03.束の間の休息-3

 空が橙色に染まる頃にようやく宿泊施設に到着し、エスタたち一行は早速そこの目玉とも言える屋外の入浴施設――温泉に足を運んだ。

 実際、王宮にも大浴場があるので複数人で入浴することに慣れていないわけではない。そのはずなのに、弟くんは何故か「自分は後でいいから」と遠慮していた。
 でも弟くんを一人で入浴させるのはすごく不安だったので、かなり力強く踏ん張って抵抗していたのを何とか引っ張ってきた。だってさっきのことを考えると心配になるもん。まさかあんなことになろうとは……。

 まぁまぁ見慣れてしまって頭から抜け落ちてたけど弟くんって相当綺麗だもんなぁ。あとティジ君も元気な男の子って印象で見ていて微笑ましい感じなのでもしかしたらそれが目に留まったのかもしれない。
 二人が復学したら送り迎えだけでなく学校での様子も聞いておいたほうがいいかな。最悪、俺は卒業生なので校内で何かあった時にも入れるし。

 

 警護の方針などはさておき。『いざ温泉!』と入ったものの、弟くんがずっと俯いていることが気にかかる。落ち込んでいるような様子はなく、何かを我慢するかのようにグッと唇を噛んでいる。
 弟くんって何か我慢する時よく唇を噛んでるんだよなぁ。本当は言いたいことがあるけど言い出せない時とか。自分の気持ちを抑えがち。

 まぁ弟くんは表情や態度から分かるだけまだいい。
 ティジ君の場合はこっちが直球で聞いてようやく「そんなことないよー」ってちょっとぎこちない笑みで返す程度だ。抱え込みすぎてるんじゃないかってクルベスさんも相当心配してるみたい。

 

「4人で入るのって初めてだ。ね、ルイ」
 ティジ君が同意を求めるように弟くんに近づくとなかなかの速さで離れた。
 あー……分かった。弟くんがずっと俯いている理由。そういえばティジ君への想いに気づいてからは一緒に入浴するのは初めてだわ。
 まだそんなに入っていないのに弟くんの顔は茹で上がったみたいに真っ赤になっていた。

「落ち着け落ち着け大丈夫、普段と変わらない……ただちょっと久しぶりだから緊張してるだけ何でもない本当に大丈夫」
 ぶつぶつと早口で自身に言い聞かせている。
 これ、心の声がダダもれ……っていうか口に出ていることすら気づいてなさそう。とりあえず弟くんの肩を叩いて口をチャックで閉めるような動作で教えるとハッとした様子で口を塞いだ。でもまだモゴモゴ言ってる。
 そんな弟くんを不思議そうに見ているティジ君にクルベスさんがすかさず「こっち来たらどうだ」と呼び掛けた。さすが慣れてるだけある。ナイスフォロー。

 

 クルベスさんって体格いいな。あと筋肉も結構ついてる。やっぱり医者だから動けない人を運べるように鍛えてんのかな。
 そんなクルベスさんとティジ君が並んでいるのを見るとティジ君がますます小さく見えてしまう。いや、実際平均よりちょっと小さいんだけど。
 前にそのことに触れてしまった時、少しムキになった様子で「今はまだ小さ……そういう感じかもしれないけど、これから成長するから」と言われた。たぶん相当気にしてる。

 クルベスさんに鍛えてもらっている弟くんと比べてもティジ君の体は細いほうだ。栄養状態は問題ないはずなのに。
 むしろ2月中旬の感謝の日は(見ているこっちのほうが胸焼けするほどの)とんでもない量のチョコレートを残さず食べているというのにその体型を維持しているのはどういうことだろうか。

 少し心配になって以前クルベスさんに聞いてみたところ、どうやらティジ君の体内で軽く運動している程度の謎のカロリー消費が発生しているらしい。
 起きている間、一定の量のカロリー消費が持続されていることから「ティジの魔力と関係あるのかもしれないなぁ……」と困った様子で呟いていた。医者の立場としては甘味の過剰摂取とかは注意するべきなのだろうが、この謎のカロリー消費があるせいでそれもはばかられるようだ。

 その後「でも実態が掴めないってのも不安だな……」とこれまでのティジ君の体調を記録した資料とにらめっこしながら熟考したのち「もしかして普段から魔力の調整とかしてんのか……?」ともこぼしていたっけ。
 ちょっと理解できなかったのでクルベスさんにもう少し簡単な説明を求めると次のように述べた。

