09.多事多端-1

「――ィジ、ティジ」
「え?……あ、どうしたのルイ」
 昼時の教室。ティジは肩を叩かれ、ようやくルイに呼ばれていることに気付いた。
「昼食、今日はどこで食べる……体調悪いなら早退するか?」
「いや、どこも悪くないよ。ちょっとボーッとしちゃっただけ」
 大丈夫、とティジは普段と変わらない笑顔を見せる。ルイはまだ納得のいっていない様子だがそれ以上追及することは無く「もし気分悪くなったりしたらすぐに言って」と引き下がった。

 体調は万全。それは紛れもない事実。調子が悪いのは心のほう。
 今朝ジャルアと顔を合わせた時、妙なよそよそしさがあった。あからさまに表情に出していたわけではないが、ティジだけは気付いてしまった。
 あの雰囲気は、母親が亡くなってから――記憶の書き換え後の態度と似ている、と。

 昨夜の会話で何か不快にさせるような言動をしたのだろうか。『心置きなく話すことができる』と浮かれて、母親のことを聞きすぎてしまったのかもしれない。本当は母親のことはあまり話したくないのに、自分のことを気遣って話してくれた可能性だってある。

 だめだ。また考え込んでしまっている。悪い癖だ。ルイにまで気を遣わせてはいけない。
「お昼、外で食べようか」
 いつも通り、笑顔でいないと。

 

 校舎から出て少し歩いたところ。少し開けたスペースにベンチがあるだけの質素な場所。足元はタイルで舗装されてはいるがタイルの隙間から雑草や小花が顔を覗かせている様子から人の手はあまり入っていないことが窺える。

 この場所は教師から教えてもらった。先日、ルイのことを気に掛けて直近の行事などを説明してくれていた面倒見の良い教師、名はブレナ・キートンといったか。
 ここは屋外の休憩所の中でも穴場らしく、ティジたち以外に人の姿はない。お気に入りの場所である城の庭園を思わせるので気分が安らいだ。

 

 ルイは少し疲れた様子で息をつく。彼が疲れているのは、ここにたどり着く過程でティジが先導して道案内をしようとしたからだ。
「講堂の近くにあるんだって」と言いながら違う方角へと歩き出そうとするし、自分たちがどこから歩いてきたのか確認する度に逆に方角を見失い「でもこのまま歩けば着くはず」と謎の自信に満ちあふれた笑顔で来た道を戻ろうとするので、最終的にブレナ教師を探して今一度場所を尋ねることになった。

 学校生活に慣れてきたことで中途半端に自信をつけ始めたのだろう。ルイは『この天性の方向音痴が迷子にならないよう、気を引き締めていかねば』と料理長が持たせてくれた昼食を口にしながら決意を新たにした(ここにたどり着くのに時間を要してしまったため、あまりのんびりしていられない)

「本当にいい所だね。あとで先生にお礼言わなきゃ」
 ティジは秋の風に毛先を揺らしながら声を弾ませる。緊張を解きほぐした横顔にルイは「そうだな」と頷いた。

 あの教師は外部入学である自分たちのこともよく気に掛けてくれる良い人だ。他の生徒からも慕われている、親しみやすい人。
 城に従事する者以外の大人と関わるのは久しぶりだからか、話し掛けられる度に気を張ってしまうことを申し訳なく思いながらルイは空になったランチボックスを片付ける。

 クルベスたちを心配させないためにも他の者ともうまくやっていかないと。
 シンという輩も、こちらがちゃんと向き合えば誠実な対応を取ってくれるかもしれない。

 ◆ ◆ ◆

「――おまえ、嫌い!!」

 前言撤回。無理だ。エスタの言う通り、合わない人間は存在する。吐き捨てた文言に傷ついた様子もなく楽しげに笑うシンを殴り飛ばさないだけ誉めてほしい。

 放課後の保健室という場所において子どもじみた発言を轟かせたルイに、ティジが「落ち着いて」と声を掛ける。この場で唯一の大人である件のブレナ教師も『何があったのか』と戸惑った表情を浮かべていた。

 なぜこのような事態になったのか。時は一時間ほど前にさかのぼる。

 


 ティジたちの昼食は城の厨房を統括する料理長が渡してくれたお手製ランチです。学校にも食堂はありますが、他者の視線が気になるティジはあまり利用したくない様子。