「二人ともおかえり。学校はどうだった?」
正門前。懐古に浸りながら待っていたエスタは早足で歩いてきたルイたちに声をかける。
「別に。いつも通りですけど」
ルイは自身の発言とは裏腹に刺々しい口調で返す。何かあったことは明白だ。その証拠にティジも困り果てた様子で手を引かれていた。
「あ、ティジ君これ着る?最近涼しくなってきたから、体冷やしちゃわないように持ってきたんだ」
そう言ってパーカーを差し出すと、ティジは少し表情を晴らしながら受け取った。
「うん。フードも問題なく被れる。サイズは大丈夫そうだね」
少し強引かもしれないがフードの端を持って被せる。ティジはそれに驚いたものの『サイズ確認の名目で被せたのだ』と聞くと、心なしかホッとした様子でフードを整えた。その反応からして『人目が気になるだろうから』と持ってきたのは正解だったようだ。
丈やら袖が余りがちな姿にエスタは『おかしいな、これ標準サイズだぞ?本当に大丈夫?栄養足りてる?』と思うも、ティジの面子のためにも指摘はしない。ティジが気にしすぎないようにルイの分のパーカーも持ってきていたが「俺のは無くて大丈夫です」と断られてしまった。
「へぇ、それで弟くんはご機嫌ナナメというわけか」
結局、ルイのほうから自発的に話してくれた内容にエスタは頭を悩ませる。
「あいつ、どうかしてる。初対面のくせにあんなベッタベッタ触りやがって。顔なんて生物にとって重要な器官が集中する場所なんだぞ。それを馴れ馴れしく……俺もあんな風に触ったことないのに……っ」
「弟くーん?ちょっと落ち着こうか」
最後の一言は小声だったが本音が出てしまっている。ルイがここまで感情的になってるのは珍しい。
「じゃあルイもする?」
「いや……大丈夫」
頬を差し出したティジに逡巡するも、結局断るルイ。しかし名残惜しいのかティジの頬を見つめていた。それに気づいていないティジは自分の頬に触れながらひとりごちる。
「そっか。でもそんなに触り心地いいのかな。ずっと触っていられるって言ってたし……」
それを聞くとルイは若干ムキになった様子でティジの頬を触り出した。まるで触られたところを上書きするように念入りに触っている。
二人の様子にエスタは『弟くん、さては嫉妬してるな』とにやけてしまう。「どう?」というティジの声に、ルイは我にかえった様子で慌てて手を離した。
「まぁ……うん。結構良かった」
みるみるうちに茹でダコみたいに顔を赤くしていくルイに首を傾げるティジ。
そんな二人を横目にエスタは『ていうか弟くん、ティジ君とはそういうスキンシップしたこと無かったんだ。一緒に寝たりはするのに意外だ』という感想を抱く。
「弟くんは心配してるんだよ。ティジ君が嫌な思いしてるんじゃないかって」
「俺は本当に平気だよ。ちゃんと面と向かって話してくれるほうがまだ安心できるし」
エスタの言葉に、ティジは何でもないといった様子で重い発言をする。その内容から推察するに過去に陰口を叩かれた経験があるのだろう。それはそれで心配になる。
「大切な人には嫌な思いはしてほしくないものなんだよ。俺はもちろん、弟くんにとっても大切な存在だからね」
そうだよね、とルイに同意を求めるとルイはエスタの袖を強めに引いた。レイジに対して同じことを言った場合、容赦なく肘鉄を喰らわされるのでルイはまだ温情がある。
一方で彼の想い人はエスタたちの応酬を深読みすることも無く、「ありがとう」と嬉しそうに笑っていた。
ルイの恋路はおそらく厳しい……というか叶う可能性はゼロにも等しいだろう。
相手は次期国王だ。それ以外にも様々なしがらみがある。ルイもティジのことを想っているからこそ、自分の想いを伝えないまま変わらずティジのそばにいることを選んだのだ。
ルイを幼少の頃から知るエスタとしては、彼の気持ちを応援したい。だがしかし……とりあえず邪魔だけはしないように優しく見守っていよう。たまにちょっかいを出してしまうのはご愛嬌だ。
「でもあいつ、気安く名前も呼んだんですよ?俺のことはまだいい。でもティジって……!」
ルイは怒り冷めやらぬといわんばかりに頬を膨らませる。意外と独占欲が強いのかもしれない。
「ま、まぁまぁ。一旦落ち着いて。相手も悪意があるわけじゃないんだし」
「悪意ならある。俺への当て付けだ」
ルイは相当気が立っているのか、日頃エスタと話す時は敬語を使ってるというのに、先ほどから度々敬語が抜ける。エスタとしてはこちらのほうが距離が近く感じられて嬉しいが……機嫌は直してほしいというのもまた事実。
ティジは城の外では『ティティ・ロイズ』と名乗っている。これは外部で活動する際に使用する仮の名前だ。王室のファミリーネームである『レリリアン』という名前は出せないことに加えて、王室の日常をお届けする報道では現国王の息子の名前が『ティルジア・ルエ・レリリアン』だということも公表されてるためだ。
そんな生活もあと2年ほどで終わりを迎える。
王位継承者は自身が18歳になった時、王位継承の意を表明するとともに正式に顔見せをするからだ。
そうしたら今以上に他者からの注目が集まる日々が始まる。だからそれまでの間はできるだけ心穏やかに過ごしてほしい。そう思っているからこそルイもここまで怒っているのだろう。『……いややっぱり単純に嫉妬かも』と邪推してしまうのは許してほしい。
ちなみにルイは城の外で活動する際も本名の『ルナイル・ノア・カリア』で通している。
ルイに王位継承権は無いことと、彼が王室と親戚であることは知られていないからだ。とどのつまり、隠す理由がない。
「明日会ったら問いただす。何か問題が起きる前に対処しないと」
「それはおすすめしないかなぁ。その子とまだそんなに親しくないんでしょ?いきなり詰め寄ったりなんかしたら悪目立ちしちゃう」
エスタに今後の学生生活に悪影響が出る可能性を指摘されたルイは不服そうに唸る。
もし何か不安があるなら多分クルベスが(ルイたちには黙って)身辺調査をしてくれるだろう。それで問題なければそのまま見守っておくだろうし不審な点があれば何かしら対策を講じるはずだ。
「ティジ君の今後を考えたらできるだけ他者との交流の機会はあったほうがいいからね。子どもの巣立ちを見守る親鳥のような気持ちで見守っていこう?」
「……何ですかそれ」
「え、俺なりのアドバイス」
いまいち心に響かなかったご様子。言葉のチョイスが悪かったか。
ティジたちが通い始めた学校の卒業生でもあるエスタさん。もちろん(追試やら補講で)お世話になった先生もいます。