06.ライラックの追想-2

 それじゃあどこから話そうか。

 僕の幼年時代なんてつまらないことしかなかったよ。僕の父と母は仕事一辺倒な人たちで家ではいつも僕ひとり。しかも困ったことに周囲の大人は父と母を良く思っていなかったんだ。
 まぁ僕の実家って個人病院だったんだけど祖父の代まで続いていたのを父と母は急に畳んじゃったからね。祖父の代まで『町のお医者さん』って感じで好かれていた所を急に畳んだの。周囲はさぞ驚いただろうね。

 え?『要点だけ話せ?』何回も言われなくても分かってるよ。これは僕にとっては外せない話なの。大事な話。

 せっかちだなぁ。もう少し心の余裕とか持ったほうがいいんじゃない?もっと寛容になろうよ。あいつが何で『18番』にされちゃったか知りたいんでしょ。

 

 話を戻すね。
 兎にも角にも周囲の人間は父と母の突発的な行動に対する反発から「あの二人は愛想が無い」っていうよくある悪口をはじめとして「祖父とは絶縁状態だった」とか「家庭関係も冷え切ってる」とかそういう話を好き勝手し始めた。
 最終的には何がどうなってそんな話に飛躍したのか『おかしな宗教にハマった』とか『過激な思想でも持っていて危ない研究をしてんじゃないか』とかそういう陳腐なウワサまでまことしやかに囁かれていたよ。くっだらない戯れ事。まぁ父と母の愛想が悪かったのは事実だけど。

 そんなウワサとか態度ってね、子どもは結構見てるし聞いてるんだよね。子どもって意外と残酷なんだ。『大人がああいう態度をとってるから自分たちも同じように扱っていいんだ』って思う。
 子どもが必ずしも全員そうだとは言わないけど、少なくとも僕の周囲の子はみんなそうだった。子ども心にも『他の子から避けられてるなー』ってのがなんとなく分かったよ。

 当の僕はというとそんな周囲のばからしい態度なんて気にせず本ばかり読んでる子どもだったけどね。本は良いよ。ただそこにあるだけ。無駄なことはしないし喋らない。おかげで一旦のめり込んだら周囲のことなんて目に入らなくなるほどの集中力が身についた。
 あ、ちなみに本は父と母の部屋にある物を持っていってたんだ。勝手に持っていったのに一度も怒ってくれなかったけど。

 

 そんなこんなで一人自由気ままに過ごしている僕だったけど、そんな僕のことをやたらと気に掛ける世話焼きがいたんだ。そう、ただいま勾留中のブレナ・キートン君。

 あいつは周囲の態度とか流布しているウワサなんてお構い無しに僕に話しかけてきた。変な奴だよ。もしかしたら僕と同じように邪険に扱われるようになるかもしれなかったのに。無鉄砲なのか考え無しなのか、はたまた底抜けのお人好し?

 他に話す相手もいなかったから読んでいた本のこととか話してみたらちゃんと耳を傾けてたな。なんで僕に構うのか気になって聞いてみたら「放っておけない感じがしたから」だって。
 ばかだよね。今までずっと放っておかれてきたから別に平気だったのに。

 

 どこまで無礼な態度をしたら呆れるのか試してみたけど何をしても離れていかなかったな。全く興味が無さそうな魔術のことを喋ってみても相槌は打つし。

 わざと横柄な態度もとってみたよ。「こんなに知的好奇心をくすぐられる不可思議な物は他にないというのに!何でお前はそう無関心でいられるんだ!」ってね。
『自分が好きな物は相手も好きなはず』って相手に共感を強制するの。あれってめちゃくちゃウザくない?だからあえてそう煽ってみたのにあいつ全然不機嫌そうな顔しないんだもん。
 それどころか何回同じようなことをやってもその次も、その次も僕の話につきあってくれていた。不思議でしょうがないよ。

 あいつ、学校の先生っていうお仕事は結構向いてたんじゃないかな。ちらっと見たけど生徒からも『ブレナ先生』って呼ばれて親しまれていたし。わりと満喫していただろうね。

 

「ずっと体を動かさないのも良くないからたまには外で遊ばないか」ってあいつが何度も言うもんだから仕方なく誘いに乗ったりもしたよ。
 いやぁ、あれは驚いたな。これまで全く縁が無かったものに触れた時の衝撃?『他人と行動を共にすることの何が良いんだか』ってくさしてたけど気分転換には良かったな。

 毎度毎度あいつは僕をいろんな所に連れて行ってさ。まぁ案内する場所のセンスは悪くなかったね。
 案内先で僕がちょっと興味を持った態度を見せた時、あいつは何て言ったと思う?「本で読むのと実際に体験するのは結構違うだろう?」って得意げな顔で言うんだ。ムカついて無視したけど。

 


 ひたすらニィスの一人語り。話してる途中に度々ふざけた態度をとるのでその度に注意を受けますがほとんど無視してます。