03.フリージア-3

 昨日から家族みんなでお葬式っていうのに行っていた。お父さんもお母さんもなんだか忙しそうで、でも何だろう……いつもとは違う。

 伯父さんと会えたのは嬉しかったけれど、何でかみんな元気が無い。お兄ちゃんもいつもと様子が違う。
 落ち着かないぼくにお兄ちゃんはずーっと一緒にいてくれて「ルイ、大丈夫だよ」って優しく笑ってくれるけれど、そう言っているお兄ちゃんのほうが大丈夫じゃなさそうに見えた。

 そうしているうちにお葬式が始まって『お父さんたちが仲良くしていた人』にお花をあげた。お父さんに聞いてみたら、どうやらこの人は体が丈夫じゃない人だったようで何日か前に突然具合が悪くなってそのまま亡くなっちゃったらしい。

 

 しばらくすると伯父さんたちがすごく慌てた様子で話していて。(「部屋」とか「魔術」とか聞こえた)
 そのまま伯父さんたちは何かの確認のために急いで走ってどこかに行ってしまった。

 いったいどうしたんだろう、と思いながらお父さんたちと大人しく待つ。けれどもそれからしばらく待ってみても伯父さんたちはなかなか戻ってこない。
 まだかな……と思いながらキョロキョロと周囲を見回していると、部屋の窓からある子どもの姿が見えた。

 

 自分と同い年に見える子は手に花を持っていた。パーカーを羽織っているその子はフードを深く被っていたから顔はよく見えなかった。
 少し顔を上げてぼくたちのいる部屋を見る。それから手元の花をジッと見て……逃げるように駆け出してしまった。

 お兄ちゃんたちにいま見た子どものことを伝えようとしたけれど何か話しこんでいる様子。お話しているのを邪魔しちゃうのは良くない。でもそうこうしている間にも走っていった子はどんどん遠くに行ってしまう。

 このままじゃ見失っちゃう。

 そう考えたぼくは後先考えずその子のあとを追いかけた。

 ◆ ◆ ◆

 確かこっちのほうに走っていったはず。そんなふうに半ば当てずっぽうで追いかけていく。正直言うと自分がどの方角から来たのか分からなくなっていたから、今からお兄ちゃんたちのところへ戻ることはたぶん無理だ。
 元居た場所に戻る道も走っていったあの子がどこに向かったのかも分からないままひたすら足を進めていく。

 しばらく歩いていると開けた場所に出た。自分はどこまで来てしまったのだろう。

 緑が多いその場所の白いベンチでその子は泣いていた。

 ベンチの上で足を抱えて、フードを深く被っているから顔は見えない。自分が近づいてもその子は顔を上げることはなく、声を押し殺して泣き続けていた。

 どうしよう。とりあえずこのまま何もしないで見ているだけっていうのは良くない。
 そう考えたぼくはオロオロしながらその子の隣りに座った。

 

「ど……どうしたの……?」
 勝手に追いかけてきて『どうしたの?』と聞くなんて、すごくおかしなことを言っている自覚はある。でも誰かが泣いているのを慰めたことが無いのでこういう時ってどうしたら良いのか分からない。どちらかというと普段はぼくが泣いていて、そんなぼくをお兄ちゃんが慰めてくれることのほうが多い。

 ふとその子の脇に置いてある花に目が留まる。その花は先ほどぼくもお葬式で『お父さんたちが仲良くしていた人』にあげた物と同じ花だった。

 

「……じぃじ」
 蚊の鳴くような声。花に触れようとした手を引っ込めてその子の言葉の続きを待った。

「じぃじに、お花あげようと思って……でも……っ、やっぱりぼくにはできない……できないよ……」
「『できない』ってどうして?」
 顔を伏せたまま声を詰まらせてしゃくりあげるその子に問いかける。言ったあとで気がついたが、いきなりこんな踏み入ったことを聞くのは良くないのではないか。でも一度口に出してしまったのでもう遅い。
 この場に流れる気まずい沈黙を破るようにその子は自分から口を開いた。

 

「じぃじと一緒にいる時、じぃじ急に倒れちゃって、すっごく苦しそうで……すぐにクーさんを呼ばなきゃいけなかったのに、ぼく怖くて……っ、どうしたらいいのか分からなくなって……!」
 袖を握りしめる手にギュッと力がこもる。とても強い力で握っているのか指先が白くなっていた。

「結局クーさんが来るの遅くなって……っ、あの時ぼくがすぐにクーさんを呼んでたら、じぃじは死んじゃわなかったのに!ぼくが、ぼくのせいで、じぃじ死んじゃったぁああ……!」
 その子はそう叫ぶと大声をあげて泣き始めた。

 

 どうしたら良いだろう。こんな時お兄ちゃんならどうするのだろうか。
 ぼくがこんな風に泣いている時、お兄ちゃんや伯父さんならぼくの頭を撫でて慰めてくれる。でもこの子とは初対面だ。今日初めて会った子の頭を撫でる勇気はない。

 行き場の無い手が宙を彷徨う。その涙を止められるような言葉も思いつかなかったぼくは、泣いているその子に寄り添うことしか出来なかった。

 


 この頃のティジはほぼ常にじぃじ(サフィオおじいさん)と一緒に行動していました。事あるごとにお菓子をくれたり色んなお話を聞かせてくれたりして、離れるのは寝る時ぐらいずっと一緒。