03.白雪の朋友-1

 レイジ・ステイ・カリア。あいつは俺にとってかけがえのない友人だった。

 13の春。俺、エスタ・ヴィアンは中等部に入学した。ほどほどに友人もできて充実した日々を送っている中、同級生の間で密かに話題になっている奴がいた。
 レイジ・ステイ・カリア。誰とつるむでもなく、一人で過ごしている大人しい奴。
 なぜそんな奴が話題になるのか。その理由はごく単純なこと。その容姿がえらく整っているからだ。
 黒の少し毛先がはねた髪に深い青の瞳。いつもすました顔をしている奴。入学して1ヶ月経つが、誰もあいつが笑ったところを見たことがない。(残念ながらこの学校は男子校なので色めきだった話題とは無縁である)
 たまに窓の外を眺めたりしていて何考えてんのか分からない、物静かな美形。レイジ・ステイ・カリアはそんな印象の奴だった。

 

「じゃあなー。もう課題忘れんなよー」
「はーい、なるべく気をつけまーす」
 課題をたまたま忘れて居残りをさせられてた俺は、先生に生返事で返した。一応反省はしている。いつもより帰るのが遅くなっちゃったな、とひとりごちる。特に予定があるわけじゃないけど居残りって何か損した気分になるなーとか考えながら正門へと向かった。

 人もまばらなそこを足早に通り過ぎようとすると、ふと正門の脇に立つ子どもが目にとまった。
 背の小さい、初等部にも満たなさそうな子どもだ。少しクセのついた黒い髪の……女の子?
 その体にはやや大きめなリュックを背負い、クマのぬいぐるみを両手で抱えて立っていた。大きな青い瞳で正門から出ていく人をじっと見つめている。
 誰か待っているのか?周りに保護者らしき人物は見当たらないが。見ていて少し心配になったので声をかけることにした。……ああいうの、放っておけないんだよなぁ。

「ねぇ、きみ。誰か待ってるのかな?」
「……!」
 突然声をかけられたことに驚いた様子。あれ、これ端から見ると俺があやしい奴に見えないか?と思ったが構わず話しかける。
「えーっと……お名前は」
「お兄ちゃん!」
「え?」
 その子はこちらの質問に被せるようにして声をあげた。ちなみに俺に兄弟はいない。
「お兄ちゃん、待ってるの」
 あ、そういうこと。待っている人の名前を聞かれたと思ったのか。だから『お兄ちゃん』と答えたわけだ。いや、どっちにしろそれは答えになってない。まだ小さいから兄の名前を覚えられていないのだろうか。

「その、お兄ちゃん?はここに通っているのかな」
「うん、えっとね、この間はいったんだ!それでぼく、お兄ちゃんにお届けものがあるから来たの」
 この間ということはおそらく俺と同級生か。でも勝手に中に入っていいか分からず、ここで待っていたわけだ。……ん?ぼく?
「きみ、男の子なの?」
「?、うん」
 おかしなものでも見るかのような目でこちらを見つめる。大きな青い瞳でこちらを見つめるその子は、何度見ても女の子にしか見えないが、本人がそうだと言うからには男なのだろう。
 いや、え?これで男なの?完全に性別間違えて生まれてきてるじゃん。えぇ……こんなお人形さんみたいな顔した男の子っているんだぁ……という呟きは心の中にとどめた。
「とりあえずここで待ってるのもアレだから、俺も一緒にお兄ちゃん探すよ」
「ほんと!?」
 その申し出に大きな瞳をキラキラと輝かせる。
「うん、一緒に探したほうが早く見つかるかもしれないし。そうだ、迷子にならないように手つなごっか」
「うん!」
 元気よく返事をし、両手で抱えていたクマのぬいぐるみを右手に持ち替える。そして空いた小さな左手と手を繋ぎ、学校の中へと歩きだした。

「ところできみのことが知りたいんだけど、お父さんやお母さんはどこかな?」
 黙って歩くのも何なので、とりあえずこの子について聞くことにする。
「あのね、お兄ちゃんが忘れ物しちゃったってお母さんが言ってて……大事なプリントって言ってたから、ぼくが届けてあげないとって思って来たの」
「……もしかして一人で?」
「うん。お兄ちゃんこの学校入るときにみんなで行ったことあったから……」
 色んな人に教えてもらいながら来た、と続ける。
 え、危なくないか?こんな可愛らしい容姿では女の子と間違えられてさらわれる可能性なんて十分あるぞ?実際俺も女の子だと勘違いしたぐらいだし。いくら兄のためとは言え、普通一人で会いに行こうとするか?とはさすがに言わなかった。行動力がすごいなこの子、と感心する。

「あ、きみの名前を聞いてもいいかな?そのお兄ちゃんを探すのに要ると思うから」
 そういえばまだこの子の名前を聞いていなかったことを思い出す。それに名字だけでも分かれば兄を探す手がかりにはなるだろう。
「わかった!あのね、ぼくの名前は――」
「ルイ!!」
 その声と共に前方から誰かが駆け寄ってくる。あいつは――
「あ、お兄ちゃん!」
「え、あいつが!?」
 尋常じゃない様子で走るそいつ、レイジ・ステイ・カリアに大きく手を振るその子。
「ダメじゃないか!なんで一人で来たんだ!」
 レイジはその子、ルイの肩に手を置いて詰め寄る。ちなみにレイジは膝をついているため、目線は同じ高さにある。

