10.雪花-9

 それからは休日は城のほうにお邪魔して魔術の練習をする習慣ができた。(念のためお父さんとお母さんに『これからはお城のほうに出向いて魔術の練習をしたい』と言ったら、あっさり了承がもらえた。心配性のお父さんがあそこまで快く了承してくれたのは正直驚いた)

 また倒れてしまわないように注意しながら魔術の練習を重ねていく。城の中を見て回りたい気持ちはあったが遊びで来ているわけではないので我慢だ。

 練習の成果の確認も兼ねて、ルイの前で雪を降らせてみたりした。
 少量の雪を降らせることしかできないのに、それでもルイは「きれい」と目を輝かせて喜んでくれた。

 こんなに喜んでくれるのが嬉しくて。もっと上達していろいろなことが出来るようになったらもっと喜んでくれるのかな。
 自分のこの奇妙な力を目にしてもただ純粋に慕ってくれて、笑ってくれる。この子の笑顔がたまらなく愛おしい。ずっと見ていたい。

 

 

 そうして魔術の研鑽に励みながら年を重ねて、三年が経った頃。

「レイジ、本当にダメか?」
「しつこい。何度も言ってるだろ。送り迎えはいらない。ついていったらしばらく口聞かないからな」
 春の訪れを感じる三月。さぁこれから練習、という時になってクルベスはウンザリするほど交わした質問をしてきた。

 何がダメなのかというと、来月から自分は中等部に入学するのだが、クルベスがさも当然といった様子で「送り迎えする」と抜かしたのだ。
 中等部にもなって保護者に送り迎えされるのはさすがに嫌だ。というか恥ずかしい。

 そういうわけで『中等部に入学したら送迎は不要』と言ったのだが……クルベスはいまだに納得していないらしく、こうして事あるごとに聞いてくるのだ。何度聞かれようとも考えを変えるつもりはない。

 

「……分かった。送り迎えはしない。でもその代わりに護身術だけは教えておきたい。それで譲歩してくれないか」
「それなら……まぁ」
 すごい渋るな。でも護身術っていうものには俄然興味はあるので頷いておく。別に『格好良い』とか『憧れがある』とかそういう浮ついた気持ちからではない。ただちょっと興味があるだけだ。

「そうだ。自分の今の力量を知るために、一回手合わせしてみるっていうのはどうだ」
 まずどこから教えるべきか……と頭を悩ませているクルベスにひとつ提案してみる。するとクルベスは「えっ」とあからさまに表情を曇らせた。

「俺は良いけど……レイジが怪我しないか?あ、いや……下に見てるわけじゃなくて……分かった。一回やってみるか」
 ムッとした俺にクルベスが慌てて言い繕う。
 おい、今なんか「気をつければ大丈夫なはず」とか聞こえたぞ。言っておくけど俺はもう12歳なんだ。成長している。魔術を使わずとも結構やれるはずだ。とりあえず今の発言ならびにナメた評価を改めさせてやる。

 ◆ ◆ ◆

「……レイジ?えーっと……ごめん。怪我とかしてないか?」
 クルベスの問いかけには答えず空を仰ぐ。清々しいほどに晴れ渡った青空をただ茫然と見つめる。

 張り切ってクルベスに挑んだものの、気がついたら組み敷かれていた。
 一瞬の出来事で何が起こったのか分からない。気がついたら体が浮いて、抵抗する間もなく地面に押さえ込まれていた。
 あまりにも呆気なく負かされたので、悔しいと思う前に『どういうこと?』と困惑してしまう。

「怪我はー……無さそうだな。とりあえず……こういう感じで変な人に襲われたらひとたまりもないかもしれないから……これから護身術も頑張っていこうな」
「お前を『一般的な大人の例』にするのはちょっと無理があるんじゃないか」
 過剰なレベルでこちらを気遣うクルベスに突然別の声が割り込む。怪我ひとつない体を起き上がらせると、そこには現国王であるジャルアと……あと先ほどの声の主である男性がいた。

 

「よっ、久しぶり。おやおや?そっちの子は?」
「……俺の甥っ子。レイジ、あの変なのはエディっていうんだ。あいつとは学生の時からの腐れ縁で……あんな軽い感じだけど、いちおう国家警備隊の人」
 クルベスは親しげに挨拶する男性――エディを雑に紹介してジャルアに顔を向ける。

「ジャルア、何でこいつがいるんだ」
「あれ?何でわざわざそっちに聞くの?俺に聞いたほうが手っ取り早いと思うんだけど。ていうか今の紹介の仕方ひどくない?」
 一方でジャルアは「来年からの警備の方針について話してた」と返している。相変わらず自由な人である。

「あぁ、そうか。あの子たちの……あ、レイジ。ちょっと待っててくれないか。少し話をしてくるから」
 そう言うなりそそくさとジャルアとエディを連れ立って少し離れた所に移動するクルベス。
 自分を置いて別の場所に行かないのは『一人にするのが心配だ』とか思ってのことか。憶測でしかないけど。
 それにしてもあんな友人がいたのか。そういえばクルベスの交友関係とか全然知らないな。

