11.雪花-10

 さっきすごい叫び声が聞こえたけど大丈夫かな……。

 レイジはかなりキツめのお灸を据えられたエディが少しばかり可哀想に思えたものの、先ほどの不愉快な発言(嫉妬がどうとか。そんなわけないだろ)を許す気はない。

 ……なんかムシャクシャするな。とりあえず気分を落ち着けるために魔術の練習でもしておこう。

 

 練習の甲斐もあって雪を降らせるのはさほど苦労しなくても出来るようになった。今はあの青年がやってみせた『空気中の水分を凍らせて氷を作る』に挑戦しているところだ。

 だがまだ安定しない。いちおう氷は作れるのだが、どれも形は不揃いで非常に脆い物が出来ることが多々ある。
 一朝一夕で出来る代物ではないことは分かっていたがなかなか苦戦しているのが現状だ。

 すぐそこでまだ話し合いを続けているクルベスを待ちながら『ああでもない』『こうでもない』と氷を生成していく。時間が経つにつれ、自分を中心に大小様々な氷の欠片が庭園の芝生に散らばってゆく。

 クルベスたち、随分長いこと話してるな。
 そう思って彼らのほうに顔を向けようとすると。

 

「……」
 パチリ、と目が合う。
 どうやら自分は魔術の練習に没頭していて、視界が狭まっていたらしい。目が合って初めて、植え込みの影からこちらを覗く小さな子の存在に気がついた。
 いつからそこにいたのか分からない。というかあんな子は初めて見た。

 その小さな子は自分と目が合うと慌てて植え込みに身を隠す。しかし完全に姿を隠してしまうことはせずに頭だけは出して、興味津々な目を向けていた。

 

「そんな所で見ていないでこっちに来たら?」
 ……少々ぶっきらぼうな言い方になってしまった。家族以外の人間とはあまり関わりを持たないようにしてたのが裏目に出た。
 されどもその子は萎縮する様子もなく、ポテポテとこちらに近寄る。

 ルイと同じかそれより下の、年端もいかない小さい子。頭髪は雪のように白く、その瞳はポインセチアのように紅い。
 周囲に散らばっている氷とこちらの手を交互に見つめている様子から、魔術に興味を惹かれて観察していたのだろう。まぁ魔術が物珍しいのは確かなので興味が湧くのも無理はない。

 お互い何を話したらいいのか分からず少しばかり気まずい空気が流れる。とりあえずここは年上である自分が率先して動くべきか。

 慣れた調子で手を軽く振る。振った軌跡をなぞるように雪が降り落ちた。

 

「わぁ……!」
 自分にとってはもうすっかり見慣れたものだったが、その子には滅多に見ない光景だったらしい。そりゃそうか。何も無いところから雪が降るなんて現象、普通は起きない。
 降り落ちる雪を目を輝かせて魅入っているその子がルイと重なる。雪に触れて無邪気に笑う様子に人知れず頬が緩んだ。

 そういえばさっきは氷にも興味を示していたな。
 それならば、と先ほどと同様に空気中の水分を凍らせて小さな氷塊を作り出す。
 今の自分の実力ではただの氷の塊しか作れないのだが、その程度の物でもその子は感嘆の声を漏らした。

 それはそうと先ほどから歓喜に沸くこの子の見た目がどうにも気になる。『滅多に見ない見た目だから』というのもあるが、自分の場合はそれとは別の理由で気になって仕方がない。

 ……いや、やめておこう。初対面で人の容姿に触れるなんて礼儀知らずもはなはだしい。

 

「レイジ、ダメだろ。こんなにやって、また倒れたら大変……」
 話し合いをしていたクルベスがこちらにやって来る。自分に注意を言いかけていたクルベスだったが、雪や氷を前にはしゃいでいる小さな子を目にすると動きが止まる。目を瞬かせたクルベスは妙な沈黙を挟んだのち、口を開いた。

