01.諸々の懸念と大人たち

「簡単に話を聞くだけだから。そんなに硬くならなくて大丈夫だよ」
 王宮の医務室にてエディはティジにそう声をかける。今回の一件――ニィス・ヴェントによる一連の件についての事情聴取のために訪れたのだ。

 そんな二人を横目にエスタは『そういえば俺も弟くんのご家族が襲われた事件の時に、この人から話聞かれたなぁ……』と八年前のことを思い返す。ルイも当時を思い出したのか少々緊張していた。
 一方でティジのほうはというと、いつも通りのエディの様子に気が落ち着いたのか「こういうのって初めてだから緊張しちゃうな」と気楽に言っているが。

 

「そうか。話してくれてありがとう。これもちゃんと捜査に役立たせるからね」
 ティジが見聞きしたことを一通り聞いたのち、エディは革手帳を閉じてお礼を告げる。
「エディさんって事情聴取の時は三割増しで雰囲気柔らかくなりますよね」
 普段とは大違い、と茶化すエスタ。『同い年のお友達(クルベス)を遊び半分で酔いつぶすような人には見えない』という言葉は胸にしまった。

「そりゃあ事故やら事件やらでショッキングな内容を思い起こさせるからな。話す方は精神的に疲れたりするだろうからせめて優しく聞かないと。じゃあ俺はちょっとクルベスと話してくるから。良い子にして待ってるよーに」
 エディは去り際に「勝手に出歩いたりしたらまーた怒られちゃうからねー」とエスタのほうを見て笑う。その様子からエスタが上官に首根っこ掴まれて連行された件は知っているらしい。
 去っていったエディに『俺にプライバシーって無いのかな』と思うエスタ。そんな彼にルイが呼び掛ける。

 

「ところでエスタさん。この間『何か甘いもの食べたい』って言ってましたよね」
「うん。え、もしや弟くん。その手にあるのは……」
 ルイが手にしているのはクッキー。クルベスに伺ってみたところ「これならあるぞ」と渡された物だとか。即座に出てくる物がルイの好物である焼き菓子(かつシンプルなクッキー)であるのがクルベスらしい。

「調子はどうだー……っと。その感じなら大丈夫そうだな」
 ヒョコッと顔をのぞかせたのは、この国の王であるジャルア。ルイにクッキーを食べさせてもらっているエスタを目にしても「仲が良さそうで何より」と慣れた様子。

「ティジ。体の調子はどうだ」
「平気。でもどうしたの?父さんも忙しいだろうに……」
「俺はお前のお父さんだぞー。自分の子どものことを心配しちゃダメか?ましてや危ない目に遭って大怪我した、なんて聞いたらな」
 そう告げるとジャルアはティジの手に己の手を重ねて微笑む。
「無理しちゃダメだからな。しんどかったらすぐ言ってくれよ。俺もサクラも、お前のことが一番大切なんだから」
 ジャルアの言葉に照れくさそうにはにかむティジ。そんな親子のやりとりに、ルイやエスタも胸が温かくなる。

 

「でもエスタくんも思ったより元気そうで安心したよ。俺みたいに腹に風穴開けるようなことにならなくて本当に良かった」
 まぁ厳密に言えば貫通してないから風穴ではないんだけど、と軽い調子で話すジャルア。こちらとしては反応に困ってしまう。
 そんな心中を知ってか知らずか、ジャルアはぎこちない笑顔を浮かべるエスタに首を傾げた。

「どうした。あれ、もしかして知らなかったか?クルベスからは『一応話した』って聞いてたんだが……」
「いや、聞いてます聞いてます。あれでしょ。むかーし昔のお話ですよね。話してくれましたよ。お通夜かって雰囲気で」
 エスタが「みなまで言わなくても大丈夫です」とジャルアの言葉に被せる。

 ジャルアが言及しているのはおそらくクルベスとジャルアの過去の話のことだろう。「前々からあいつの見た目のこと気になってるって言ってたよな」とクルベスのほうから切り出してくれたのだ。
 それはもう『あ、この件は今後一切触れないほうがいいな』と思えるような沈痛な面持ちで話してくれた。あの話を聞いてようやく、ジャルアの風貌について触れた時のクルベスが妙に歯切れが悪かったことに合点がいったが。『もし自分も同じ経験をしたら……あんな風になるか』と納得してしまうほどに。
 とんでもない目に遭ったジャルアご本人は何故こうもあっけらかんとしているのか。不思議でしょうがない。

