06.夕暮れと宵闇の狭間で

「……よく来たね。そこに椅子があるから掛けるといい」
 病室の扉を開け、一目で分かった。
 ――ちがう。姿は同じでもこの人はあの日墓地で襲いかかってきた人とは似て非なる者だ。
 それならばベッドに横たわり、ティジに椅子を勧めてきたこの人物は何なのか。

「……あなたはレイジ・ステイ・カリアで間違いない?」
「あぁ、合ってる。それが俺の名前」
「あなたはルイ、ルナイル・ノア・カリアのことを知って――」
「ルイを知っているのかっ!?」
 ルイの名前を聞くなり、ベッドからその身を跳ね上げる。
「ルイは、俺の弟で大切な家族なんだ!ルイは無事なのか?ルイは今どこにっ、づ……」
 急に起き上がったからか、レイジは目眩を覚え頭をかかえた。ティジはその気迫に気圧されながらも『やはりこの人は8年前に行方不明になったルイのお兄さんで間違いなかったんだ』と分かった。
 ひとまず落ち着かせるために、自分の素性のこと、ルイは無事だということ、今は自分と共に城で暮らしているということを説明した。
「そう、か……よかった……ルイ……っ」
 レイジはルイが無事だと聞き安心したのかうつむき涙ぐんだ。

 それから少し経ってレイジは落ち着いたのを見計らい、本題に入る。クルベスが面会に来る前にここを出なければいけないので時間もあまりない。
「あなたは4年前に俺の母さんを殺したんですか」
「……ころした、と思う」
「思う?」
 なんとも曖昧な返答に思わず聞き返した。
「分からないんだ。……いや、違う。あの時はまるで自分の体じゃないみたいで……俺はそれをただ見ていることしかできなかった」
 手で顔を覆い、ポツリポツリと弱々しい声で言葉を紡ぐ。

「そうだ……8年前のあの日に全てが変わってしまったんだ」
 レイジはそのまま話した。8年前ルイの両親が殺害され、全てが変わってしまった日々のことを。

 

 ――ティジがクルベスに病室であったことを話している頃。
 クルベスに追い払われたルイは独り、自室でベッドに腰掛け呆然と窓の外を眺めていた。日もほとんど沈み、空は宵闇迫る濃紺とかすかに見える夕日の橙色が溶け合って、その境目を青紫に染め上げている。
 窓から視線を外し、窓際に置かれた椅子に目を移す。そこにはクマのぬいぐるみが座らされている。
 5歳の誕生日にもらった母の手作りのテディベア。大事な、大切な宝物。

 ――ティジはたぶん、兄さんに会いに行ったんだろうな。何を話したんだろう。
 いや、考えなくても分かる。おそらく4年前の事件のことだ。だとしたらティジはもう思い出してしまったのだろうか。あの日のことを。
 ……俺は何をしているんだ。クルベスに全部任せて、自分は部屋でただ時間が経つのを待つだけ。何もできない。何もしない。
「あの時と、何も変わらないじゃねぇか……っ」
 4年前の自分と、8年前の自分。
 ただ見ているだけ。守られているだけ。

 無理にでもクルベスについていくべきだっただろうか。一緒にティジの話を聞くべきだった?そんなことをして何が変わる。

『あとはもう俺たちに任せて、ルイは部屋に戻ってろ。ティジのことは大丈夫だから』
 4年前のクルベスの声。

『大丈夫、お兄ちゃんは大丈夫だから。ルイは先に行って』
 8年前の、守れなかった兄の声。

「……くそ……っ」
 何もできない自分がどうしようもないほどに情けなくて。

 


キリの良い感じにしようとしたら短くなりました。次回、回想です。