14.学び舎の催事-2

「ルイ、えっと……」
 学園祭が始まり、慌ただしい午前が終わって休憩に入ったティジは恐る恐る声を掛けた。
 予備のテーブルを持って戻った時には当然ながらルイもすでにボタンの糸処理は終わっていた。シンと共に戻って来たのを目にしたルイは問い詰めはしなかったものの、昼休憩に入るまで終始鬼気迫る雰囲気をまとっていた。

「あいつ、俺がいないタイミング狙ってただろ」
 絶対そうだ、とルイはまだ表で配膳や注文を受けているシンを絶対零度の目つきで睨みつける。
 ルイの発言を否定することはできない。あの時シンが告げた『ティジ君とこうして二人っきりでお話してみたいなって思ってたんだ』という言葉が本当だとすれば、ルイの考えは大当たりなのだから。

 

「よりにもよって人が少ないところに連れ込むなんて……!本当に何か変なことされてないんだよな?」
「うん、大丈夫。もう少しいろいろお話したいなって言われただけ」
 本当はいろいろくすぐられたりしたが黙っておいた。そんなことを言ってしまえばルイは今すぐシンを怒鳴りにいきかねない。いや、彼は分別がつく人間なので今すぐには実行しないだろうが、シンが休憩に入った後が怖い。

「……ティジは俺だけじゃなくて他の人とも話したいか」
「ルイ……?どうしたの」
 ティジは突然塩らしい態度を見せたルイに聞き返すが「いや、何でもない」と会話を打ち切った。

 ◆ ◆ ◆

「エスタ、さっきの話……」
「忘れてください。あれです。たぶん他の誰かと勘違いしてるんですよ」
 クルベスの声を遮るようにエスタは早口で捲し立てる。『自分の話じゃない』ではなく『忘れてくれ』という文言が即座に出るあたり、エスタ自身に思い当たる節があるのだろう。

「実力テストで解答一個ずつずれて書いた奴ってそんなにいないんじゃないか」
「ずれて無かったら結構良い点数取れてたんですぅ……!それにアレ一回限りだもん……先生なんで覚えてんの……」
 渋い顔で呟くエスタにクルベスは『やっぱりお前のことじゃないか』と内心呆れる。件の実力テストは進級や内申に関わらない物だったことが不幸中の幸いと言えるか。

「……弟くんたちには絶対言わないでください」
「善処する」
「まじで言わないでくださいよ!?言ったら俺……俺、クルベスさんにとんでもないことしますから!」
 エスタの考える『とんでもないこと』はどんな物なのか気になるが、こちらもいい歳した大人なのでクルベスは「大丈夫、大丈夫。絶対言わない」と軽く返した。

 

「その言葉信じますからね……あ、いたいた!ティジ君、弟くーん!」
 エスタはティジたちを見つけると即座に気持ちを切り替え、二人の元へと駆け出した。
 エスタの気持ちの切り替えは目を見張るものがある。勉強も同じように気持ちを切り替えて集中してやれば良い成績を残せたのではないか。いや、人は誰しも得手不得手がある。この話はやめよう、とクルベスは瞬きをしてエスタの後を追った。

「待たせてごめんね。中に入るのはすっごい久しぶりだから少し迷っちゃって」
 本当は当時世話になっていた教師に捕まり、過去の思い出話をされていた、とはエスタの口が裂けても言えない。万が一にも話の内容に興味を持たれた場合、彼のしょうもない失敗の数々が知られてしまう。

「いえ、見たい場所に目星をつけていたところなので、まだ全然見ていないです」
 ルイは学園祭の案内図を片手に「興味あるのはこれぐらいかな」とひとりごちる。
「そんじゃあサクッと見に行ってみようか。楽しい時間はあっという間だからね」
 さぁさぁ、と弾んだ足取りで先導するエスタ。
 その背にクルベスが「あんまり離れるとまた顔馴染みの教師に見つかるぞ」と言うと、エスタは少しだけ歩を緩めた。

 

「ティジはどこか行きたいところってあるか」
「だいたいはルイが行きたい所と同じ。あとはみんなが行きたいところを一緒に回れたらそれで十分かな」
 クルベスの質問にティジは控えめな声で返答する。また、このような催事ではティジは真っ先に駆け出していきそうなものなのに、今は一歩引いて歩いている。

「何かあったのか」
「大丈夫。何でもないから」
 何かあったことは確実なのだがティジは「行こう。エスタさんたちを見失っちゃう」とクルベスを急かす。
 おそらく今は話すつもりはないのだろう。『仕方がない。今夜、諸々のことが落ち着いてから聞いてみるとするか』と考えながら、クルベスは人混みに流されてはぐれそうになっているティジの腕を引いた。

