05.相対

 大通りを行き交う人々に目をむける。平日の昼間といえどその人の多さに驚きながらも、ティジはホッと息をついた。
 ――これなら見つからずにすむかもしれない、と。

 この間のルイ、どことなく上の空って感じだった。
 おそらく、いや確実にレイジのことが原因だろう。4年前に何が起こったのかいまだにハッキリと思い出すことはできないけれど、大方の見当はついている。でも当事者の……彼の口から真実を聞かないと納得ができない。
 ――だから直接会いに行く。

「……話を、するんだ」
 黙って城を抜け出してしまったことへの後ろめたさを押し込み、再び歩きだした。

 が、それから30分も経った頃。
「おかしい……ココさっきも通った気がする」
 同じところをグルグルと回っている気がする。本来ならばもう目的の場所が見えてきてもいい頃合いなのに。
 ティルジア・ルエ・レリリアン、彼が一人で外出することは滅多にない。それは彼が国王の第一子だということが大きな理由ではあるのだが、本人が無自覚の方向オンチだということもその理由の一つだと知るのはまた後々の話。

 

 静寂に包まれた部屋。白い天井。腕に刺さる針は細い管を通して、吊られた点滴パックにつながる。見たところ病室のようだった。身体を起こそうとするも、上手く力が入らない。

 自分はなぜこんなところにいる?今度は何をした?
 記憶を遡ろうとするが頭に霧がかかったようで、おぼろげにしか思い出せない。

 ……あぁ、でもあの子のことは見覚えがある。
 白い髪に紅い目をした子。ルイと同じくらいの歳だろうか。あの子に話さなければ。だがこの身体では満足に動くこともままならないだろう。
 そこへコン、コンと控えめなノックの音が響く。次いでこの部屋に一つしかない出入り口が静かに開かれる。
「……こんにちは」
 緊張しているのか声は弱々しい。だがその紅い瞳は病室の主であるレイジの姿をしっかりととらえていた。
「話を、しに来ました」

 

 時刻は夕暮れ。夕日に照らされ、赤く染まる大通りをクルベスは歩いていた。レイジとの二度目の面会の帰りだった。

 ……結局、何の進展も無かったな。
 8年前、失踪してからのこと。4年前のこと。何か聞き出せればと思ったのだが徒労に終わった。
 いや、本当は昔のように言葉を交わせればそれだけでよかった。でもそれが叶うことのないものだということはたった二度の面談で嫌というほど思い知らされた。
 ため息がこぼれる。城に着くまでには気持ちを切り替えねば。ルイにこんな姿を見られるわけにはいかない。自分がしっかりしなければ。

「……あの、ちょっといいですか?」
 背後から消え入りそうな声が聞こえた。体ごと振り返る、と。
「国立図書館までの道が分からなくて、あの大きな城と道を挟んで向かい側にある建物で……あ」
 フードを被っていても分かる、よく見知った顔がそこにあった。というか今朝も見た。
 どうやら相手も偶然話しかけた人間がクルベスだということに気づいたようだ。
「ティジお前なにやって……」
「人違いです」
「んなわけあるか」
 そそくさと逃げ出そうとするその肩を掴む。ましてや相手は極度の方向音痴。逃げられたらどこに行ってしまうのか分かったもんじゃない。
「少し場所を変えようか?」
 それこそ国立図書館と道を挟んで向かい側にある、あの大きな城とやらで。

 もう一人で勝手に出歩かないようにしよう。そう心に誓った、と後にティジは語る。

 

「――ティジ!」
 衛兵から聞きつけたのだろう。クルベスがティジの手を引きながら城内の廊下を歩いていると、声に焦りを滲ませたルイが駆け寄ってきた。
 デジャブだ。つい一週間ほど前にも似たような光景を見た気がする。
「心配したんだぞ!?お前が城ぬけだしたって聞いて――」
「今からそのことについて俺の部屋でゆっくりとお話するから。ルイは何も心配しなくていいから。な?」
 珍しくルイの声を遮るクルベス。もちろん歩くスピードは緩めない。
「なら俺も――」
「ルーイ?」
「あ……はい」
 なおも食い下がるルイに呼び掛け一つで鎮める。荒々しい口調でこそないが、その実まったく目が笑ってない。相当お怒りの様子だということは火を見るより明らかだった。
 ルイは大人しく引き下がることを選んだ。

 

「この度のことは誠に申し訳ございませんでした。深く、深く反省しております」
 クルベスの私室に着くやいなや、ティジは床にひれ伏した。
「一国の王子がそんな格好するなよー。それに俺は謝罪の言葉が聞きたいんじゃない」
 ソファに座ったクルベスは、ティジにも向かいにある椅子に座るよう促す。
「でもな、一言言わせてもらうぞ。お前は俺の胃に穴を空けたいのか?」
「そのようなことは滅相もありません」
 恐ろしくて顔を見られない。
「頭上げろって。なぁ、今回は何事もなかったからいいけどもし怪我でも負ったら?身代金目的でさらわれたらどうする?お前の身に危険がおよぶのもあるけど周りの人間もその対応に追われるんだぞ?もちろん俺もだ。そんなことになったら老い先短い俺の身はどうなる?ストレスで胃潰瘍になるぞ?」
「で、でもストレスだけじゃ胃潰瘍にならないって、」
「黙りなさい」
 ピシャリと言い放たれ、グッと口をつぐんだ。ここまで怒られたのは久しぶりだ。すごく怖い。ましてや『一言で済んでない』などとはとても言える雰囲気ではない。

「……で、なに話したんだ」
 どうやって抜け出したのか、道訪ねるってことは案の定迷子になってるじゃないか、そもそも謝るくらいなら最初からやるな、などその他諸々のお説教が一通り終わると一息ついてからそう聞いてきた。
「何って?」
「レイジと。そのために出たんだろ」
 どうやら、というかやはり全てお見通しのようだ。
「やっぱりクーさんには敵わないなぁ」
「当たり前だ。何年お前の世話してきたと思ってる」
「えーっと……」
 物心ついた頃からお世話になりっぱなしだ。今回のようなことにクルベスの手をわずらわせてしまっていることには本当に申し訳なく思っている。

「……会話にすら、ならなかっただろ」
「え?」
 クルベスの目は下方に伏せられ、ティジを見ない。若干、心ここにあらずといった様子が見受けられた。レイジと面会した時のことを思い返しているのだろうか。
 確か今日クルベスは午後から面会の予定だったはず。つまりティジがレイジと別れた後に面会したということになる。
 それを踏まえて『会話にすらならなかっただろ』という言葉がでてくるということは、あの話は本当だったのだろう。
「――っ、そんなことない。ちゃんと話せた」
「……は?それってどういう……」
 信じられない、といった表情でこちらを見つめてくる。

「それも含めて、全部話すよ」
 あの病室での会話を。

 


相対(あいたい)
意味:当事者どうしがさし向かいで事をなすこと
相対(そうたい)
意味:向かい合うこと

『相対』(そうたい)に関してはクルベスの「お前、絶対逃がさねぇからな」という気概を感じます。めっちゃくちゃ怒ってますね。とても怖いです。