12.雪花-11

「あれ、どういうつもりだよ」
 隣りに座るクルベスをキッと睨みつけるレイジ。

 あの後クルベスから魔術の練習や護身術を教わった。ティルジアはただ見ているだけだったが、それでも非常に楽しそうにしていた。
 日が暮れてきたので切りのいいところで終了し、現在はクルベスが運転する車で帰路についているのである。

 

「さっきの……護身術のことか?やっぱり分かりづらかったか」
「それじゃない。いや、まぁそれもちょっと思ってたけど。俺の紹介の仕方だよ。なんか……家族とか。もっと違う言い方があっただろ」
 ティルジアへの紹介の仕方に苦言を呈する。正しくは『大切な家族』と言っていたが、さすがに口に出すのは恥ずかしい。
 ところで今「あんなふうにしか教わってないからなぁ……」とか聞こえたけど、クルベスも誰かから教わったのか?ていうかあんな規格外な動きを教えられる人間がいるのか?

 

「違う言い方……違う言い方?」
 そしてなぜ疑問形で聞く?お前医者だろ。俺より賢いはずなのに、何でそんな簡単なことが思いつかないんだ。
「とりあえずあの言い方はやめろ。変に誤解されたらどうするんだ」
「家族……は嫌だったか。ごめんな。直接血が繋がってるわけでもないのに出過ぎた真似した」
 呆れ顔の自分にクルベスは少し気落ちした声で謝る。そんな言い方されたらこっちが悪いことをしたような気持ちになるじゃないか。

「別に『家族』の定義は血の繋がりだけじゃないし……いや、そうじゃなくて!例えば『親戚』とか!そういうので良いだろ!」
「間柄で言うとそうかもしれないけど……それだと素っ気なくないか?」
 確かに。ほぼ毎週会っている相手を『親戚』って紹介するのは少し冷たいか……いや、待て。危ない危ない。いま流されかけた。

「とにかく。絶対あとで訂正しておけ。ややこしいことになったら面倒だから」
「大丈夫、大丈夫。後で俺のほうからちゃんと説明しておくよ」
 本当に大丈夫か?余計に恥ずかしい言い方をしたら本気で殴るぞ。

 

 今後のことを憂いながら今日会ったあの子――ティルジアのことを思い返す。

 変にひねくれたりしていない、笑顔が印象的な明るい子。自分が魔術の練習とか護身術を教わってる時も大人しく見ている良い子だった。
『四月で6歳になるんだ!』と嬉しそうに報告していたからルイとは同い年か。あの子ならルイと仲良くさせても問題無さそう。

「今日はありがとな」
 次会った時にルイのことを話そうかな、などと考えていると唐突にクルベスから礼を言われる。
 礼を言われるようなことをした覚えはない。それに加えてクルベスの声が妙にしんみりしていることに気がついた。

「今日あの子……ティルジアの相手をしてくれただろ。あの子、すっごい喜んでた」
「それなら別に礼を言われるほどのことじゃない。ルイの相手をするのと変わらないし、あの子も良い子にしてたから特に苦労はかけられてない」
「レイジは優しいな」
 いい加減にしろ。そろそろキレるぞ。
 柔らかい笑みを浮かべるクルベス。運転中じゃなければ確実に頭を撫でていたであろう。絆されそうになっているのを悟られぬよう睨んでいると、彼の口からぽつりぽつりと語られ始めた。

 

「あの子、少し前に外に出掛けたことがあってな。その時に……外部の人間にかなりキツイこと言われたらしい。それ以来、周囲の視線をひどく気にするようになって……人の目が、人と関わることが怖くなったみたいなんだ」
 クルベスはティルジアが具体的に何を言われたかは話さなかったが、おそらく容姿について言及されたのだと察する。

 今日あの子と目が合った際、尋常ではない速さで身を隠していた。こちらが魔術を見せるまでは、何かを言おうとする様子は見せてもすぐに口を閉ざしていたのだ。

「周囲に対してそう思ってるってことをあの子は必死に隠そうとしてるけど、見てたら分かる。……でもお前はそういう変な目で見たり、そのことに触れたりしなかっただろ。なんていうか、普通の接し方をしてくれた。それでだいぶ安心したんだと思う」
 あの笑顔の裏でそんな思いを抱えていたとは。ルイと同い年のあんな小さな子がそのような経験をしていたことにツキリと胸が痛む。

 

「お前にこんなこと頼むのは本当に申し訳ないと思ってる。なぁレイジ。これからもあの子には普通に接してあげてほしいんだ」
 こいつが自分にこんな頼み事をするのは珍しい。というか初めてだ。
 しかしクルベスにそう言わせてしまうほど、あの子の周囲に対する恐れや不安は深刻な状態なのかもしれない。

「言われなくても。俺は俺なりにあの子に接していくよ」
「ありがとう。……やっぱりレイジは優しいな」
「どつくぞ」
 照れ隠しに吐き捨てるもクルベスは目を細めて笑うだけ。そんなクルベスに自分は大きなため息をつき、窓の外に広がる夕焼け空を眺めた。

 ◆ ◆ ◆

「お兄ちゃん、おかえり!」
 玄関を開けるなり腕の中に飛び込んで来たルイを受け止めて「ただいま」と返す。数時間ぶりの笑顔が眩しいしこの上なく愛しい。いつまでもこうしていたい。
 しかし次の瞬間、ルイの口から飛び出してきた文言にピシリと硬直する。

「伯父さんとお出かけ、楽しかった?」
 実のところ、ルイには魔術の練習のために王宮に出向いていることは秘密にしているのだ。
 その理由としては、外ではなるべく王室やそれに関連する話題は口にしないほうがいいということ。
 そしてなによりも、自分が魔術の練習をしていることはルイには知られたくないからだ。弟の前ではいつまでも格好良い兄でいたいのである。

 

「……ウン。スゴク楽シカッタヨ」
 後ろにクルベスがいる中、そう言うのは非常に屈辱的ではあったが何とか努めて笑顔で返す。たぶん顔は引きつってるし、とんでもないカタコトの返事になってしまったが無視する。

 父さん母さん、笑うな。必死に堪えてるけど笑ってるのはバレバレだからな。さっきから肩が震えてるの見えてるぞ。
 おそらくルイの中では俺とクルベスは『週末に一緒にお出かけするぐらい仲良し』という認識になっているのだろう。すぐさま訂正したい。

 だが「ぼくも一緒に行きたい!」とは言わないあたり、ルイはお利口さんだな。笑顔や仕草は可愛らしいし俺がいない間もちゃんとお留守番できる、とても聡明で優しい子。これ以上になく自慢の弟。

 この子も来年から初等部に入るけど……他の子から変なやっかみを受けて意地悪されないかこの上なく心配だ。ティルジアくんと一緒の学校に行けたらこちらとしても安心できるんだけどなぁ。

 


 前回のお話にて、自己紹介の際に名前を噛んでいたティジ。第二章(11)『新たな居場所-1』ではちゃんと噛まずに言えるようになりました。