12.想い

「こ、おり……?」
 たどたどしい言葉に構うことなくレイジは腹立たしげに舌打ちした。
「さっきの蔦のせいか!あれで外から魔力与えて干渉したってわけか!小賢しいマネしやがって……!」
 声を荒げ、ティジを睨む。ぐったりとしているがまだ意識はあるようだ。

「にいさん、なの……?」
「――っ、やめろ呼ぶな!!」
 ルイの首に手をかけようとするが、手が届く寸前に雷に当てられたように硬直し、座り込んでいるルイに力なくもたれかかった。
 気を失ったのか、と思っているとレイジの指先がピクリと動いた。
「にい、さ――」
「……ル、イ?」
 やがて瞳に光が灯る。
 深い青という色でありながら、いつだって温かさを感じていたその瞳が、ルイを見た。

「にいさん、兄さん!!」
「……よかった、ルイだ」
 ルイの姿を、声を確認し安堵したかのように力なく笑う。そんな兄をルイは力強く抱きしめた。

 

「ごめんね、ひとりぼっちにして」
 声に覇気はないが、それは確かに兄のものだった。
「ちがう、俺が悪いんだ、俺が勝手にドア開けなかったら兄さんも、お父さんとお母さんも……!」
 兄と会えた喜びと、自分の浅はかな行動が招いたことへの謝罪の感情がない交ぜになって、涙が止まらない。
「ううん、ルイはわるくない。ルイはいい子だよ」
「そんなんじゃ、いい子じゃない……っ、ごめん、ごめんなさい……!」
「なかないで、ルイ。だいじょうぶ、ルイはちゃんとしてたよ」
 優しい声で泣きじゃくるルイをなだめる。

「そうだ!兄さんが戻ったなら、クルベスに会おう、それにこれまでのことだって話せば分かってもらえるはず!そしたらこれからは一緒にいられるよ……!」
「はは……あのティジって子とおなじこといってる……ほんとうに、なかよしなんだね」
 そうだ、ティジも病室で似たようなことを言っていたんだったか。
「あぁ、兄さんがいなくなったあともティジとクルベスと、他にもみんないてくれたんだ。みんな優しいから、だからきっと兄さんのことも分かってくれるから……!」

「……よかった、これであんしんしていける」
「え……?」
 ――いま何ていった?

「ごめんね、ルイ……やくそく、まもれそうにない」
「なに、いって……」
 喉の奥が渇いて、うまく声が出せない。
「ルイが生まれたときに、自分に約束したんだ……お兄ちゃんとして、ずっとルイを守るって」
「それ、は学校行ってるときは無理だし、それぐらいなら平気なんじゃ……」

 嫌な考えが頭によぎる。やめろ、そんなことあるわけない。
 心なしか、兄の体が冷たくなっている気がする。ちがう、気のせいだ。そうだ、今日は寒いからその空気で冷えているだけだ。あたためないと。俺が、あたためないと。

「ルイといま、こうして話せてるのは奇跡なんだ……」
「何度だって話せるよ、これからは一日中だって話せる!そうだ、これまでのこと兄さんにも聞かせたいこと沢山あるんだよ、だからさ――」
 これまで離れていた時間を埋めるように沢山話をしよう、という言葉は頭によぎった嫌な考えに呑み込まれる。やめろ、やめろ!!

「また、いしきを失ったら俺はもういないとおもうんだ……にどと、こうしてはなせない」
「そんなこと、いわないでよ」
 声が、震える。
「そしたら、べつの人格がでてきたら……こんどこそルイを、ころしてしまう……そんなの、おにいちゃん嫌なんだ」
 必死に温めようとしているのに、一向に変わらない。むしろどんどん冷たくなっている気がする。

「おにいちゃんのつかえる魔法、しってるね……?」
「いやだ、やだよ……!」
 小さい頃によく見せてくれたそれは、とてもきれいで――
「これでおにいちゃんは自分を凍らせる……もし、完全に凍らせられなくても、白衣のやつの実験のおかげで、魔力の暴走にはもちこめる……」
 なにか、なにか助かる方法はないのか。考えろ、考えろ!

「実はさ、おにいちゃん、この力が好きじゃなかったんだ……でも、この力のおかげで……今ルイを守れるなら、悪いことばかりじゃ、ない」
 兄の口から何かが吐き出される。赤くて熱い液状の何かが。ぎこちない動きで凍った指先がルイの背中にまわる。

「あぁ、ルイ、こんなにおおきく、なったんだね……もっといっしょに、いたかったなぁ」
「いつまでだっていられるっ!だから、ねぇ!いきて!いきてよ兄さん!いやだ、ひとりにしないでよ!!にいさん!!」
 涙を流しながら叫ぶ弟に、優しく笑いかける。

「ごめん、ね……ルイ、だいすきだよ」

 

 扉を破り、配電室から抜け出せたクルベス。館内を探し回りようやくたどり着いた時には、全てが遅かった。
 スポットライトに当てられたステージ。その中心にルイはいた。――力無くもたれる兄を抱き抱えて。

「ルイ!!」
「……っ、たす、けて……にいさんが、にいさんが……!」
 クルベスの声を聞き、助けを求める。
「――っつ!!」
 触れたレイジの体は、痛みを感じるほどにひどく冷たかった。まるで氷のように。

「おい、レイジ!目ぇ開けろ!!」
 構わずレイジに呼び掛ける。床に寝かせ、蘇生を試みながら。
「お前は兄だろうが!目の前で大事な弟泣いてんだぞ!!起きろよ!!」
 ルイが泣くのは見たくない。前にそう言ってただろ。

「なぁ!なんで、おまえまでいなくなるなよ……!」

 優しい笑みを浮かべたその顔は、ついぞ反応を返すことはなかった。

 


第一章、もうすぐクライマックスです。
ここで一つ小話をば。

8年前の回想(7話)にて、ルイとの別れ際にレイジが口にした『じゃあね』。これを別の言語で言い換えるならば『see you again』が一番近い感じです。
一見『またね』の意味合いで使われてそうですが実はこれ、二度と会えない(かもしれない)別れの時に言うらしく。
弟を悲しませないように、不安にさせないようにそういう言い方をする優しい兄です。