エスタとクルベスは厨房の手伝いへと向かったティジたちを送り出し、その足でティジたちが所属する学級の企画――喫茶店に入る。昼時を過ぎたためか客足も落ち着いており、待ち時間を要することなく入店できた。
昼食はティジたちと学園内を巡った際に色々と買い食いをしたので、エスタは食後のデザートとしてパンケーキを注文した。一方でクルベスは「喫茶店といえばコレだろ」という謎の持論からプリンを頼んだ。
「弟くんたちが作った物をくださいって言ったら持って来てくれますかね」
何故か内緒話をするように顔を寄せて話すエスタにクルベスは「お前なぁ……」と頬杖をつく。
「面倒くさい客だと思われたいなら言ってみればいいんじゃないか」
「あー……弟くんに嫌われたくないのでやめておきまーす」
クルベスの指摘は至極当然だ。初めて訪れた飲食店で『特定の店員が調理した物が欲しい』という要求など普通はしない。この学園祭という場においては雰囲気次第では対応してくれるかもしれないが、ルイは許してくれないだろう。
オープンキッチンでもないため、表からはティジたちの姿を確認できない。教室の一角が衝立で仕切られているので『あの向こうで作ってるんだろうな』と思いを馳せた。
「それじゃコレ持っていくね」
軽い調子の声とともに赤茶の髪の好青年が衝立から姿を現す。その後ろで「なに勝手に持っていってんだ」と青年にガンを飛ばすルイの姿もちらりと見えた。
赤茶の髪の青年はルイの殺気を無視し、エスタの前に注文の品であるパンケーキを置く。青年は「ごゆっくりどうぞ」とウェイターの決まり文句を言うと空いたテーブルの食器を片付けに行った。
「よかったな。それ、ルイが作った物みたいだぞ」
クルベスは流行りの喫茶店で提供されていそうな三段重ねのパンケーキ(ホイップクリームも添えられている)に視線を向ける。
「そうらしいですね。……あの子が例のちょっかい出してくる子かなぁ」
期せずして望んでいた『ルイが作ったパンケーキ』が回ってきたがエスタは素直に喜ぶことができなかった。
クルベスの言いたいことは分かる。
このパンケーキが置かれた時、赤茶の髪の青年――シン・パドラの背の向こうで、殺気立つルイをなだめるティジの姿も見えた。その際にティジはこちらの存在に気づいたようで、クルベスたちに小さく手を振ってルイを遠慮がちに引き戻した。
エスタはシンとは初めて会ったが、ルイがシンのことを相当嫌っていることは火を見るより明らかだ。見たところ人の良い好青年という印象だが、ルイがあそこまで毛嫌いするほどのおこないをしているのだ。人は見た目だけでは判断できない。
「クルベスさんも食べます?弟くんの手作りパンケーキ」
「いい歳した大人が男同士で『はい、あーん』とかやるのか?余計に目立つぞ」
クルベスは自身の口元に持ってこられた一切れのパンケーキを手で制して断る。
「そんなこと言っちゃってー。弟くんが同じように差し出したら速攻で食べるでしょ」
「当たり前だろ」
一切迷うことなく、真顔で言い切るクルベスに『この人、弟くんのことになると色んな基準おかしくなるんだよなぁ……』と呆れた様子で見つめた。
「まぁ弟くんは自分からそういうことしないタイプですけどね」
一部の例外を除けば、とエスタは衝立の向こうを見やる。
先日ティジたちと共に出掛けた旅行。あの時『旅の締めくくりに』と立ち寄ったカフェでルイはティジにいま話していた内容をおこなっていたのだ。
おそらくルイは「有名なショコラティエが経営しているカフェのガトーショコラとあればティジも一口食べてみたいのでは」と考えたのだろう。
互いに照れる様子も見せず自然におこなっていたのでエスタは一瞬見間違えをしたのかと思った。(ティジからパフェを一口差し出された時ルイはなぜか遠慮していたが、自分がされるのは恥ずかしいのかもしれない)
「分けるっていえば小さい頃のルイはぬいぐるみに自分のお菓子をあげてたな」
「何それ、めっちゃくちゃ可愛いじゃないですか」
しみじみと語っていると衝立の影からルイが二人に詰め寄ってくる。
「店内では、お静かに、願います」
「あ、ごめん……」
羞恥に顔を赤く染めたルイは、手にしているプリンをテーブルの上に置く。クルベスが注文していた品だ。
「お待たせしました、ご注文のプリンです。……これ、ティジが作ったやつだから」
