慌ただしい状況であるため極力、人の出入りは最小限に抑えたいという理由から来客用の部屋で一泊したレイジたち。
翌日の昼頃には質素な作りではあるが葬儀会場のような物は出来上がっていた。
「こう言っちゃ何だけど……こんな短い期間でよく準備できたな」
セヴァとの話し合いが終わったクルベスにレイジがそう話しかけると、クルベスは「まぁな」と頷いた。
「今日の葬儀に関しては参列者は身内だけに限定しているからな。それが終わったら外部の者を招く告別式がある。むしろ忙しいのはこれからだ」
この国では安全面等の観点から王位継承者は十八歳になるまで世間に顔の公表はされていない。
そのため王位継承者の子も故人を見送られるよう、故人の死後数日以内に王室の関係者のみで葬儀が執り行われる。それが済み次第、その他外部の者を招いた告別式が実施されるのだとか。
なるほど。こんな時にも王室の事情が絡んでくるのか。
「だから今日は身内だけでお見送りするってわけだ」
どうりで人が少ないと思った。かつてはこの国を治めていた人だというのに参列者は自分たちのような王室関係者とサフィオの身の回りの世話をしていた者だけだ。こうしてクルベスと立ち話ができてしまえるぐらいに手持ち無沙汰である。
このあとが忙しいと言うが、それでは今こうして立ち話をしている余裕はないのではなかろうか。
そう思うも何か次の動きがあるようには見受けられない。一見すると故人を偲んで歓談する時間とも取れなくはないが……心なしかクルベスのまとう雰囲気に落ち着きが無いような。
「何か問題でも起きてる?」
「……正解」
セヴァの指摘にクルベスは決まりが悪そうに頭を掻く。普段の父は抜けている人だが時々こちらが目を見張るほどの洞察力を見せる時があるのだ。
「ジャルアのところの子がちょっとな……『花を手向けたくない』ってごねてる。いつもはそんなことを言う子じゃないんだ。むしろ聞き分けが良い……良すぎるというか」
葬儀では当然ながら故人に花を手向ける。そのためティジにも形式通り、サフィオに花を手向けてもらいたいのだが……。
どうやらティジはサフィオが亡くなってから部屋に閉じこもっているらしい。献花の旨を話しても「嫌だ」「したくない」の一点張り。
「さっきも見に行ったんだが……」とぼやくがその結果がどうだったかは言わずともクルベスの表情を見れば分かる。
「まぁあの子は父上のことを慕っていたからな。あんなふうになるのも無理はない」
話し込んでいるところにジャルアが割り入る。
「どうだった?」
「俺でもダメだった。父上の部屋にこもってドアの鍵も閉めてた。返事すらしてくれなかったし……よほどショックだったんだろうな」
ため息まじりのジャルアの発言にクルベスの眉がピクリと動く。
「俺が確認した時はティジは自分の部屋にいたぞ。それにサフィオじいさんの鍵を閉めたのは俺だし」
「え、どういうことだ」
二人の話をまとめるとこうなる。
ジャルアが様子を見に行く前に念のためクルベスはサフィオの部屋を見に行ったところ、そこには誰もいなかった。ティジは自分の部屋に戻ったと考えたクルベスは『しばらく誰も入らないだろうから』と防犯のためサフィオの部屋を施錠した後にティジの私室に向かった。
案の定ティジは自分の部屋にいたが、結局「嫌だ」と献花を拒んでその場から動こうとはしなかったらしい。
その後にティジの状況を聞いたジャルアが「俺からも説得してみる」とティジの部屋へと足を運んだがティジはそこにおらず。
サフィオの部屋のほうを確認したら鍵が閉まっていたので念のため扉越しに声を掛けて葬儀会場まで戻ってきた、という経緯だ。
互いの経緯を確認したクルベスとジャルア。みるみるうちに二人の顔から血の気が引いていく。
「いや……いや、もしかしたら魔術でサフィオじいさんの部屋の鍵を開けて中に入ったのかも。前に一度外側から鍵掛けてるのを発見したからその逆だってやろうと思えば出来るはず。で、また内側から鍵を掛けた。そうだ、これなら説明がつく」
自分に言い聞かせるように呟くクルベス。その呟きにレイジは『あの子も魔術を扱えるのか』と思案した。
「とー……りあえず……二手に別れよう。俺はティジの部屋。お前は父上の部屋。二人同時に確認しに行けば良いだろ。どっちかの部屋にいるならこれで絶対会えるはず」
