14.雪花-13

 次の週末。王宮にて魔術の練習に励んでいるといつものようにティルジアくんが見に来た。しかしどこか様子がおかしい。
 どうしたのだろう、と内心心配しているとそれに気づいたクルベスが説明してくれた。

「いや、この間この子を外に連れていったんだよ。でもその時に勝手に駆け出して迷子になるわ、持っていった花は落とすわで……」
 言われてみれば今のティルジアくんは凄く申し訳なさそうな顔をしている。クルベスもほとほと呆れた様子でため息をついていた。

 そこへ衛兵がやって来てクルベスを呼ぶ。どうやら厨房のほうで料理人が怪我をしたらしい。彼の本分は医者なので「俺はここで待ってるから早く行け」と言ってクルベスを送り出した。

 

 かくしてティルジアくんと二人きりで残される。クルベスがいない時に魔術の練習をしたら(鬱陶しいレベルで)心配されてしまうし、一人で護身術の特訓は難しい。さてどうしたものか。
 このまま黙って待っているだけだとティルジアくんに気まずい思いをさせてしまうかもしれないな。休憩がてらこの子とお話でもするか。

「ティルジアくん。お外はどうだった?」
「え……あ、うん。えっとね、レイジさんの言ってた通りいろんなお花が咲いてて、いろんな人がいたよ。迷子になったこと、クーさんには怒られちゃったけど……とっても楽しかった!」
 最後の言葉はこれ以上になく明るい笑顔と共に口にする。

「そっか。それは良かった」
 嬉しそうに笑うティルジアくんの様子にホッと息をつく。するとその白い頭髪を触っていたティルジアくんが「あのね」と切り出す。

 

「レイジさん。ぼく、レイジさんのお話とか聞いてみたいな。あの……学校とか、お友達のこととか」
「いや、えーっと……普通に学校に行って勉強して……それぐらいしかないけど」
 中等部に入学してまだ一ヶ月も経っていない。他者とは極力関わりを持たない(というか関わりを持つ必要性が分からない)ので特段語れる内容が無かった。

 でも自分から外のことを聞きたがるとは。クルベスからは『この子は外の人間を怖がっている』と聞かされていたが、外出したことでそれに改善が見られているのかもしれない。
 何にせよこの子にとっては非常に良いことだ。

「うーん、じゃあ代わりに俺の弟の話をしようか。弟はティルジアくんと同い年でね……」
 そこからルイの話を聞かせる。いつかは会う機会があるだろう。クルベスが戻ってくるまでの間、ティルジアくんはルイの話を熱心に聞いてくれていた。

 ◆ ◆ ◆

 それからまた日数が経ち、王宮内でのとある昼時のこと。
 その時もクルベスは席を外していて。最近暑くなってきたから鍛錬の途中で体調を崩す者が出やすいのだとか。(そのことにクルベスは『体調管理は基礎中の基礎だぞ……』とぼやいていた)

 クルベスは「なるべく早く戻るから」と言っていたが……別に俺のことなんて気にしなくて良いのに。

 

 ティルジアくんのほうを見ると木陰でうたた寝……というかすっかり眠ってしまっていた。
 ここは静かで風も心地よいから寝てしまっても無理はないか。

 すやすやと眠るその子の隣りに座って、穏やかな寝顔を見守る。
 ルイもクマのぬいぐるみを抱きしめたまま眠ることがよくあるのだが、この子の場合は本を抱きかかえたまま寝てしまうみたいだ。

『どんな本を読むのだろう。というかこの歳で読書に関心があるって凄いな』と考えながら本の表紙を見る。
 草花図鑑か。うん、これならあまり難しくないし見るだけでも楽しいだろう。この間『誕生日プレゼントに貰った』と花を見せてくれていた時も心底嬉しそうにしていたし、よほど花が好きらしい。

 

 その時、ティルジアくんの服のポケットから細い紙切れみたいな物が滑り落ちる。このままだと風に飛ばされそうだったので、勝手に触ってしまうことを一言謝りながら手に取った。

 短冊状の薄緑色の紙に青い押し花があしらわれている……しおりか。上のほうに通された白いリボンが風に揺れる。
 本に挟まずにポケットに入れておくとは不思議なことをするな。まぁ小さい子ってたまに突拍子もない行動するからそういうこともあるか。

 そんなことを考えながら見ていたら、ティルジアくんが小さく声を洩らしながら目を覚ます。
 寝ぼけ眼のその子は自分が手にしているしおりを目にすると勢いよく起き上がった。

 

「あ……ごめんね。飛ばされそうだったから持ってたんだ」
 断りもなく勝手に触ったことを謝りながらティルジアくんにしおりを返す。
「う、ううん。大丈夫。レイジさん、ありがとう」
 そう言ってティルジアくんは『失くしてしまわないように』としおりを図鑑の中に挟みこんだ。

「そのしおり、綺麗だね。……あ、もしかしてそれってこの間貰ったお花?」
「うん。……レイジさん、覚えてたんだ」
 なぜか気まずそうに目を逸らすティルジアくん。見るからに『早くこの話題を終わらせたい』という様子だ。
 やがてティルジアくんはおずおずとこちらの反応を伺いながら口を開いた。

 

「あの、えっと……レイジさん、一つお願いがあるんだけど……このしおりのこと、他の人には言わないでほしいんだ。その……とっても大事な物で……あんまり他の人には見せたくないから……」
 しどろもどろになりながら「お願い」と手を合わせる。この子のこんな姿は初めて見た。
「いいよ。こちらこそ勝手に触っちゃってごめんね」
 人の秘密をいたずらに触れ回るような趣味は無い。俺の返事を聞くとティルジアくんは安心した様子で息をつく。

 新緑の五月。涼やかな風を感じる庭園の中。最近あった出来事や家族のことなど、とりとめもない雑談に興じた。

 


 クルベスさんは隙あらばセヴァさんたち弟家族のことを語ろうとしますが、レイジも結構似たところがあります。彼の場合はルイの話をする。延々と。もちろんご友人のエスタさんはその餌食になってる。

 なおエスタさんいわく、レイジに「そろそろ喋り疲れたでしょ。ちょっと休憩しない?」と言おうものなら「なぜルイの話を途中で止める?どういうつもりだコラ」と仏頂面で続けたのだそう。
 かといって「そうだねー。弟くんは可愛いねー」と相槌を打てば「ルイに手を出したら潰すからな」と殺気を飛ばされたとか。どう対応するのが正解なのかな。

 でもここまで気兼ねなくルイの話をできる相手って他にいないからね。ティジ相手だと遠慮してしまって、話したい内容の二割程度しか話せないようです。