 

『ティジは魔術を使いすぎた後や言い付けを破って植物の世話をした後、魔力のバランスが崩れてぶっ倒れるだろ?その時ティジの魔力はとんでもなく増減するんだよ。増える余地があるってことは、もしかすると計測して叩き出されるティジの魔力は本来の物を抑えた数値なんじゃないか……つまりティジの保有している魔力はこちらが把握しているものより高い可能性があるんじゃないかって考えた。仮にそうだった場合、体内で自分の魔力が一定の数値を保つよう調整する作業にカロリー消費してんじゃないかなぁ……って。憶測でしかないけどな』

 ティジ君も「そうなのかな……?」と分からない様子だったことから無意識に魔力の調整をおこなっている可能性が考えられたけど、あまりに非現実的かつ前例もない(あと万が一取り返しのつかない事態になってはいけないので)検証もできない問題だったため、結局確かめることはできなかった。

 とまぁ何はともあれティジ君は他の子より『若干』体格が小さい。体格の大きさで言うとこのメンバーではクルベスさん、俺、弟くん、そしてティジ君の順番になる。
 先ほどの襲われかけた時も茫然自失としていたティジ君を落ち着かせるために抱きしめたけど、まぁまぁ収まり良かったもんな。色素が薄いのか肌も白いし笑顔が印象的で見ていて可愛らしく思えてくる(これに関してはひいき目があるかもしれないが)
 そりゃあ変な輩に目を付けられてもおかしくないか。弟くんのほうばっかり気にしてて忘れてたけどティジ君のことも気に掛けないとな。あといちおう王子様だし。万が一にもこの子が傷ついてしまうようなことがあってはいけない。

 

 そんなことを考えている間も弟くんは自分を落ち着かせようと頑張っている。でもチラチラとしきりにティジ君の体を見ちゃっているんだよなぁ……。幸いにもティジ君は気づいてないけど(ていうか気づかないようクルベスさんが話し掛け続けている)
 弟くんも高校生だからね。好きな子のことって気になっちゃうんだろうね。

「ルイ大丈夫?顔すごく赤いよ」
 さすがに長時間の惹き付けは無理があったようでティジ君は心配そうな様子でこちらに来てしまう。そんな彼に弟くんは必死に首を振って応える。でも弟くんはいまだに混乱しているのか横に振っている。
『気にしないで』と伝えたいのだろうけど……無言で首を振っているのでそれだと『大丈夫じゃない』という意味で捉えられてしまうぞ弟くん。案の定ティジ君は止まらない。こりゃ大変だ。

「もうあがったほうがいいんじゃないかな。のぼせたら大変だ、あっ!」
 お湯の中で足を滑らせたのかティジ君の体がガクンと傾き、そのまま弟くんの体に倒れこむ。弟くんは端のほうまで後ずさっていたのでそれ以上倒れることはなくそのままティジ君の体を受け止めた。

「い……っ」
 ティジ君を受け止めた際に少し背中を打ったのか、弟くんは苦悶の表情で声を漏らす。
「あ!ごめんルイ!怪我させちゃった……!?」
「いや、平気……え?そうじゃなくて、なっ、ティジちか、――うっ」
 弟くんは『平気』と言った時点では自身の状態を把握できていなかったらしい。
 目の前の事象――ティジ君と抱きあっている状態に弟くんの処理能力が限界を超えてしまったのか、結構勢い良く鼻血を出した。

 

 ギョッとしたティジ君が「大丈夫!?」と声を掛けるも、その手が弟くんに顔に触れることで余計に悪化してしまう。その鮮血は止まる気配がない様子から、おそらく弟くんの心拍数はとんでもないことになっていることだろう。
 鼻血出すってベタな反応するなぁ(ちなみにティジ君はクルベスさんがそれとなく離れさせた)好きな子と裸で密着したらそりゃドキドキしちゃうか。

 とりあえず取り急ぎ弟くんをあがらせて脱衣所で応急手当をする。鼻血の止め方は以前クルベスさんから聞いていたので問題なく止められた。
 失礼かもしれないけど「うぁああ……」などの何とも言えない声をあげている弟くんに吹き出しそうになった。

 


明るくいこう!な温泉パートです。温泉パートのはずなのにティジの体質についての説明が入ってます。