04.白雪の朋友-2

 ――翌日。
「あ」
「……」
 朝、正門でレイジと鉢合わせる。まぁ同じ学級なので登校時間が被ることは何ら不思議ではない。もしかすると今までも気がついていなかっただけで、そばにいたのかもしれないし。
 レイジは俺の顔を見るなり、苦虫を噛み潰したような顔をする。そんな表情をしても綺麗な顔なんだよなぁ……とは言わないでおく。また昨日みたいな厄介事は御免だ。

「えーっと、おはよう」
 俺からの挨拶を無視して歩く。まぁ当然のことだが向かう先は同じなので、必然的に並んで歩くことになる。あからさまに距離とるのも心象よくないし。近くで見ると本当に端整な顔立ちをしているな、と実感させられた。
「……ルイがありがとうって言ってた」
「へ?」
 独り言のように呟く。
「お前に、一緒に探してくれてありがとうって」
 まるで親の仇でも見るかのような目。言ってることと表情が全く合っていない。何が不満なんだ。
「あんなに笑って、お前のこと話して……!」
 わぁ、これは筋金入りのブラコンだ。
「本当にルイに何もしてないんだな?」
 昨日さんざん繰り返された質問を投げ掛けられ、さすがに心外だったので意地の悪い返しをした。
「何もしてないって。それともなんだ、弟くんの言うことが信じられないの?」
「は?」
 おっと、恐ろしくドスの効いた声。
「ルイのことを疑うわけない。でもお前の言ってることは信用できない」
 そう言ったっきり、用は済んだとばかりにさっさと歩き去ってしまう。……あいつの言ってること無茶苦茶ではないか?

 その日一日なんとなく気になってレイジのことを観察していたが、今朝までのことがまるで夢だったかのように以前と変わらないすました顔で過ごしている。相変わらず注目の的だったが、本人はどこ吹く風といった様子。強いていうならため息が多いな、という点は気になった。

 放課後、教室を出ようとすると後ろから腕を強く引かれる。危うく転けるところだった。
「……」
 今朝と変わらない、えらく整った顔でレイジはこちらを見つめる。いや、せめて何か言ってくれ。
「……今週末」
 やがて小さく呟く。
「親がウチに呼べって。ルイと一緒にいてくれたお礼がしたいからだと」
 これ以上にないほどに嫌そうな顔。今日やたらとため息が多かったのはそのせいか。
「お呼ばれされてるなら、行かせていただきますけど……」
「……またルイと会わせることになるなんて」
 それは考えても口に出しちゃいけないと思うけどなぁ。

 

 ――日を跨ぎ、来る週末。
 正門の前で待ち合わせをしていた俺はレイジの姿を見つける。何か思い詰めたような表情をしているけどもう触れないことにした。
「……じゃあ、行くか」
 こちらがそう声をかけると、意を決したように動きだす。

 たどり着いたのは小さな庭がある極々普通の一軒家。見たところ二階建てか?と考えながら(渋々といった様子で)開かれた玄関の扉をくぐった。
「お兄ちゃん、おかえりー!」
「あぁルイ、ただいま」
 先ほどまでの無愛想な面はどこへやら。走ってきたルイに優しい笑みを向ける。
「あ、この前の!」
 呆れている俺に気づいたルイ。パタパタとこちらに駆け寄ってきた。
「うん、久しぶり。俺エスタ、エスタ・ヴィアンです。よろしくね」
「エス、タ?」
 きょとんとしている。
「呼びにくかったら、全然すきに呼んでいいよ」
「エっちゃん!」
 おぉそう来たか。あと全然物怖じしないなこの子。

「ルイ、父さんと母さんは?」
 俺とルイの間に割り込んでくる。兄のガード堅すぎない?
「お母さんはご飯つくってる!お父さんは、えっと……あ、伯父さんとお話するって言ってた!」
「あいつ来てんの……」
 ルイに向けてではない声量でひとりごちるレイジ。また一つ大きなため息をつく。
「お兄ちゃん?」
 どうしたの?といった様子で首を傾げるルイ。いちいち仕草が可愛いな、と思った。
「ううん、何でもないよ。それならルイ、ちょっと母さんのところに行っててくれるかな?お兄ちゃんはこの人と少しお話することがあるから」
「ん、わかった!じゃあぼく、お母さんのお手伝いする!」
「偉いなルイ。くれぐれも怪我だけはしないようにするんだぞ」
 わかったー、と言いながら駆けていくルイに微笑みながら手を振るレイジ。