「ティルジア、こんな所で何してんだ?いや、ていうかユリアさんやサフィオじいさんは?一緒じゃないのか」
「あ、えっと……じぃじと一緒だったけど、何かすごい声が……『ギャー』とか『ワー』みたいな声が聞こえたから、なんだろーって思って……そしたらこの人が氷作ってたのが見えて……」
 たぶんこの子が聞いた『ギャー』とか『ワー』みたいな声は先ほどのエディの叫び声だろう。どうやら城内に響き渡るほどだったらしい。
 その子――ティルジアと呼ばれた子の発言にクルベスは少々頭を抱える。

「とりあえずジャルア……はこの後も仕事があるし……サフィオじいさんのところに戻ろうか。きっと心配してる」
 そういえば、と思いジャルアの姿を探したが見当たらない。エディもいないことから、話し合いはもう終わったらしい。

『ところでなぜジャルアさんやサフィオおじいさんの名前が出るのだろう』と考えているとティルジアはしどろもどろに視線を彷徨わせた。

 

「ぼく……もう少し見ていたい……」
 ティルジアがぽそりとこぼした呟き。その視線は自分の手にある氷塊に向けられていた。その言葉にクルベスは少し困った様子でこちらを窺う。
 もしや、自分が他者にこの力を扱うところを見られることを懸念しているのだろうか。まぁ確かに出来るだけこの力は人に見られたくないのは事実だが……。

「俺は別に良いけど。見てるだけなら何の支障も無いし」
 さっき散々見せたのだ。今さら気にすることでもない。それにこの子はこの力を気味悪がったりしなかった。むしろルイと同じように目を爛々と輝かせて見てくれていたのだから、こちらとしては何の問題も無い。

「じゃあ二つ約束。ここで大人しく見ていること。勝手にどこかへ行ったりしないこと。この二つを約束。できるか?」
 指を二本立てて聞き返したクルベスにティルジアはパァッと笑顔を咲かせ「うん!」と大きく頷いた。

 

 

「そういえば二人とも。自己紹介はもうしてるのか?」
 クルベスにそう言われてようやく、相手のことを何も知らない状態だと気付く。とりあえずエディにした時と同様、簡単に自分の名前を名乗ると補足するようにクルベスが付け加える。

「このお兄さんは俺の甥っ子……って言っても難しいか。家族。俺の大切な家族だよ」
 なぜそんな歯の浮くようなセリフをサラッと言えるのか。普通に『弟の子ども』でいいだろ。
 そう文句を言いたいが小さい子の前で剣呑な空気を出すわけにはいかないので黙っておく。

 確かジャルアさんと初めて会った時も『愛しの甥っ子君』とか言われたな。もしかしてクルベスの奴、あの人にも同じ感じで話しているのか……?

 

「はい、じゃあティルジアも。お名前言えるかな」
「うん!えっと、ティぅ……噛んじゃった……ティルジア・ルエ・レリリアンです!5歳で……あ、でももうすぐ6歳になります!」
 クルベスに促されて、元気いっぱいに自己紹介する様子が微笑ましい。名前で噛んだところもルイを彷彿とさせられる。(ルイも自分の名前である『ルナイル・ノア・カリア』を言う際、たまに「ルにゃ……」と噛むのだ。悶絶するほど可愛い)

「レイジにならもう話しても大丈夫か。この子はちょっと特殊な立場なんだ。はっきり言うと次の王様」
 クルベスの話によるとジャルアさんの息子らしく。(この子は双子で妹もいるとか。妹のほうはとてもお喋り好きな子らしい)
 こんな小さな子がゆくゆくは国王になるのか。言ってはなんだが他の子どもとあまり違いはなくて驚きだ。
 話の最後にクルベスから「この子の安全のためにも、外の人には絶対話したらダメだからな」と言われたが、話すわけない。(というか家族以外の人間とはあまり関わりを持たないし)

 


 事あるごとにルイのことが頭に浮かぶレイジお兄さん。むしろ常にルイのことを考えていると言っても過言ではないのかもしれない。