他の客には聞こえないよう最後の一言は小声で付け足すルイ。どうやら勢いで厨房から飛び出してしまったらしく、足早に帰ってしまおうとするルイをエスタは慌てて引き留めた。
「このパンケーキ、すごく美味しかったよ。……って作った人に伝えておいてほしいな」
「それなら良かっ……いや、えっと……伝えておきます」
ルイはエスタの好評にパァッと表情を輝かせたがすぐに我に返って平静を装う。あの様子だとパンケーキを作ったのはルイで間違いなかったようだ。
ますます顔の赤みが増していくルイは空いた食器と一緒に今度こそ衝立の向こう側へと消えていった。
ティジが作ったというプリンを堪能し、プリンは蒸して固める物とゼラチンで冷やし固める物のどちらが好みかなどの雑談に興じているクルベスたち。
するとさほど離れていない位置から小銭をぶちまける音が響いた。どうやら清算をしようとした客がうっかり財布の中身をひっくり返してしまったらしい。
クルベスは自身の足元まで転がってきた小銭を拾い上げ、会計をしている生徒や他の客に謝りながら四方八方に散らばった小銭を集める男性にそれを手渡す。
エスタも共に小銭を拾うのを手伝うと男性は「ありがとうございます」と重ね重ね礼をした。
「ん?あれ……あ!もしかしてブレナ先生ですか」
男性の顔を見つめて首を傾げていたエスタは「ようやく思い出した」と指を鳴らす。
男性――ブレナ・キートンは『ブレナ先生』と呼ばれたことからエスタがこの学園の卒業生だと分かったのだろう。しかしながら彼のほうはエスタのことを思い出せない様子。
「俺、ここの卒業生のエスタ・ヴィアンっていいます。たぶん在学中にお世話になってたかと」
「あぁ、そうだったのか。申し訳ない、すぐに思い出せなくて」
詫びるブレナ教師にエスタは「いえ、俺が卒業したのは五年も前のことですし」と気にしないよう気遣う。
「で、こっちが俺の遠い親戚のクルベスさんです」
ついでとばかりに隣りに立つクルベスを紹介する。もちろんクルベスとエスタの間に血縁関係など一切ない。
実際の関係としては勤め先(王宮)の上司と新人だが、なぜそんな取り合わせで母校の学園祭に訪れたのかと問われれば説明に苦労することになる。かと言って友人(レイジ)の伯父だ、という紹介をしたらより一層混乱させてしまう。
だからいっそのこと、クルベスとは遠い親戚で普段から仲良くしていると言うことにしたのである。
「挨拶が遅れました。クルベス・ミリエ・ライアと申します。先日はうちの……ティティ・ロイズの介抱をして下さり、ありがとうございました」
倒れたティジを保健室まで運び、保護者に当たるクルベスに連絡したことへの礼を告げると、ブレナ教師は「自分は大したことはしていない」と謙遜した。
表向きはクルベスはルイの義理の父親、ティジは親戚の子どもを一時的に預かっているという体で通している。
初めの頃はクルベスも『この説明はかなり無理があるんじゃないか……?』と苦言を呈していたが全くの杞憂だった。この通りブレナ教師も全く疑うことなく「お子さん、張り切って準備していましたよ」とルイやティジの準備期間中の様子を話してくれた。
ここでルイが割り込んでこないあたり、衝立の向こうでティジが気を利かせたのだろう。
「二人とも楽しめているようで安心しました。色々とご迷惑を掛けてしまうかもしれませんが、これからもあの子たちのことをよろしくお願いします」
クルベスはティジたちが学園生活を楽しんでいることを知り、安堵の息を吐く。
二人とも物心つく前から成長を見守っていたとあって、自分が直接介入することのできない環境に身を置くティジたちのことを心配していたのだ。
その隣りでエスタは『このタイミングで弟くんを引っ張り出したらどんな反応するんだろう』と考えながら相槌を打った。
パンケーキは普通のパンケーキです。スフレパンケーキの案もあがっていましたが「学園祭で作れる代物か……?」と思い、通常の物になりました。
メープルシロップにバター、ホイップクリームを添えて。仕上げに彩りとしてホイップクリームの上にブルーベリーも乗せちゃう。見映えとしてはイチゴを乗せても良かったけど、ルイが飾りつけるならブルーベリーって感じがしたのでブルーベリー。
蒸すタイプのカスタードプリンは調理工程が難しい+出来映えが舌触りとかにモロに出るので、ゼラチンを使用した冷やし固めるタイプになりました。通常のプリンだけでなくミルクプリンやココアプリンなどアレンジがしやすい。