02.木の芽時-2

「いやー、まさか本当に応じてくれるとは思わなかったよ」
 学校内の食堂。その一角にあるテーブル席でシンはにこやかに言う。それに対してルイは眉間にシワを寄せ、不快感をあらわにした。

「元はと言えばお前がしつこく誘ってきたんだろうが」
「冷たいなぁ。わざわざ端っこの席を取ってあげたのにー」
 文句をたれるシンにルイは「こいつ恩着せがましいな」と冷めた目で見る。だがしかし、その恩着せがましい行動が助かったのも事実。ティジとしても四方八方に他人の目があるよりは端の席のほうが落ち着くだろう。

 それにしても何故シンはこうも不愉快な言動を繰り返すのだろうか。対人感コミュニケーションに問題しかないじゃないか。他の生徒とは一切衝突する事なく交流できているのに。
 もしや他者とある一定以上の友好関係を築くことが不得手なのだろうか。ルイ自身もその傾向はあるので多少同情するが不愉快な思いをさせられていることには変わりないので普通に軽蔑する。

 

「何はともあれ。せっかくのお昼ご飯が冷めちゃうから頂くとしようか」
 そう促すシンの前にはエスタが話していたフレンチトーストが置かれていた。ルイは一歩出遅れ、あいにくと売り切れとなってしまっていたので別の物を頼むこととなったのだ。
 仮にフレンチトーストが残っていたとしてもシンに「お揃いだね」とか言われてからかわれるから結局頼まなかっただろう、とルイは自分に言い聞かせる。学食は今日しか行けないわけではないのだから、また今度シンがいない時に頼むとしよう。

「騎士君もいる?」
「は?」
「すっごい羨ましそうに見てたから欲しいのかなーって。しょうがないから一口分けてあげるよ」
 ガラの悪い返事をしたことにシンは気を悪くする様子もなく。一口分に切り分けたフレンチトーストをフォークで刺し「はい、あーん」と差し出す。それに対してルイは「お前からの施しなんていらない」と言わんばかりにそっぽを向いた。

「一口だけじゃ嫌だった?騎士君って見た目によらず欲張りさんだね。じゃあせっかくだからティジ君どーぞ」
 そう言うやいなやシンはルイに差し出していたフォークをティジのほうへと向ける。ティジもルイと同様に断ろうとしていたが「ほら、早くしないと落ちちゃう」と言われたのでフォークから落ちてしまう前にフレンチトーストを一口いただいた。
「おいしい?」
 シンに聞かれ、コクリと頷くティジ。流れで食べてしまったがフレンチトーストはほっぺたが落ちそうなほど美味しかった。

 

「さーてと。ティジ君の太鼓判もいただいたし俺も食べるとしようかな」
「待てコラ。フォーク替えろ」
「ばれたか。騎士君は相変わらず、ティジ君のことになると目ざといねぇ」
 ルイはティジに一口分けた際に使ったフォークをそのまま使い回そうとしたシンを止める。油断も隙もない。凄みを利かせるルイを物ともせず、シンは楽しげに笑いながらペン回しの要領でフォークをくるりと一回転させた。

「お前、人をおちょくるのも大概にしろよ」
「あっはっは、怖い怖い。嫉妬深いワンちゃんに噛みつかれる前に交換してこよーっと」
 ルイが額に青筋を立てて怒る様子にシンはさっさと立ち上がりフォークを交換しに行った。
「俺のことは気にしないで先に食べてて良いよ。あ、でも俺のフレンチトーストはつまみ食いしちゃダメだからね。食いしん坊の騎士君」
「誰がするか!」
 声を張り上げるルイにシンは笑い声をあげながら呑気に歩き去る。その遠ざかっていく背中に向けてルイは『そのまましばらく戻ってくるな』と心の中で呪った。

 

 このままちんたらしていたら昼休みが終わってしまう。シンの言うことに従うのは非常に不服だが先に食べておくか。そう考えたルイは深いため息を吐くと、魚介類をトマトソースと和えたスパゲッティ――ペスカトーレを食べ始める。
 その様子にティジは『ひとまず乱闘騒ぎに発展することは無かったか』と安堵の息を吐き、自身も食事にありつくことにした。

 この学食にはフレンチトーストやペスカトーレなど凝った料理が多い。ティジの方はというとエスタが絶賛していたオムライスを選んでいた。
 なるほど。エスタから話を聞いていた時も思っていたがこれは確かに美味しそうだ。いざ実物を目の前にすると視覚だけでなく嗅覚からも食欲を刺激される。

 半熟のオムレツをチキンライスと一緒にすくい上げる。そのまま口に入れる前にふと思い出した。

 そういえば昔どこかでこれとはまた違うシンプルな見た目の――ケチャップライスを薄焼きの卵で巻いたタイプのオムライスを食べたことがあった。家庭的な見た目だけどあれもすごく美味しかった記憶がある。どこで食べたのだったか。

 

『口に合ったのなら良かった。ずっと一人暮らしだったから、ちょっと心配だったんだ』

 

 ズキリ。

「い……ッ」
「ティジ。大丈夫か?」
 頭に脈打つような痛みが走る。耐えがたい痛みに思わずこめかみを押さえたが、心配そうなルイの声に意識が引き戻された。

「だい、じょうぶ……」
「顔色すごく悪い。……今日は早退しようか」
「いや、平気。本当に大丈夫だから」
 エスタに迎えの連絡を入れようとするのを止め「平気だよ」と努めて笑顔で返すも、ルイは頑なに譲らない。

「動けるうちに帰ったほうがいい。いま本当にひどい顔色してる」
 ルイがそこまで言うということは自分はいまルイから見ても相当具合が悪そうに見えるのだろう。
 でもまだ食事が残っている。残してしまったら作ってくれた人に申し訳ない。

 

 だがしかし、目の前にあるソレに匙が入らない。あれだけあった食欲がすっかり無くなってしまっていた。

 


 今回のシン君の行動に対して非常にお怒りのルイ。言うてルイ自身も幕間(5)『束の間の休息-5』にてティジにガトーショコラを一口お裾分けしてるし、ちゃっかり同じフォークで自分も食べてたけどね。

 一口あげたのは「ティジも食べたいだろうな」と思ってしただけだけども、その後のフォーク使い回しについては『あ、これ今さっきティジが口をつけてたってことは……このままこれを使うと間接キスになるよな……!?いや、でもここであからさまに交換したら気にするかもしれないし……折角の旅行で嫌な思いをさせるほうが良くない……よな。うん、ティジも全く意識してないから俺も気にしてないふりだ。そうしよう。平常心だ。平常心を装え』と自分に言い聞かせてそのまま同じフォークで食べました。

 ぶっちゃけシン君の行動をとやかく言える立場じゃないぞ。そこのところはどうなんですかね。