07.ライラックの追想-3

 そんなこんなで学生らしく有意義とは言い難いような何でもない日々を過ごしていたわけだけだ。そんな折に学生生活においての一大イベントともいえる出来事がやってきた。つい先日もあったね。そう、学園祭。

 そこで僕は自分の興味があることについての研究論文を発表することにした。通常はみんなで協力して喫茶店とか屋台とかそんな感じのおちゃらけた物をやるんだけどね。もちろんそういう企画もやったよ。
 でもその年は一部の研究サークルが「自分たちの研究成果を発表したい」って声をあげて。その意見を取り入れるかたちで、希望するサークルや生徒たちだけ研究発表会をしようかってなったわけ。

 普段の僕だったらそういうのって面倒臭いからやらないんだけどこの時は気が向いて、僕もやろうかなって思った。初等部とか中等部とは違ってもう少し踏み込んだ研究とか出来そうだなって。

 今にして思えば当時の僕は父と母がやっていた研究の真似事でもしたかったんだろうね。あ、僕の父と母は研究職に就いていたっていうのはお前らも当然存じ上げてるよね?うん。そりゃそうか。

 

 最初はね、そのとき巷で問題視されていた薬物のことについて調べてみようとした。

 カプセル内に魔力が込められているらしく、それを摂取することで魔力を外部から取り込める物だとか。摂取すると気分が高揚して非常に依存性が高い上、摂取した量によっては命を失いかねない代物。まぁ言うなれば典型的な危険薬物ってところ。
 この時はまだ法律で規制されていなかったけどそれも時間の問題ともいえそうな物でね。あの薬、今では規制されてるんだっけ?

 現物の入手を試みたけれどブレナに勘づかれて全力で阻止されちゃった。普段のあいつの様子からは想像できないぐらい凄い剣幕で怒られたよ。普段怒らない人を怒らせるとあんなに怖いんだね。

 結局その論文もどきは教師陣に「待った」を掛けられて世に出ることは無かったけどね。
 代わりに何故この国だけ魔術に関する理解が進んでいるのか、国の歴史をさかのぼって考察した論文を出したけど。あれはあれで面白い内容になったなぁ。

 

 で、僕にとって重大な出来事があったのはこの後。結局日の目を見ることは無かったその論文もどきを父と母が見つけたんだ。

 ある日、学校から帰ってきたら父と母に呼び出されてね。いったい何を言われるのか、ついに見限られちゃったのかと内心ビクビクしながら二人の元へ向かったよ。

 結果はどうだったと思う?
 なんと僕の予想に反して父と母は論文のことを褒めてくれたんだ。あちこちに詰めの甘さが散見される稚拙な論文もどきを。

 これまで全く向けられなかった両親の目が僕に向けられたことを実感した。
 内心舞い上がっていたけれどここで幼な子のように喜ぶ姿を見せるのは恥ずかしいことだと思って表面上は冷静を装ってたよ。我ながら変な意地を張るよね。

 

 それから「もうすぐ冬季休暇に入るから父と母の勤め先を見学してみないか」と言われた。二人が研究職に就いていることは知っていたけれど、実のところ何について研究しているのかは知らなかったんだ。だから二人が何をしているのか知りたくて二つ返事で頷いたよ。

 見学しに行った時の僕の様子は……ここは説明しなくてもいいか。そっちにも記録は残ってるでしょ。何ていったってお前らの本拠地なんだから。
 これで点と点が繋がったね。お前らのところで父と母は研究に従事していて、僕もそこに招かれたってわけだ。

 

 で、見学後はトントン拍子に話が進んで。高等部を卒業した後は大学に通いながらそこの手伝いをすることとなった。研究を目にした時の反応も悪くなく、そこでやっていく素質もありそうだと判断されたって感じかな?

 ここでブレナとの連絡を断ったよ。外部の人間には絶対に漏らすなって規則だからね。うっかり言っちゃったらおおごとだ。

 

 それで……どんな動機でブレナをああいうふうに変えたのかが聞きたいんだっけ?

 あいつが知りそうになったからだよ。機関のこと、父と母や僕がやっている研究について。
 もし知られたら面倒じゃないか。だから知ってしまう前に頭をこう……ガツンとやって、ついでに良い機会だから以前から試したかったことをやってみたんだ。

 でも結局あやうく研究のこととか機関の存在を知られるところだったってのは変わらないからね。そのことをお前らに知られたらこっぴどく叱られる。そんでもってルールにがんじがらめの体制にも飽き飽きしてたし「もういいや」ってなってお前らの前から姿を消したってわけ。

 いやぁ、自由っていいね。自分のやりたいことを誰にも咎められることもなく好き放題やれる。まぁこうして捕まっちゃったわけだけど。

 

 おやおや、もう時間?今日のところはここまでかな。まぁキリがいいし僕も話し疲れてたから丁度よかったよ。それじゃあこの続きは次の聴取でってことだね。お疲れ様。

 


 もしもニィスの取り調べをエディさんが担当したら、たぶん話を聞き出そうとする過程でめちゃくちゃ煽りに煽ってたと思われます。
「あのでっかい人(クルベス)すんごいキレててさぁ。ほら、肩とここ(頬を指す)怪我させられちゃった。ねぇ、市民を守る刑事さんとしてはこういう個人的な制裁って良くないと思わない?」みたいな感じで。

 エディさんとしては、弟家族を喪って精神的ににボロボロになった状態のクルベスさんや、「ぼくのせいだ」と自分を責めたり見知らぬ大人に怯えるルイの姿を見てきたので……はらわたが煮えくり返る思いでしょうね。

 第四章(1)『諸々の懸念と大人たち』にて、エディさんが取調べから外されたと聞いた時にクルベスが言った「お前なにしたんだよ……」という言葉。少しは冗談も入っていますが『もしかしてブチギレて何かやらかしたのか?』と考えての発言でした。