 そんなことを考えていたら先ほどのエディという人だけがこちらに戻ってきた。クルベスとジャルアは相変わらず話し込んでいるのを見るに、必要な事だけは話し終えたのかもしれない。

 

「改めましてこんにちは。エディ・ジャベロンです。さっきも聞いたと思うけど国家警備隊に所属してるんだ。あ、手帳とか見る?」
 やはり先ほどの紹介のされ方は気に食わなかったらしく、エディ・ジャベロンという男は自己紹介をし直す。それに対してこちらも「レイジ・ステイ・カリアです」と名乗る。
 結構ノリが軽い……砕けた印象の人だ。国家警備隊ってもう少し真面目な感じの印象があったけど、こんな人もいるんだな。

「さっきの見てたよー。ビックリしたでしょ?あいつをモデルケースにはしないほうが良いよ。あいつ、馬鹿みたいに強いから」
 その口振りからしてエディは先ほどの手合わせを見ていたらしい。そうか、あれはクルベスが規格外だったというだけか。あいつ、医者のくせに何であそこまで強いんだ?

 

「それにしても……クルベスの甥っ子くんかぁ。なるほどねぇ」
 そう言ってエディはこちらをまじまじとみつめてくる。
「セヴァくんの息子さん」
「……そうですけど」
 どうやらお父さんとも知り合いらしい。それはそうと『何が言いたい』とエディも見返す。

「いや、ね。きみのお父さんのことも昔から知ってて……うん、まどろっこしいからはっきり聞いちゃおっかな。きみ、ジャルアのことが気に入らないでしょ?」
 ずばり言い当てられて目を丸くする。その反応にエディは「やっぱりね」としたり顔を浮かべた。
「気をつけたほうがいいよ。クルベスがジャルアと仲良さそうに話してる時のきみ、すっごい機嫌悪そうな顔してるから」
 まぁ確かに。あいつがジャルアと話しているのを見ているとこの上なく胸がモヤモヤしてくるが。というか自分はそこまで分かりやすい反応をしてたのか。

 

「セヴァくんもさぁ、あいつのことが大好きでね。ジャルアのことを目の敵にしてんの。いやー、やっぱり親子なんだな。クルベスが他の奴と仲良さそうにしてると嫉妬しちゃ――」
 言い終わる前に渾身の力で脇腹を殴った。そんな不愉快なことを言われるのも我慢の限界だったからだ。断じて事実とか図星とかそういうのじゃない。絶対違う。

「痛っ、ちょ、ごめんごめん。調子のった」
「すまん、ちょっと話し込んでて……二人とも何してんだ」
 なんでこんなタイミングで戻ってくるのか。クルベスはひたすらエディの脇腹を殴り続ける自分と「痛い」と言いながらも全くこたえた様子もないエディを見やる。

「さてはお前、レイジに変なこと言ったな?まったく……ごめんなレイジ。こいつには後でちゃんと反省させておくから。それはそうと何を言われたんだ?」
「うるさい。お前には関係ない」
 なぜかレイジに「あっち行け」と突っぱねられたクルベスは「えぇ……」と困惑した表情を見せた。

 ◆ ◆ ◆

「お前、子ども相手に何してんだ」
「すまん。面白くてちょっとからかいたくなった。本当にごめんって。え、いったん落ち着こ?てか目ぇ据わってない?ちょっと待っ――」
 エディの叫び声が庭園に響き渡る。可愛い甥っ子をもてあそんだ罪は重い。

 

「あの……さ?俺が悪かったよ?でもあそこまでやることなくない?俺じゃなきゃ死ぬよ?」
 エディはよろけながら『昔飼ってた犬が見えたんだけど。俺のことなんか気にすることなく、川の向こうで元気に遊んでたわ』と文句を言う。それに対してクルベスは手を払いながら「自業自得だ」と返す。

「いやはや、それにしても。まじで驚いたわ。すっごいな、あの子」
「何が」
「ルックス。お前がやたらとデレッデレして話すから『まぁいつもの伯父バカフィルターだろ』って思ってたんだが……あそこまでの美少年っているんだな」
 文句のつけどころが無い、いわゆる百点満点の容姿。しかもツンデレときた。あれは一人で外出させるのも渋るわけだ。秒で犯罪に巻き込まれそう。
 そうエディが呟くがその発言もどうかと思う。いや、俺もそう思ってるけど。……やっぱり一人で登下校させるのは不安だな。

 

「もうそろそろ良いか?」
「あ、悪い」
 ジャルアに声を掛けられ、慌てて話を戻すクルベス。すっかり存在を忘れてた。

 今日エディがここに訪れた目的は来年以降の警備についての打ち合わせのためだ。
 来年からジャルアの子どもたち(あの好奇心旺盛な双子)が初等部に入学する。それにあたっての警護や周囲への対応などの話し合いのために来たのである。

 いやはや、あんなに小さかった子がもう初等部に入る年になるとは。大人になると時間の流れが早く感じるな。

 


 レイジの誕生日は2月23日。いちおう冬生まれです。