「弟くん、元気そうだな」
「手ぇだしたら殺す」
 ただ感想を述べただけなのにそれは無いだろ。
「ていうか学校と全然違うじゃん。何、あのにっこにこ笑顔」
 昨日から抱いていた疑問を投げる。それにレイジは心底不愉快そうな様子で答える。
「他の奴に笑いかける意味ないだろ」
 何バカなこと言ってんだと続けて言う。ほんっと扱いの差がひどい。
「……綺麗な顔してんのに勿体ない」
 思わず口を衝いて出てしまったが、まぁ事実だったので変に取り繕ったりはしない。それこそ、外でもそんな風にしてたら嫌でも人が寄ってきそうなぐらい、優美な笑顔だった。
「ルイが一番綺麗だし、可愛い」
 普通そんなこと恥ずかし気もなく言う?

「今日は伯父も来てる」
「あ、そうなんだ」
「ルイの話聞いてなかったのか?」
 冷徹な眼差しで見るな。あとそもそも伯父がいるなんて初耳だから。
「余計なことするな。あと話すな。あいつはとんでもないお節介だから、こっちに飛び火しかねない」
 相当うんざりした様子で話す。学校とは違って結構表情豊かだな、と頭の端で考えながら一応聞いとく。
「……話ってそれだけ?」
「これ以上なんかあるとでも?」
「いや、別に……」
 伯父のことを話すためだけにルイを外したのか。そうまでして弟くんに聞かれたくない内容なの?
 レイジにそこまで思われている伯父とやらに少し興味が湧いてきた。

 母親への挨拶もそこそこに済ませ、席に着く。手伝いましょうかと申し出たが、レイジの友達なんだからゆっくりしててと言われてしまった。あとレイジ。友達じゃない、と苦々しそうな顔で否定するな。地味に傷つく。
「エっちゃんは学校でお兄ちゃんと何してるの?」
 興味津々で聞いてくるルイ。レイジのことが本当に好きなんだな。でも話せるような話題がない。
「えーっと……一緒にお勉強したり……学校まで一緒に行ったりしてるかなぁ」
 正しくは正門から校舎までの道のりだけど。同じクラスなので一緒に勉強も別に嘘ではないし。そんな事実ない、といった目で見るんじゃないレイジ。弟の手前、お前の顔たててやってんだぞ?
「お兄ちゃん、学校ではどんな感じ?お友達いっぱいいるの?」
 おぉっと、超答えづらい質問が来てしまった。どうしたものかと頭を悩ませていると。

「ルイ、その辺にしてやれ。お友達が困ってるだろ?」
 助け舟を出してくれたのは、長身の男性。
「いらっしゃい、君がレイジのお友達?ルイとレイジの父、セヴァです。今日は来てくれてありがとう」
 長身の男性と共に歩いてきた彼、セヴァは快く歓迎の言葉を述べる。この人が父親ってことはもう一人の背が高いほうは……。
「はじめまして。俺はクルベス、クルベス・ミリエ・ライア。セヴァの兄でレイジたちの伯父やってる」
「伯父さん!」
 クルベスに勢いよく抱きつくルイ。あの人がレイジが毛嫌いしてた伯父か。見たところ人の良さそうな印象だけど……?そして例に漏れず顔が良い。この一家の顔面偏差値の高さに恐れおののく。するとクルベスは抱きついてきたルイを両手で軽々と持ち上げた。うっわ、レイジの目が怖い……!

「この間ルイが一人で出掛けちゃった日、ルイのことみててくれたんだって?君がいてくれたおかげでルイは何事も無かったようだし、本当に感謝してるよ。ありがとうね」
 セヴァが深々と感謝の念を伝えてくる。それはいいのだが、その後ろでレイジが今にも殺しそうな目でクルベスを見つめているのは放置してて良いのだろうか。なまじ美人なだけあって、その凄みは冗談なしに怖い。
 ひとり戦々恐々としていたが、食事の準備ができたらしい母親の声掛けで何とかその場はおさまった。

 


加速していくブラコンっぷり!その溺愛ぶりにクルベスも常々心配はしているぞ!