「んー……悪い。お前も仕事中なのに使わせてもらって」
だらりとソファに体を預け、気だるげな声を出すエディ。そんなエディにこの部屋――国王の執務室の主であるジャルアは書類から顔を上げずに口を開いた。
「別にどうってことねぇよ。静かにしてるなら支障は無いし」
「さっすがー。一国を統べる王はこれぐらいじゃ動じないってわけか」
「よせやい」
手元は休めず淡々と業務を進めながら、おどけた口調で返す。そんなジャルアの様子にエディは「前々から思ってたけどお前って真顔でボケるよな」と呟いた。
普段はクルベスのところに突撃して散々好き放題をしているエディ。だが今日はジャルアの部屋にお邪魔させてもらった。
クルベスには自分が城に来たことは伝えていない。おそらく彼はエディがジャルアの部屋でソファを占領しているなどとは夢にも思わないだろう。クルベスに見つかったら叩き起こされるのは確実だ。
しかしクルベスのところに押しかけるのも気が引ける。あいつは人をよく見ている奴だから自分が何が原因でダウンしているのかすぐに勘付くだろう。そうしたらあいつに余計な気を遣わせてしまうことになる。
「あの子たちにも全然会えてないなぁ。元気にしてる?」
「んー、この間は雪降ってたから外で手のひらサイズのちっさな雪だるま作ってたよ」
「こんなクソ寒いのにすげぇなぁ。若さってやつか」
驚くエディに「二月だっていうのに元気な子たちだよな」とジャルアは目を細める。
この様子だとジャルアはティジと問題なく話せているようだ。ティジの母親が亡くなって以降、あの子とどうやって関わっていくべきか、過度な接触はしないほうがいいのではないかと思い悩んでいたことは知っていたので安心した。
「エスタくんはどんな感じ?あの子、すっごい怪我してたよな」
「もうすっかり治ってピンピンしてる。この間は上司から熱いご指導をたまわってたぞ」
「エスタくん、今度は何やっちゃったの……?逆に心配になるんだけど」
だがこちらの心配は杞憂だった。どうやら対人における戦闘訓練として直々にご指導を受けているらしい。エスタが自ら希望したのか、はたまたその上司から半強制的に受けさせられているのかは不明だが、そこまで動けるほど回復していることが分かり安堵の息を吐く。
エスタは無理をしすぎるきらいがある。いや、あの子に限らずクルベスもジャルアも、ティジやルイも自分のことを顧みない傾向があるか。
このような世間話をダラダラと続ける自分にジャルアは嫌な顔ひとつすることなく相槌を打つ。踏み込んだ質問をすることもなく、器用にも業務を遂行しながら雑談にのる。
ジャルアは目に見えて陽気な人柄などではないが、そういう気の良いところがある。それに甘えてここに居座ってしまう自分がだんだん情けなく思えてきた。
だが、こうしてジャルアとの会話で気を紛らわせようとするが、あの男のことが頭から離れないのだ。数日前に会ったあの男のことが。
◆ ◆ ◆
「やぁ刑事さん。ご機嫌いかが?」
本日の聴取を終えたニィスと偶然すれ違ったエディ。ニィスの姿を目にしたエディはそれに返答することなく眉間に皺を寄せた。
「あっはっは、怖い怖い。ねぇ、歌劇の登場人物みたいなお名前の刑事さん。何か一曲歌ってみせてよ」
「あいにくと歌には詳しくなくてな。手本見せてくんねぇか?何か一曲うたってくれや」
予想に反して乗ってきたエディにニィスは少考する。やがてエディの発言の意図に気づくと「あぁ、そういうことね」とおかしそうに笑った。
「容疑者が自分の罪を自白するのを『うたう』って言うんだっけ?なかなか洒落が利いてるね。でも難しいんじゃないかな。ちゃんと正規の手続きを踏まないと」
エディがそれを出来ない立場だと分かった上で彼を試すように嘲笑う。そんなニィスの態度をそばにいた捜査員が咎めた。
「怒られちゃった。刑事さんともっとお話したかったけどこれ以上は難しそうだね。しょうがない、残念だけどここまでだ。じゃあね、刑事さん。めげずにお仕事頑張って」
そう告げ、ニィスは笑顔を残して連行されていった。
◆ ◆ ◆
あの男の言動が何と言うか……芝居がかっているように感じた。
これまでに数度あの男と接触したが、周囲の人間をわざと煽るような態度を取り、それに対する反応を楽しんでいるというような印象を受けたのだ。
言うなれば……クルベスたちの周りにはそのような子はいないが、まるで周囲の人間を困らせて気を引こうとしている子どものようだ、と。
自分でも何故そのような考えが浮かんだのかは分からない。もしかすると犯罪者に心を寄せすぎているのではなかろうか。
……良くない傾向だ。おそらく疲労が蓄積している。こんなのはいつでも明るく陽気な、仕事とプライベートの切り替えはきっちり出来ているエディ・ジャベロンらしくない。
やめておこうと思っていたがもう少し回復したらクルベスのところに押しかけるか。いま思い出したがここ最近はふざけたことと無縁の真面目な生活をしてたし。少しぐらいハメを外してもあいつなら大目に見てくれるだろ。
前回ので終わりかと思わせておいてまだもうちょっと続く。今回はインターバル的な小休止。