「その、お兄ちゃんが大事なプリント忘れてるって聞いて……」
 レイジの剣幕に申し訳ない気持ちが湧いてきたのか、声が尻すぼみになる。
「母さんもすごく心配してたんだぞ!?こっちにまで連絡が来て……!」
「あ……ごめんなさい……」
 レイジに詰め寄られて、ルイはシュンと落ち込んだ様子を見せた。そんな二人を見ながら『あいつの弟ならあんなに顔が良いのも頷けるな』と一人合点する。
「ちがう、お兄ちゃんは怒ってないよ。ルイに何かあったらって怖くて……ほんとに、本当に心配したんだからな……!よかった、無事で……っ」
 そう言うと今にも泣きそうだったルイを抱きしめる。レイジのほうが泣き出してしまいそうだ。

「えーっと……無事に会えたってことでいいのかな?」
 兄弟の再会を前に、完全に蚊帳の外となっているが一応確認する。これでお役御免ってことだよな?
「……お前、誰だ」
 今さら気づいたかのような様子で睨み付け、あからさまにルイを遠ざける。見事な不審者扱いだ。
「同じ学級のエスタ・ヴィアンっていうんだけど……」
「知らないな……ルイ、こいつに変なことされてないか?」
 なんという言い種。こちらに牙を向くその様子は先ほどまで泣きそうだったのがまるで嘘かのよう。
「変なことって?」
 純真無垢な瞳でレイジを見つめ、首を傾げる。
「なんか体触られたりとか、二人でどっか別の場所に行こうとか……」
 ルイの返答次第によっては俺の今後の学生生活が終わりかねない。
「おてて繋いだり、一緒に探すからって色んなとこ行ったよ?」
 その言い方は良くない。案の定レイジは見る見るうちにその端正な顔を歪ませていく。

「あ、あとぼくのことが知りたいって!」
 死刑宣告にも等しい発言を何も知らない様子で話す。
「お前――」
「ちがうちがう!いや、合ってんだけど違う、誤解だ!」
 軽蔑、というより侮蔑の眼差しを向けるレイジに全力で否定する。
「ルイ、ちょっと帰りが遅くなるけど大丈夫かな?お兄ちゃん、こいつを警備室に連れてかなきゃいけなくなっちゃったから」
 13で前科持ちはきつい。ていうか少しはこっちの話を聞いてくれても良くないか?

 

「……つかれた」
 あれから、必死に事の経緯と弁解を繰り返し、かつたまたま正門前で少し休憩していた教師の証言まで得て、ようやく渋々といった様子で引いてくれた。ありがとう歴史の先生。今度からはもうちょっと真面目に授業聞くよ、と心の中で手を合わせる。
 陽はほとんど沈んでしまい、空は紺色に染まっていた。
「こんな遅い時間になるなんて……」
「言っとくけど、俺は悪くないからな。そっちが俺の言ってること信じてくれればこんなことにならなかったんだし」
 暗くなった空を見てため息をつくレイジに恨み節をぶつける。
「見ず知らずの奴の言葉なんて信じられるわけない」
「同、級、生、だって言ってんだけどなー」
 見ず知らずは言い過ぎだろ、と呟く。
「ルイ、知らない人とは話しちゃいけないぞ?今回は未遂だったから良いものの、何かあってからじゃ遅いんだから」
「オイ、未遂ってなんだ」
 全く聞く耳をもたない。レイジと手を繋いで歩くルイはよく分かっていない様子だがとりあえず頷いてる。あんな兄からどうやったらこんなに純粋な弟ができるのか不思議でしょうがない。

「でもルイは一人で学校まで来られたんだな。すごいな、さすがお兄ちゃん自慢の弟だ」
「ほんと?ぼくすごい?」
「うん、ルイはとっても賢い子だ。これは将来は学者さんになれるなぁ」
 ベタ褒めである。すごい溺愛ぶりだ。学校でのすました感じとはまるで違う様子に別人なんじゃないかと思えてくる。
「で?なんでついてくるんだ?」
 対して俺には冷ややかな目。扱い方が弟くんと雲泥の差すぎない?
「いや、俺も家こっちだし……」
「……」
「なんでそう、疑ってくんの?俺何かしたっけ?」
 またしても鋭い目付きで睨んでくるレイジに聞かずにはいられなかった。

 意外にも俺の家はレイジたちの家とはさほど離れていなかった。結局こちらが先に家に到着したのでそこで別れた。元気よく手を振るルイに手を振り返しながら家に入る。レイジは俺がしっかり家の中に入るまでその場を動かなかった。いつまで疑ってんだ、あいつ。
 それにしても、兄弟揃ってあそこまで綺麗な顔立ちしてることってあるんだな……。

 その日の夜。眠りにつくまで、たった一日で印象が180度変わってしまった同級生のことが頭から離れなかった。

 


今回からしばらくレイジの学生時代編が続きます。13歳中等部の頃、ある一人の友人から見たレイジという人についてのお話。