「どうせクルベスことだから言ってないんだろうけど『ティジたちは大怪我したのに何で俺だけ無傷なんだ』ってすっごい落ち込んでたんだぞ。あいつ、自分がどんな怪我しようが全然気にしないくせに、周りの人間がちょっとでも傷ついたらめちゃくちゃ気に病む奴だから。あいつのためにも出来るだけ無茶はしないように」
 ジャルアは「この話、俺が言ったってことは内緒な」といたずらっぽく笑った。

 ◆ ◆ ◆

「どうした」
 突然、鼻頭を強く押さえたクルベスに声をかけるエディ。クルベスはしばし黙り込んだのち口を開いた。
「くしゃみが出そうに……もう引っ込んだから大丈夫」
「くしゃみぐらい普通にすれば良いだろ。てか誰かがお前のことウワサしてんじゃねぇの」
 よくある迷信を言うエディにクルベスは『またエスタが自分のことを話してたりしてんのか?』と医務室にいる彼らのことに思いを馳せる。

「それにしても、今回の奴が言った『リメルタ・エミンズ』って文言……おそらく誰か特定の人物だろうが……まぁこっちでも調べてみるけど、お前のほうでも何か分かったら連絡くれ」
 それにクルベスは頷くと「あぁ、そうだ」ともう一つの懸念事項について触れる。

「どうやら向こうはティジの素性を知ってたようだからな。それも気がかりだ。いったいどこで知ったのかも洗いざらい吐かせてくれ」
 ニィスという男はティジのことを『王子様』と呼んでいた。ティジの証言によると、さらわれる直前に『ティルジア・ルエ・レリリアン』と本名で呼ばれたらしい。
 城の外ではあの子の正体が第三者に知られないように細心の注意を払っているというのに、何故あの男は知っていたのだろう。

 

「あー……そう、そうだな……」
 だがしかし、クルベスの懸念に対してエディは気まずいそうに頭をかく。
「何かあったのか?」
「いやー、えっと……すまん。俺、あいつの取り調べから外された」
「お前なにしたんだよ……」
 クルベスの発言にあからさまにムッとするエディ。

「失敬な。手は出してねぇよ。さぁ始めるぞってタイミングで急遽、上層部からストップがかかったの。んで『取り調べは自分たちがやるからさっさと出てけ』って具合で別の課に盗られちゃった」
 抗議などは一切聞き入れられることなく、そのままニィス・ヴェントの取り調べは別の課がおこなうことになった、とエディはため息をつく。

 

「本当はティジくんたちの聴取もそこの部署が行うことになってたんだけど、そこはちょっと無理言って俺が受け持つことにした。下手なこと言わないとも限らないし」
「それ大丈夫なのか」
 上層部に楯突いたともとれるような行動に心配するクルベスを「平気、平気」と軽くあしらう。

「すっげー嫌な顔されたけど、まぁ何とかなるだろ。それよりその別の課の奴らが何となく気に食わないっていうか……なーんか腹に一物あるような気がするんだよなぁ」
 難しい顔で唸るエディ。彼の意見にクルベスも同意はする。ろくな説明もなく捜査担当を変えるなど、不信感を抱いても無理はない。

 

「とにかく。このままじゃ納得いかないし取り調べの内容も出来るだけ探ってみるわ」
 何か分かったらまた話す、と手帳を閉じるエディ。
「その気持ちは嬉しいが……危ない真似だけはするなよ」
「そんなの言われなくてもやらないって。俺を誰だと思ってんの。この国とそこに暮らす人々の安全を守る国家警備隊、刑事部捜査一課のエディ・ジャベロンさんだぞ。子どもたちに顔向けできないことはしないよ」
 これまでのキャリアを潰したくは無いし、とふざけた調子で言ってのけるエディに『本当に大丈夫か……?』と呆れ顔を向けるクルベスであった。

 


 第四章は第二章と同様に細々したお話をやってく感じです。とりあえず今回は色々なお話し合いとか。