同じく動揺した声音のジャルアはクルベスに「着いたら電話するから」と有無を言わさずに指示してバタバタとその場から駆け出していく。それにハッと我に返ったクルベスは遅れて会場から飛び出した。
◆ ◆ ◆
『よし。せーの、で開けるぞ』
サフィオの部屋の前に到着したクルベス。一方でティジの部屋の前に辿り着いた様子のジャルアは全力疾走したのか若干息を切らしていた。
電話越しにでもジャルアの声が緊張をはらんでいることが窺える。念のため鍵を差して回してみるとカチャリと小気味よい音を立て、たったいま解除したことを表した。
だが先ほど立てた仮説『ティジが魔術を使って外側から鍵を開けて、部屋に入った後に内側から再度鍵を閉めた』が合っていればこの状況にも説明がつく。
「せーのっ!」と声が重なる。
一瞬の沈黙ののち、城の二箇所で同時に叫び声が響いた。
「「いない!!」」
部屋の中をくまなく探したがその姿はどこにも無い。まだ移動中なのかもしれない、と淡い希望を抱いて部屋の前で十分ほど待つがティジが戻ってくる兆しはなかった。
へなへなと床に座り込んで深いため息を吐くクルベス。『せめてジャルアがティジの様子を見に行く時にもう少し情報共有をしておけば……』と今さら後悔しても遅い。
『サクラとユリアのところにも来ていないって……』
急いで妻のユリア(と彼女と一緒に行動している娘のサクラ)に『ティジを見かけていないか』と確認したジャルア。その報告にクルベスは思わず「まじかぁ……」と嘆いた。
あの子はどこに行ってしまったのか。おそらくあの子に最後に会ったのは自分だ。深呼吸をしながらクルベスは直前に交わしたやり取りを振り返る。
ずっと泣いていた。ひどく泣き腫らした顔で、サフィオが亡くなった一昨日から泣き続けていたから喉も痛めたのだろう。枯れた声で「じぃじ」と幾度も呼んでいて。
その悲痛な姿にこんなにも拒んでいるのだからティジの意思を尊重して、もう献花などさせなくて良いのではないかという考えも浮かんだ。
だがもしも今は意地を張って、自暴自棄になって「したくない」と言っているだけだとしたら?
葬儀という場で故人に花を供えることはこの一度きり。葬儀が終わった後で『やはりあの時やっていれば良かった』と悔いても後の祭りだ。
そうだ。それを懸念して俺は――
「花は?そっちの部屋を出る時にあの子のそばに花を置いていったんだが近くに無いか」
『……見当たらないな』
ひと呼吸置いた後のジャルアの返事にクルベスは頭を抱えた。
「もしかしたらやっぱり花を供えに行こうと思って飛び出た……って可能性があるな」
ならばすぐにでもセヴァのところに戻らねばと踵を返すクルベス。その出鼻をくじくように『なぁ』と電話の向こうのジャルアが呼びかけた。
『あの子、ここ最近はずっと父上と一緒に行動させてたよな。あの子一人で会場までたどりつけるか?城の構造は把握してると思うか?』
「それってつまり……」
ジャルアの言わんとしていることを察してゴクリと唾を飲む。
『どこかで迷子になってんじゃ……』
その推測はおそらく当たっている。何故ならクルベスもジャルアもここに向かう道中でティジと会えていないから。
結局のところ、城内をくまなく捜索する必要はありそうだ。あの子が今どこにいるのか手がかりは一切無し。しらみつぶしで探すしかない。
クルベスはこれから衛兵にティジの捜索を指示する旨を伝えてジャルアとの電話を切る。そこへ入れ替わるようにセヴァからの着信が入った。
ちょうど良かった。そちらにティジが戻ってきていないか聞いておくか。
『兄さん!そっちにルイはついて来ていない!?』
「え……いや、いないけど……」
いちおう部屋の外に出て、そこから見える通路も確認。しかし七歳の幼な子の姿は無い。
まさか。いや、そんな最悪な偶然が重なるわけ無い。あってたまるか。
『ルイがいないんだ!近くを探したんだけどどこにもいなくて……!勝手にどこかに行っちゃうような子じゃないのに!』
電話口からは『俺がルイを探さないと……!』と焦燥感に駆られたレイジの声と『いいから落ち着いて』と言っている当の本人が全く落ち着けていない制止の声が聞こえた。
今回クルベスさんが動揺のあまりこぼしていた「前に一度外側から鍵掛けてるのを発見した」は第二章(18)『陽だまりと雨-2』での回想にて。魔法が扱えると分かって色々と片っ端から試してクルベスさんにしこたま怒られた時のことです。