 ◆ ◆ ◆

「弟くん、これとかすごいよ。お店で売ってる物みたい」
「す……ごいですね。よく出来てる」
 エスタが指したクマのぬいぐるみのマスコットキーホルダーに目が釘付けのルイ。
 人前、ましてや学園内のバザーという場でなければ購入していたと思える。16歳の男子がこのような可愛らしい物が好きだと知られたくないためか、その一歩を踏み出せないようだが。

「それじゃあこれ家族に買ってっちゃおうかな。すみませーん、これお願いしまーす」
 エスタは下手な三文芝居を打ち、マスコットキーホルダーが売れてしまう前に確保する。ルイに「あとで渡すね」と耳打ちする様子はさながら闇取引に見えてしまう。
「いや、悪いんであとで払います」
「いいって。俺からのプレゼント。形に残る思い出みたいな物だよ」
 エスタは我ながら洒落たこと言っちゃったな、と得意げに笑う。「その発言が無ければ決まっていたのにな」というクルベスのツッコミは聞こえないふりだ。

 

「それにしても本当にお祭り騒ぎって感じですね。ちょっと気を抜いたら迷子になりそう」
 人でごった返す学内。中にはどこかの学級の企画なのか派手な仮装をした者も見受けられる。賑やかなのは良いことだが、警戒も怠ることができない。

「もういっそのことクルベスさんも白衣着て来たら良かったんじゃないですか。多分いけますよ」
 エスタの発言は半分冗談ではあるが、これまでで白衣をまとった者も何度か目にしている。学園の教師だけでなく、どこかの研究系のサークルに属しているらしき生徒の姿も確認できた。
「これ以上目立つ要因を増やしてどうする。それならお前も仕事着で行けば良かったか?」
「周りの人にどう説明するんですか。俺があの格好で来たら困るのはクルベスさんのほうですからね」
 ていうか目立ってる自覚あったんだ……とエスタはクルベスの顔を見上げる。

 実のところこのメンツが集まると大変目立つ。ティジの稀有な容姿は言わずもがな、クルベスの群衆の中でも頭一つ出る高身長(少々離れても見つけやすいのでとても助かる)と、ルイの(相変わらず本人無自覚の)目を惹く非常に整った容貌。このメンバーが一つに集まって目立たないほうがおかしい。

「弟くんがウェイターさんやってる姿も見てみたかったけど、ぶっちゃけ調理担当で正解だったかも……変な奴の目に留まりそう」
 ルイはエスタの心配をいつもの冗談だと思ったのか「そんなわけないでしょ」と軽く返す。ルイたちと合流してから(周りへの警戒と威嚇を兼ねて)ピタリとくっついて行動していることに何の疑問も抱いていない様子だ。

 

 

「あ、もうこんな時間か。そろそろ戻らないと」
 バザーの会場から出た後。エスタからこっそり渡されたクマのマスコットキーホルダーを嬉しそうに撫でていたルイは、校内で流れるラジオ番組風の放送で読み上げられた時刻に顔を上げる。
「そういえば弟くんたちは午後もお手伝いあるんだっけ」
「うん。ちょっと人手が足りなさそうだったから少しだけ入ろうかなって」
 学園祭を楽しむ人々を眺めていたティジはエスタの言葉に相槌を打つ。

「二人とも偉いな。じゃあ俺たちも一緒に行こうかな」
「え、いや……別にわざわざ来なくてもいいよ。俺たち裏方だから来ても姿は見れないし」
 自分たちの企画に保護者が来るのは恥ずかしいらしい。それとクルベスに『偉いな』と褒められたことも。

「えぇー、俺いちばん楽しみにしてたんだけどなぁ。弟くんたちがクラスのみんなと頑張って準備した喫茶店、来ちゃダメなのー?」
「来ちゃダメってわけじゃなくて……分かりました。でも変に声掛けたりしないでくださいね。呼ばれてもぜっったい出て行かないんで」
 念のためエスタに釘を刺すルイ。わざわざ『声掛けするな』と言うことはエスタならやりかねないと考えられたか。
 その予想が当たったのかエスタは「別に照れなくてもいいのに」とふてくされた。

 


 ジャルアさんは国王という立場上、ティジたちの学校行事に顔を出すことはほぼ不可能。今回の学園祭も「何とかして行けないかな……」と考えてはいたものの、警備の問題やティジの素性が知られてしまう危険性を考慮して泣く泣く諦めました。
 その代わり、クルベスさんに「ティジのことを頼む……あと俺が行けない分も楽しんでくれ……!」と想いを託したのだとか。