05.ライラックの追想-1

 息が詰まるような圧迫感のある灰色の壁。『座る』という用途さえ満たせれば良い、とでもいうかのように座り心地の悪い椅子。

 もうすっかり見慣れた殺風景な空間『取調室』という室名札が掲げられた部屋の中、薄紫色の髪の人物――ニィス・ヴェントは退屈そうにあくびをした。

 

 

 外、なんか騒がしいね。……あぁ、僕の聴取をさせろって?あの人も頑固だねぇ。もう担当から外されたのにどこから聞きつけたのか僕の聴取が行なわれるって時にすぐ来るんだもん。

 なんだっけ?エドワードみたいな名前……そうそう、エディ……シャベリン?違う?ジャベロン?ふーん、エディ・ジャベロン。変な名前。歌劇に出てきそうなお名前だね。今度会えたら歌でも歌ってくれないか聞いてみよっかな。

 それにしてもこの椅子硬すぎない?もう少しマシな奴は無いの?あー、はいはい。分かりました。無駄口はやめまーす。

 

 で、今日も飽きずに事情聴取ですか。僕がやったことについてはもう散々話したでしょ。

 ……今日は違う?ブレナのことについて聞きたい?
 なんであんな状態に……あぁ、『18番』って呼んでた状態ね。何でも言うこと聞いちゃうようなお人形さんみたいな状態にされちゃったのか知りたいんだ。けどあいつに話を聞こうにも肝心のところの記憶が曖昧でらちが明かない、と。

 だろうね。そうなるようにしたんだから。
 で、そうしたご本人、つまりは僕に直接お話を聞こうってわけ。ふーん、わざわざご苦労なことで。

 でもなぁ、話したくないなー。別に僕が話す必要無くない?記憶が全く無いわけじゃないんだから根気強く相手をすればいつか話せるようになると思うよ?僕にしてるみたいにさ。頑張って、公務員さん。

(頬杖をつき、こちらに笑みを向ける被疑者。非協力的な態度と判断したため、机上に被疑者の職員証を提出。それを確認した被疑者は瞳孔をわずかに開き、動揺を示す)
 ※職員証についての補足――被疑者失踪時に自宅に残されていた物。故意に置いていった物と思われる。なお、被疑者失踪時に機関に関するあらゆる権限は剥奪されたため、職員証そのものには一切の権限を持たない。

 

 驚いたなぁ。こんな物どうやって手に入れたのさ。……あぁ、そういうこと。自分たちのところの物なら手続きさえ完了すれば持ち出せちゃうもんね。

 これについて聞くつもりだったからわざわざ自分たちのところから聴取担当のチームを編成してこっちに寄越したってわけか。へぇ、何年も前にいなくなった職員一人から話を聞くためだけにこーんな手間暇掛けるんだ。

 ついでに聞くけど担当を外されちゃった刑事さん……さっき凄い剣幕で怒ってた……えーっと……エディ・ジャベロンだっけ?あの人はこのことを知ってるの?あ、知らない?やっぱり?

 ははっ、相変わらずの秘密主義だね。強引に担当変えしちゃったら怪しまれちゃうんじゃない?
 え?なんで強引に担当変えをした、と思ったのかって?だってそうでしょ。お前たちは目的のためには手段を選ばない。元とはいえ僕もそこに所属していたんだよ?お前らのやり方、考えてることはよく分かってるんだ。

 

 一応聞いてみるけど拒否権とかは……無いか。
 しょうがないなぁ。あんまり気乗りしないけど話してあげるよ。聞くも涙、語るも涙の僕とあいつの青い日々を……いらない?要点だけまとめて話せ?

 ちぇっ、つまんないなぁ。少しぐらい聞いてくれてもいいじゃんか。
 ほーんと、お前らって僕がいた頃からそうだったよね。ルールでがんじがらめの窮屈な組織。頭の固い連中ばかりで遊び心なんてこれっぽっちも無い。

 お前らのそういうところ、反吐が出るよ。

 


 人前に姿を現すことなく活動し続けていたニィス・ヴェント。彼は誰に対してもこんな態度の人です。