩みるんだ。母さんが亡くなったときの夢」
 少し量が減ったカップの中身を見ながら、ぽつりと呟く。
「さっきまで温かかった体がどんどん冷たくなっていって、この手が、床が、真っ赤に染まって、止まらなくて、何にも、なんにもできなくて」
 自分の右の手のひらを見つめる。

 ――まるでその手が、今もなお赤く染まっているかのように。

「ぼくのせいだ、って声でいつも目が覚める」
 クルベスは何も言わずに黙って聞いてくれていた。その背の向こう、壁に掛けられた時計を仰ぎ見る。その針はとっくに日付が変わっていることを指し示していた。
「……ごめんね、こんな話きかせちゃって。クーさんも寝なきゃいけないのに」
 もうココアは冷めていた。あの温かさはなくなってしまった。
 すると、目を伏せるティジの隣にクルベスは座った。

「頑張りすぎるな。子どもは子どもらしく素直に甘えとけ」
 ティジの頭に手を当て、己の肩に寄せる。衣服越しにクルベスの体温が伝わった。頭を優しく撫でるその手も、とても温かかった。思わず涙が出そうになったが歯をくいしばって堪えた。

 でも少しだけ、ほんの少しの間だけ。その大きな体に身を寄せた。

 


第二章開始!
第二章は細々とした話や、過去の出来事などを書いていきます。
ココアにマシュマロを浮かべてみたいです。なんかおしゃれな感じがします。